8話 普通のおじさん、幼女エルフと狩りをする

「ククリ、そっちへ行ったぞ!」

「はい!」


 魔狼が、涎を滴り落としながらククリに牙を向ける。

 普通のか弱い少女ならば悲鳴をあげて尻餅をつくだろう。


 だが彼女は、手にしている鉄の剣で、見事なまでに首を切り落とした。


「はあはあ……やりました!」

「よくやった。レベルを見てみよう、手をかしてくれ」

「はい!」


 名前:ククリ・ファンセント

 レベル:5⇒8

 体力:C

 魔力:B

 気力:B+

 ステータス:高揚感、やや緊張気味

 装備品:C級防具、鉄の剣、綿の下着、

 スキル:魔法Lv:0、格闘Lv:2、料理Lv:3、剣術Lv:2、隠密Lv:1、気配察知Lv:1

 固有スキル:パーティーボーナス、超成熟恩恵


「いい感じにレベルが上がってるな。10日で8になるのが早いかどうかはわからんが……」

「8!? そんなにですか!? 低レベルでも、1あげるのに数ヵ月はかかると言われていますよ。きっと、シガ様の超成熟のおかげです!」


 私がククリを購入してから、いや、共に行動するようになってから10日が経過していた。拠点は変わっておらず、オーリア国と妖魔の森、そして宿を行き来している。


「それは良かった。今近くに魔物の気配はない。ここらで昼食にしよ――」

「鮭がいいです! 鮭おにぎりっ!」

「わかったわかった、突然抱き着くのはやめるんだ」


 Nyamazonを立ち上げると、鮭おにぎり四つ、ツナマヨとこんぶ二つ、最後に水を二本を購入した。


『お買い上げ、ありがとにゃ~ん♪』


 ポテっと落ちてくる前に、ククリが既に待機しており、見事に空中でキャッチ。

 ただすぐにがっつくようなはしたない真似はしない。

 まるで犬のように私を待ってくれている。


「待たなくていいぞ。おじさんは行動が遅くてな」

「シガ様はおじさんではありませんよ! それに、この待ち時間も幸せです」


ククリとは随分打ち解けたと思う。

 色々考えたが、無責任に放り出すのは自己中心的すぎるとわかったので、私が培った多少の戦闘知識を授けることにした。

 彼女は思っていた以上に筋が良く、数日でかなり動けるようになった。

 元々格闘術を覚えていたこともあり、動きは機敏だ。


 魔法は相変わらずゼロレベルのままだが、急ぐようなことでもない。


 嬉しい誤算だったのは私の超成熟スキルが、ククリにもボーナスとして付与されていたことだ。

 ただ解析スキルは私しか習得していないので、ククリ自身がステータスを見ることは出来ないが、随分と強くなったことに喜んでいる。


 そんなことを考えていたら、ククリが耳をぴくぴくさせていた。

 これは、もう待ちきれないサインだ。


「すまない、食べよか」

「はいっ! がぶがぶっ、――はう、美味しい……」

「いつも鮭で飽きないのか?」

「飽きません! 死ぬまでこれでも構いません!」

「ははっ、他のも美味しいのだがな」


 色々と悩んだが、ククリにはスキルを含む全てを話した。

 私が異世界人であること、転移か転生で突然ここへ来たこと、Nyamazonのこと。


 そして異世界人だということはすんなり受け入れてくれた。

 様々な人種がいるこの世界では、そこまでの驚きがないのかもしれない。


 反対にお買い物には疑心暗鬼というか、理解してもらえなかった。

 ネットで購入の説明がいまいち伝わらなかったので、Nyamazonを実際に見せて鮭おにぎりを食べていなさいと言うと、この世の物とはおもえないほど美味しいと喜んでくれた。


