第6話 急ぐ必要はないらしい

 翌朝、僕は五の刻午前五時に起きて身支度を整え、馬車を見に行った。森の小人には馬車も馬も預かってくれる設備があり、昨夜ネルさんにメイビーさんの乗る馬車と馬を聞いておいたんだ。

 

 僕がうまやに行くと馬車に繋ぐハーネスが勝手に喋りだしちゃったよ。


『まあ、まあまあ!! もしやこんな早朝からワタクシを働かせる気なのっ!?』


「そうだね、こんな早朝だから少し静かにしてくれるかな? 僕にだけ聞こえるように頼むよ、ハーネスちゃん」


『まあ、まあまあ! そうだったわね、あんまりビックリしたものだからワタクシ、つい大声で話してしまったわ』


 僕だけに聞こえるように喋りだしたハーネスはついで情報を教えてくれた。


『馬車に繋ぐならば馬車の繋部分を治さないとダメよ。昨日、護衛の一人が壊れるように細工してたわ、坊や』


『おや、そうなんだね。有難う、治しに行くよ』


 僕はハーネスにお礼を言って馬車に向かった。馬車の繋部分は確かに分からないように壊されていた。この状態で馬を繋いで走ると五分もしない内に外れてしまうだろう。


『やあ、馬車くん。ちょっとこの部分を治させてね』


『おーう、頼むぞ。昨日、変なやつが壊して行ったんだ。私は高貴な方メイビーを乗せる馬車だ、壊れた部分があるのは我慢ならん』


 こうして事前に情報が得られるのも僕のスキルの良い点だと思う。けれども護衛の中にも刺客がいたんだね。メイビー嬢やマリアさんを守りながら隣国に行かないとダメみたいだ。


『気をつけろ。悪いやつは二人居るぞ』


 馬車がそう僕に忠告をしてくれた。良かった、五人の護衛全員が相手だと思ってたから、二人だけならば難易度はそう高くないや。


『どうして二人って分かったんだい、馬車くん?』


 僕は疑問に思った事を聞いてみた。


『私を壊したのは一人だが、後ろでもう一人見ていただけの奴が居て、その話が聞こえたからだ。どうやら王太子とかいう奴の命令でメイビーを暗殺しようとしているらしい。ちゃんとメイビーを守ってやってくれ、賢者よ』


『僕は賢者ではないけれど、メイビー嬢に雇われたからにはちゃんと守るよ、馬車くん』


 壊れた部分を治して僕はうまやに戻り、馬にハーネスを取り付けて馬車の元に戻った。その間、ハーネスはずっと僕に話しかけてきた。僕だけに聞こえるようにだけどね。


 馬車と馬を繋いでいたらメイビー嬢とマリアさんが宿から出てきた。僕は馬車から話を聞いた時に考えていた事を話してみた。


「おはようございます、メイビー様、マリアさん。出立の準備は出来てますよ」


「おはよう、ハル。朝早くから有難う。それと私に様はいりませんわ。只のメイビーでよろしくてよ」


 その言葉にマリアさんが怒る。


「お嬢様、何を仰っているのですか! ダメよ、平民、ちゃんと様をつけてお嬢様をお呼びしなさい!」


「僕はそのつもりですよ、マリアさん。メイビー様、口調からして貴族様だと分かりますので、僕はメイビー様とお呼びします。余計なトラブルを避ける為にもそうさせてもらいますね」


 僕の言葉に少しシュンとした顔をしながらもメイビー嬢は頷いた。


「まあ、そうですの…… 残念だけど仕方がないですわね」


「それよりも、隣国には最短で向かった方がよろしいんでしょうか? それとも少しぐらいは観光したりしても大丈夫なんでしょうか?」


 僕がそう聞くと、


「当たり前だ、平民! 早く隣国に入ればそれだけお嬢様の安全につながるんだからな!」 


 とマリアさん。だけどメイビー嬢は、


「まあ、ハル! 観光なんて出来ますの? でもこの街から隣国のターリスまでの間に観光するような場所がありますかしら?」


 と少し期待したように聞いてきた。僕は素直にこたえる。


「ございますよ。タリスとターリスは姉妹都市なのはご存知ですよね。その二つの街が共同で、本街道からは逸れますがちょうど中間地点に温泉宿街を設けているのです。とてもキレイな場所ですよ」


