第87話 治療

 怪我人の治療にやって来たハルとアヴィー先生。


「こちらの住民が1番酷いのです。出血は止まったのですが、腕を抉られていて……」


 きっと襲われた時に腕で防御したのだろう。しかし、熊さんの爪は鋭い。


「私の店に怪我のお薬も置いているのよ。今は私はいないけど、1番弟子が跡を継いでくれているわ」

「そうなのですね。病だけかと思ってました」

「そこら辺の医師が出す薬より良く効くわよ」


 アヴィー先生、そんな事を言ってはヒューマンの医師の立場がない。

 だが、実際にヒューマンが作る薬よりもアヴィー先生が作る薬の方が効果が高い。

 材料や作り方から違うのだ。


「こちらの家です」


 領主夫人が、勝手知ったる自分の家の様に玄関を開けて入って行く。まるでアヴィー先生のようだ。女性は強い?


「ごめんなさいね、様子はどうかしら?」

「奥様、高熱が出て下がらないんです。意識がなくて……」


 若奥様の様な女性が家の奥から出てきた。ずっと看病しているのだろう。疲れが見える。酷いクマだ。


「お邪魔するわね。アヴィー先生、お願いします」

「分かったわ。ハルちゃん、イオス」


 ズカズカと領主夫人に続いて入って行く。その家の女性が固まっているぞ。


「え? あ、アヴィー先生!?」

「大丈夫よ。すぐに治してあげるわ」

「せ、先生! お願いします!」


 ポロポロと涙を流している。もう駄目かと思っていたのだろう。まさかアヴィー先生が来るなんて、誰にも予想できない。

 入って行った部屋に寝かされているまだ若い男性。苦しそうな息をしながら眠っている。いや、意識がないのだろう。新婚さんだろうか? 2人共まだ若い。

 寝かされていた男性は腕だけでなく、頭から頬にかけても引っ掻かれている。

 酷い怪我だ。腕の傷が1番酷い。抉られたらような傷がある。出血も酷かったのだろう。


「ポーションと薬湯も必要ね。ハルちゃん」

「ん、まかしぇりょ」


 ハルが両手を男性に向かって翳し、淡々と詠唱した。


「はいひーりゅ」


 白い光が男性を包み込み、キラキラとした光が傷を癒していく。引っ掻かれて肉が見えていた腕が、何もなかったかの様に傷が消えていく。

 血がこびり付いていた頭や顔の怪我も、綺麗に消えている。苦しそうだった表情も穏やかになった。呼吸も落ち着いている。


「……!?」


 女性も見ていた領主夫人も言葉が出ないようだ。目の前で起こっている事が奇跡のように思えるのだろう。


「目が覚めたら、この薬湯とポーションを飲ませてあげてちょうだい。血を流しているからまだ起きたら駄目よ。2〜3日は安静にしていてちょうだい」

「は、はい! 有難うございます!」


 感激して涙を流している女性。アヴィー先生が女性の肩に手を置き、そっとふんわりと抱きしめる。


「大変だったわね。不安だったでしょう。もう大丈夫よ。あなたもしっかり食べて少しは眠ってね」


 アヴィー先生の愛情深い一面だ。自由奔放で突っ走ってしまう印象が強いが、アヴィー先生はとっても愛情深い人なんだ。

 だから、ニークだけでなく何人も孤児を育てあげる事ができたんだ。


「ばーちゃん、ちゅぎら」


 ハルちゃん、クールだね。


「まだ痛がってりゅ人がいりゅかりゃな」

「そうね、ハルちゃん」


 こうして、アヴィー先生達は数軒の家を回った。最初の怪我人が1番酷かった。とは言え、皆怖い思いをしたんだ。

 対抗する術がないんだ。どれだけ怖かった事だろう。


「もう終わりかしら?」

「アヴィー先生、うちの息子も怪我をしたのですが……傷が治ってしまっていると、もう無理なのでしょうか?」

「そんな事ないわよ。治せるわ」

「どうか、息子の足を治して下さい!」

「もちろんよ、任せなさい」


 だが肝心のその息子がいない。不自由な足でどこに行ったのか?

 アヴィー先生達が領主邸に戻ると、屋敷の庭に領民が集まっていた。


「あら、何事かしら?」

「またばーちゃんかな?」


 隣領ではアヴィー先生が来ていると、騒ぎになった事があった。


「アヴィー、終わったか?」

「長老、何しているの?」

「アヴィー先生、肉を分けているんだ」

「もしかして、あの熊さんの?」

「そうだ。ルシカが夕食も作っているぞ」

「りゅしかの飯!」


 ハルが食い付いた。そろそろお腹も空いただろう。


 ――キュルルル……


「ハルちゃん、お腹空いたのね」

「らってばーちゃん、今日はおやちゅを食べてねーじょ」

「あらそうだったわね」


 ハルにとっては重大な事だ。ルシカのオヤツは大切だ。

 その時、ルシカが屋敷の中から出てきた。


「ハル、戻りましたか。お腹が空いているでしょう。夕食ができていますよ」

「りゅしか、しゅいた! ぺこぺこら」


 領主や夫人も一緒に夕食だ。

 熊さんのお肉のブラウンシチューだ。


「んまいッ!」

「ルシカ、とっても美味しいわ。柔らかいわね」

「煮込みましたからね」

「これは美味いですな!」

「こんなの初めて食べたわ」


 領主夫妻がルシカの作った料理に驚いている。美味いそうだ。


「臭みがありますからね。しっかり臭みを取る為に下茹でしてあるのですよ」

「まあ、そうなのですね!」

「りゅしかの飯はじぇっぴんら」

「ふふふ、ハルちゃんったらお口の周りについているわよ」

「ハル、拭きましょう」

「ん、またちゅくけろな」


 いつも通りだ。

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