〈思い出⑥〉

 進学する高校が決まった日の事。

 まるで帰宅を見計らったかのように家の電話が鳴っていた。

 玄関を開け音に気付いて、慌てて受話器を取ると、そこからは知らない女性の声が聞こえてくる。

『加納啓二けいじさんの親族の方でしょうか?』

 その人が告げた名は、父のものだった。



「おじさん、大丈夫なの?」

「一応、元気みたいだけど……」

 卒業式に一人でいる俺に話しかけてきたのは、やはり美桜だ。

 周りを見れば誰もがめでたそうに笑顔や涙を見せている。3年間の思い出を振り返って、最後の別れを告げ合っていた。

 けれど俺は、その輪に入る気分にはなれない。クラスでの集合写真だけを撮って、早々に帰ろうとしていたところだった。

「ねえ、辛かったら言ってよ」

「大丈夫だよ。それにお金も何とかなりそうだし」

 頑張って笑顔を作って返すと、美桜の顔は少し歪んだ。

 この数日は色々な事があった。そこに自分はほとんど関わらせてもらえなくて、相変わらずの無力感を味わわせられている。

 美桜に呼び止められ思わず振り向いた視界には、幸せそうな同級生の姿が映っていた。


 ……何で、俺ばかりこうなんだろう。


 そんなどうしようもない事まで思ってしまって、また自分が嫌になった。

 すぐにでもこの空間から離れたくて、「それじゃあ」と軽い挨拶だけ投げる。そのまま学校を去ろうとしたのだけれど、左手首を捕まれてしまった。

「……わたしは、いつでも雅文の味方だから」

 そう言って、美桜はグイっと顔を寄せてくる。近づいた視点は、気づけば俺の方が高くなっている。

 なのに彼女はいつかのように、俺の頭を撫でた。

「………」

「………」


 優しく。慰めようとするように。

 弱い俺を、救おうとして。


 でもあの時と違って、俺は自分が惨めだとしか思えなくなる。

「ありがとう。元気出たよ」

 だからそんな自分を隠したくて、嘘を吐いた。

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