「まあ! 是非とも行ってみたいわ!」


 と、これまたメイビー嬢の鶴の一声で温泉宿街に向かう事が決まった。


 僕は馬車を出発させる。目指すは温泉宿街【タスの湯殿】だ。馬車でタリスから二日、ターリスからも二日かかるちょうど中間地点にあるタスの湯殿には訪れる人はそれほど多くない。何故なら予約制になっているから。

 で、その場所に予約もしてないのに行って大丈夫なのか? ってそこは今はもう居ない師匠のお陰で僕とマリーナ姉さんに関しては予約無しで何時でも利用出来るんだよ。


 師匠が作った(事になってる)体用石鹸、髪用石鹸などを定期的にタスの湯殿に卸しているからなんだ。

 実際は僕が前世の知識を元にボディソープ、シャンプー、リンス、コンディショナーの開発を、師匠とマリーナ姉さんに協力してもらって作ったんだけどね。僕は錬金術は使えないけど、マリーナ姉さんと師匠は使えるから。

 今もマリーナ姉さん経由でタスの湯殿にはそれらの商品が卸されているんだ。売上の五割はマリーナ姉さんに、残りは師匠の元に入っていたけど師匠はその内の三割を僕にくれていた。


 という訳でタスの湯殿には安心して行ける。道を逸れるのは刺客からの襲撃を受けないようにする為でもあるんだ。

 刺客は恐らくメイビー嬢たちが本街道を真っ直ぐ進むと考えているだろうからね。

 

 暫く本街道を進んでから僕は脇道に馬車を入れた。この道はタスの湯殿に向かう近道だよ。と言っても半日ほど早く着くっていう程度だけど。

 僕は道に、小石に、折れた小枝に、落ち葉に声をかけて道中の危険を教えて貰う。


『この先にはまだ、魔物は居ないぞ、バカヤロー』


 これは小石くんだ。


『コッチに来ちゃダメだ! ウルフがゴブリンを襲ってる最中だぞ!』


 そう言うのは折れた小枝くん。小枝くんの言うコッチとは元の自分が居た場所。つまり折れる前の木の場所を指すんだけど、風任せに飛ばされてきた小枝くんは今の自分の居る場所が全然違う場所だと気がついてない。そこが可愛らしいトコだね。


 こうして、【生命なき者との会話】をしながら進むとかなり危険な事を回避出来るんだよ。

 もちろん僕自身も空間魔法で索敵は行っているけどね。


「ハル、こんな山の中を通るんですのね?」


 メイビー嬢がそう聞いてきたから僕はこたえた。


「はい、メイビー様。こちらを通ると普通の道を通るよりも半日は早くタスの湯殿に到着出来ますから。それよりも今日は夜営をする必要がありますので、それは大丈夫ですか?」


「まあ! 夜営ですって、私、初めてですわ!」


「お嬢様、落ち着いて下さい。私に夜営経験がございますから。今回は私の指示に従って下さい」


 マリアさんがメイビー嬢にそう言っている。それから、


「平民! お嬢様と私は馬車で過ごすから、お前は外でちゃんと見張りをするんだぞ!」


 そう僕に言ってきた。そこでメイビー嬢がマリアさんを怒った。


「マリア!! いい加減にハルの事を平民と呼ぶのはお止しなさい! ハルが居なければ私たちはこうして馬車で旅立てなかったのよ! いつまでもハルの事をそう呼ぶのであれば貴方にいとまを言い渡しますわよ!」


「なっ! は、はい分かりました、お嬢様…… ハル、悪かったわね」


「いえ、大丈夫ですよ、マリアさん。それよりも夜営時にはもちろん僕が見張りをしますからお二人はちゃんと馬車で休んで下さいね」


 まあ、僕は実際に平民だからあまり気にして無かったんだけどね。


 こうして道中は何事もなく、夜営予定場所にたどり着いたんだ。

 


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