 それ以来、鮭おにぎりの虜だ。


 商人ビアードには既に借金を返し終わっているが、もう少しお金が貯まれば何か販売しようと考えていた。

 あまり目立つのも良くないだろう。なので薄利多売ではなく、貴族向けにまずは美容製品にしようかと考えていた。


 シャンプーやリンス、石鹸などがいいだろう。

 どの世界でも女性は美容に気を遣っているはず。それに商売は消耗品が一番いい。

 少しズルい考えかもしれないが、そのくらいは許してほしい。


 だがいい事ばかりではない。

 それは思っていたよりも稼げていないことだ。


 妖魔の森で私が最初に倒した魔物や魔石は、特別な個体だったらしい。魔石はかなり希少価値が高かったらしく、今倒した魔狼を投げ入れても250円にしかならない。

 そしてこの世界の貨幣を入れてお買い物ができるのではと思ったが、それが一番最悪だった。


 例えば私たちの宿代は一泊1200ペンス。


 Nyamazonに100ペンスを試しに入れて見たのだが、それは10円にしかならなかったのだ。

 つまり、現地通貨でネットショッピングをするには、現地通貨で十倍以上のお金が必要ということになる。

 そう思うと、赤い魔石は800円、つまり8000ペンスだ。もの凄く高価だった、少し後悔した。

 

 それなのになぜ私たちは、安いパンではなくおにぎりを食べているのか。

 それは単純明快、硬いパンより美味しいからだ。


「食べ終わりました! ええと……ご馳走様でした」

「ははっ、もう覚えたのか」

「はい! シガ様の丁寧な物言いが好きなので真似したいです」

「そうか、ありがとう」


 ククリを見ていると、温かい気持ちになる。だが一方で、まだ完全に吹っ切れないでいた。

 私は彼女を買ったのだ。その事実は、今後消えることはない。


「私、シガ様と一緒に居るのが楽しいですよ。だから、無理にここにいるわけじゃないです」

「……まるで心を見透かしたような言い方だな」

「エルフは、人の心が読めるんですよ」

「……本当か?」

「嘘です。えへへ、でも、本当に思ってますから」


 ククリは不思議な少女だ。気配りが良く、それでいて嫌味がない。


「そういえばシガ様、冒険者に興味はありませんか?」

「冒険者か、手続きとかもあるんだろう?」


 興味がないといえば嘘になる。だが面倒なしがらみも増えるだろう。

 私はこの世界について詳しくない。人付き合いが増えるとリスクも増える。


「はい、多少の登録費もかかります。ですが、魔物を狩り続けるなら手続きをした方がいいと思います。縄張り争いで揉めることもあると聞きますし、あと身分証にもなります。妖魔の森で何か依頼があれば追加でお金にもなりますし。ここまで順調だと思わなかったので、早く言えば良かったんですが」

「いや、無知な私が悪いのだ。なるほどな……」


 ククリは、私がこの世界について何も知らないことを聞いてから様々な提案をしてくれる。

 押しつけがましくもなく、最後は私の決定に従う、と。

 だが、いつもよりも少し強気な気がした。


「縄張り争いはそれほど危険だったりするのか?」

「聞いた話ですが、免許を持たない野良旅人が荒らしていると難癖を付けられて……殺されることもあると。もちろん、シガ様がお強いのは知っていますが、念の為です」

「そうか……」


 だがそれを聞いても、すぐに決断が下せなかった。元の世界でもそうだ。大変なことがあっても、いつも後回しにしてしまう癖がある。

 それで随分と……ひどい目にあったこともある。


 異世界に来てまで、そんな思いはしたくない。


 それに今は、一人じゃない。


「……わかった。冒険者の手続きをしにいこう。迷惑でなければ、私が二人分の登録費を払う。そのほうがいいだろう」

「え!? あ、いや! シガ様だけでも大丈夫だと思いますよ!?」

「身分証にもなるんだろう? 気にするな」

「……ありがとうございます! シガ様は、本当にいい人ですね」

「そうかな」

「はい! ふふふ、それに冒険者ってちょっと憧れでもあったんです」

「それは良かった。だが――」

「道案内ですね、はいっ! 行きますよ!」


 そう言ってククリは、私の腕を掴んだ。


 まったく、彼女には何も言う必要がないな。


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