第4話 翳りのある部屋
南仏の日差しは白く明るくて、私は何も見えていなかった。男性について行って入った部屋で、自分は一人暮らしの男性の部屋にいるという現実に気がついた。
勝手に家族と暮らしているとなんとなく思っていたのだったが、彼は一人暮らしだった。
あんなに暑かった日差しは部屋の中には届かず、クーラーもないのにひんやりとしていた。
「何か飲む?」と聞かれて、「水をください」と言った。
水道水をコップに入れてくれる。私はそれを飲みながら、自分が浅はかなことをした、と分かった。フランス語がそんなに話せないのに、会話が続くはずもない男性と部屋にいる。
必死で自分の安全を確保しなければいけないと思った。
なんとか、平和な話題を見つけて、穏やかな時間を過ごさなければ、と。
棚に置かれた一人の少女の写真を見つけた。
「この人は誰ですか?」
「…僕の妹で…エイズで亡くなったんだ」
言葉を失った。彼は英語で、なんとか説明していた。日本でも血液凝固因子製剤を治療に使ったことにより、感染者が増えたことがあったが、フランスでも同じことがあったのか、「メディスン(薬)」と繰り返していた。
極度の緊張状態の中で、こんな話を聞かされるとは思っていなかった私は思わず、涙が溢れて、止まらなくなった。
光が届かない部屋は時間が経つにつれて、翳ってくる。
フランスの夏は日が長いので、夜十時位まで明るかったりするから、真っ暗になるまでまだ時間があったが、日が傾いているのは分かった。
「大丈夫。今はもう大丈夫だから」と泣き出した私を慰めてくれた彼は私がしたいことを聞いてくれた。
とりあえず、ホストファミリーに連絡が取りたいと言って(なかなか図々しい、と我なが思うが)電話を借りた。
何回電話しても嫌な顔一つしなかった。
何回か電話した後、ようやく繋がった。男性がホストファミリーに電話で抗議してくれているようだった。
いや、誰も悪くない…、と思いつつ、すぐに迎えに来てくれるというので、一安心した。
迎えに来ても、関係のない二人で喧嘩になりそうだった。
誰も悪くないのに、私も何も言えずに、オロオロした。ただ…、言いたいことは言い合うフランス人だが空気は読んでくれたのか、私の手前、そこまで長引くような言い合いではなかった。一言二言、お互い言って、終わった。
私はお礼を言って、ホストファミリーのお父さんの車に乗った。
たまたまいい人だった。それだけだった。ホストファミリーのお父さんにも怒られ、お母さんには呆れられた。
やはり私が旅行代理店に伝えた到着時間は伝わっていなかった。
「はあ…。多分、学校だな」と迎えに来てくれたお父さんはため息をついた。
最悪の出会いで、共同生活がスタートした。
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