10話 普通のおじさん、商売をはじめる。
「確かに……シガの言う通りのようだな」
数日後、少し時間はかかったが、目標の金額を達成した。
薬草拾いの任務は定期的に受領している。頂いたペンスは夕食のパンになっており、ククリの提案のおかげで食費も浮いていた。
今はビアードの屋敷、ククリのサラサラになった髪を眺めながら、彼が感心の溜息を洩らす。
昨晩、宿にあるお世辞にも綺麗とは言えない水洗い場で、初めてシャンプーをククリに見せた。
『これ……凄いですね』
『わかってくれたのか』
『凄く硬い容器ですし、色々使い勝手が良さそうです!』
……当然伝わらなかったが、私に使い方を教わり、おそるおそる髪をほぐしていくとサラサラになっていく様に驚いていた。
だが汚れた垢が水に流れていくのを見て、『私ってこんなに汚かったんだ……』とショックを受けていたのは申し訳なかったが。
だが綺麗に乾かした後のククリの笑顔は、二度と忘れないだろう。
Nyamazonには様々な種類があったが、まずはシャンプー&リンスが合体している安価な物を売ることにした。
猫のマークが付いているオリジナルブランドなのだが、この猫を私のマークということにすれば、説明も容易い。
元の世界の基準で考えると凄まじい法律違反だ。
真面目に生きていた私が、こんな悪いことをしているのは少し笑える。
「ほう、で、髪に濡らした後にこの液体を使うのか」
「基本的には貴族向けに考えてる。だがまずはお試し用に一本、そしてもう一本をビアードに無料で渡そう。試してもらって、更に購入希望者がいた場合のみ買い取ってもらえばいい」
「ははっ、俺に好条件すぎるが、いくらふんだくるつもりだ?」
ビアードは、がははと笑う。
シャンプー&リンスの値段は800円。ペンス換算だと8000ペンスだ。
といういうことは、8000以上で売れば利益が出るということになる。
商売の基本は売り上げの数パーセントの利益が出れば良いらしいが、ずっとここで商売するつもりはない。
つまり私は彼の言う通り、ふんだくろうとしている。
「一つ16000ペンスで販売したいと思ってる。手間もかかるのと、容器代も考えると妥当だと思う」
「なるほど、いい値段だな。だが――安いぜ」
「……安い?」
「今後の付き合いを考えた上で言うが、一般人価格としては高い。だが貴族としては安い。2万ペンスでどうだ? 俺なら売れる自信がある。もちろん数日時間は頂くがな」
……予想以上の好条件だった。
もしそれが実現すれば、
シャンプー&リンス、ペンスで購入した場合-8000 販売+20000=利益12000ペンスの黒字になる。
いや彼の取り分が入っていないか。
「俺の取り分は2000ペンスでどうだ?」
「……そんなに少なくていいのか?」
「貴族にコネを売っておけば他で儲けることができる。それにお前にも恩を売ることができる。どうだ?」」
私の後ろで、ククリは微笑んでいる。
売れたのが嬉しいのか、その後の鮭おにぎりのことを考えているのかはわからない。
「もちろんだ。ただ、私はずっとこの国にとどまるとは考えていない。それでもいいか?」
「真面目だな、だが問題ない。俺も商人だ、そういうのは慣れてる。お互いに利益を確保しながら出来るだけ長く相棒でいよう」
交渉成立、私たちは、強い握手をした。
まずは顔見知りの男爵貴族に持っていくらしい。
貴族内でこれが流行ってくれれば、生活も随分と楽になるだろう。
しかしNyamazonは最強だな……。
◇
「はうはう、鮭おにぎり最高……」
「そんなに急いで食べるとすぐに無くなってしまうぞ」
「はっ! た、確かに……でも、置いておくと固くなりますよね」
「温度が変わるとでんぷんが硬くなるからな」
「ふふふ、シガ様は何でも知っていますね」
「褒めてもおにぎりしかでないぞ」
「凄い、格好いい、天才! いけおじ!」
悪戯っぽく笑うククリも、とても可愛い。最後はちょっと嫌だが。
おにぎりを頬張る彼女をみながら自身のステータスを確認していると、もうすぐ20レベルになりそうだった。
商売を始めた理由としては、まずこの現地に慣れることと、生活の基盤が欲しかったからだ。
この国でNyamazonを利用して大商人を目指すこともできるだろうが、やはり私は……男なのだろう。
戦闘の高揚感、魔法を使うときの楽しさが頭から離れない。
等級が上がれば、色々な依頼を受けられるのも関係している。
もし私が十代なら、すぐに旅に出て色んな国を見たいと急ぐだろうが、そうではない。
まったりとしたペースでお金を稼ぎ、安全マージンを取った上で、じっくりレベルを上げたいと思っている。
「美味しかった……。そういえばシガ様、明日からはどうしますか? また薬草とレベルあげですか?」
「いや、一段落したし、観光というか、たまには国を見てみようか。剣を購入してから随分と武器屋にも行ってないしな、新しいのも見てみたい」
「わかりました! でしたら、そうしましょう!」
ククリはどんなことも否定しない。前向きで私を肯定してくれる。
あまりにいい子過ぎて、申し訳なくなるが……。
しかしもうそろそろククリは独り立ちできるのはないだろうか。
そんな考えがふと頭に過る。
「……レベルも上がってお金も少し増えた。シャンプー&リンスが売れれば、少しまとまった金が入る。私から離れて一人で生きて行く事も出来る。好きにしていいんだぞ」
だがククリは首を横に振る。
「シガ様といるのは楽しいです。それに私は戦うことも、人に感謝されることも嫌いじゃないです。これからも冒険者、一緒に頑張りましょう!」
私は特別頭が良いわけではない。商売だって、私でなければもっと効率が良いことを思いつく人がいるだろう。
能力に恵まれていることはわかっているが、それを上手く使いこなせているとは思えない。
もっと強い場所で魔物を倒せばすぐにお金が手に入るかもしれない。
だが私は自分のペースを守っていこうと思う。
何かに振り回されることなく、自分自身の感覚に従って――ククリと共に。
「それじゃあ今日は少しいい宿に泊まらないか? ベッドがふかふかなところがあるとビアードから聞いたんだ」
「ええ、いいんですか!? 楽しみです!」
小さな幸せを、一歩ずつ噛みしめていけばいい。
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