第36話 パリの部屋探しあれこれ

 パリの部屋探しは本屋さんに貼られている掲示板か、パリで発行されているオブニーという日本語の新聞に乗っている物件か、本当の新聞に載っている物件で探した。


 とある物件がまぁ条件に合いそうだったので、留守番電話に残してみた。バスティーユ駅周辺らしい。大抵、新聞に掲載されている物件は既に決まっていることが多い。

 珍しく折り返しの電話があった。

「あの物件はちょっと決まってしまったんですけど、セーヌ川沿いのいい部屋があるんです。一度見にきませんか?」

「…家賃はいくらですか?」

「十七万円です」

「ちょっと無理ですね」と断ろうとしたら、かなりしつこく「見るだけでも」と言われた。


(見るだけ? それでいいの? 私、無理って言ったよね?)

 実はパリの日本人では名の知れた要注意人物というのがいた。留学生に住居を斡旋し、手数料を取り、敷金を返さないという噂が流れていた。

「そうですか。ではお名前は?」

「〇〇です」

(はー、やっぱり要注意人物か…。パリで部屋探しをしたらこの人に当たるんだよなぁ)

 まぁ、顔、見とくか、と思って約束をした。それにセーヌ川の素敵な物件とやらも見てみたかったから。


 当時、私の知り合いの人が「友達が探してる。敷金の返金されてなくて困ってるんだけど」と言ってたので、「この間、素敵な物件を斡旋されたわ」と教えておいた。

 たまに敷金を返せなくて、パリから脱出して、日本人留学生は泣く泣く日本に帰った頃にまた戻って、新しいターゲットを探すらしい。

 全く返金しないわけでもなく、お金のある時は返金もされるらしい。持っている物件も割といいものらしいが、タイミングによっては最悪な人になる。

 私が会った時はお金がなく、きっと私から敷金を取って、誰かに返さなければいけない状態だったのだろう。

 だから借りられないと言ってるのに、部屋を見に来いと言ったのかも知れない。日本人女性はお金を持っている、あるいはお家がお金を出してくれると思っているのか、私との約束を無理に取り付けた。


「お金ないって言ってるのになぁ…」と思いながら会いに行った。

 ナヨナヨした三十代半ばの男が現れた。

「アタシはねぇ、この家、本当にいいと思ってるんですよ」と謎にアタシと自分のことを言っていた。

「家主さんもとっても素晴しい人でユニセフ(だったか覚えてない)で活躍されてて。ロケーションも最高でしょう?」

 確かにロケーションもお部屋もそして家賃も最高だった。家主がどうであれ、問題はこちらが支払えるかどうかなのだ。

「えぇ。えぇ。そうですね」

「どうです?」

「いや、どうもこうも家賃が無理です」

「ご予算はいくらで?」

「最高でも7万円で探してます」ときっぱり言うと…(こいつは全くかもにならない)とようやく分かったようですぐにお別れとなった。

 でも本当に素敵な物件だったなぁ。


 次の物件はこれまた真逆の物件で、掲示板より連絡をして見に行くことにした。

 日本人の女性は頼まれて掲示板に書いたという。彼女には全くなんのメリットもないのに、時間を割いて紹介してくれた。

「私の物件じゃなくて、イタリア人が住んでいるんだけど…」と言って、その部屋を見せてもらいに行った。

 四角いスペースだった。なぜか布団が畳まれて床に置かれていた。ドレッサーはあったかも知れない。

 ショートカットのイタリア人が画家としてこの部屋で住んでいるが、しばらくイタリアに帰るので、誰かに住んでもらって家賃を払って欲しいということだった。

 それはいいのだが、トイレ共同、風呂無し物件だった。

 トイレは共同ながらあるからいいとして、風呂無し(バスタブという意味ではなくシャワーもない)は困る。っていうか、どうしてたん?

「スポーツセンターで泳いで、その後、シャワーしてるから問題ないわよ」と言われた。

 スポーツ…しないのよ。私。

 一緒についてきてくれた日本人女性も

「この物件は日本人には厳しいと思う」と言ってた。

 そう言って、「力になれなくてごめんね」となぜかその日本人女性が謝ってくれる。

「いえいえ。そんな」

「何かあったら連絡してね」と優しく言ってくれた。

 パリの日本人は本当に優しい人が多くて、助かった。彼女は小さな部屋に住んでいたが、少し広い部屋が見つかったようで引っ越しするという。彼女の後はもう決まっていた。

「見つかるといいね」

「はい、頑張ります」とは言ったものの…八方塞がりの状態だった。


 続く

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