6話 普通のおじさん、初めてのお買い物をする。

 初めての国は、深く眠っていた私の童心を呼び起こしていた。


 不安はどこへやら、高鳴る鼓動を抑えるので必死だ。


「すごい……すごいな」

「ははっ、そんな面白いか?」


 ヨーロッパ風の街並みだが、大きく違うのは人種だ。

 

 垂れ下がった犬耳、猫耳、かと思えば、普通の人もいる。


 魔狼がいても、やはりどこかで異世界ではないのかもしれないと疑っていたが、これで確信した。


 やがて馬車を路地の一角で止める。目の前には少し古い建物があった。

 入口には使用人のような人が待機しており、馬車を預けて私も降りる。


 どうやらビアードは私が思っていたよりも立派な商人のようだ。

 Nyamazonを使って売買しながらお金を稼ごうとも考えていたが、ここでコネができるのはありがたい。


「古い屋敷だが中は広いぞ、部屋もいくつかあるから都合がいいんだ」

「都合がいい?」

「ま、見たらわかる。心配せず入りな。お前はあの妖魔の森を抜けてきたんだ。強さぐらいわかってる、悪さはしない」


 妖魔の森……? そういえば途中から魔物が多かった。詳しく聞こうとしたが、建物の中に入った途端、そんなことは頭から消えてしまった。

 お香のような匂い、壁に掛かっている絵画は、エルフやドワーフ、偉人のようにも思える。

 天井は魔法陣で光り輝き、照明の代わりをはたしている。内装は、西洋を思わせる造りだ。


 文明が混在している、だがそれが余計に私の好奇心をくすぐった。


 彼の後を追って階段を上がっていくと、話の通り部屋がいくつもあった。

 人の気配もするが、挨拶をすることもなく奥まで歩くと、応接間と思われる部屋に通された。


 骨董品だろうか、壺や魔法の杖のようなものや、ここにも絵画が壁に飾られており、一目見て高価なことがわかった。

 商人といっても様々なはずだ。古銭を扱うもの、骨董品を扱うもの、だが彼はそのどれも当てはまらないように思える。

 ナイフを見た時のあの鋭い目は、気に入ったものを幅広く物を取り扱っている気がした。


 その時、誰かが扉をノックした。


「失礼します」


 ――現れたのは小さな女の子だった。髪は金色の毛並みで、腰まで長い。

 耳はピンと伸びており、おそらく……エルフだろうか。鼻筋が通っていて、青い瞳が輝いている。


「どうぞ、お客様」

「ありがとう」


 ここで働くにしては随分と若いが、おしぼりのようなものを手渡してくれた。

 彼女にお礼を言った後、ビアードが気にせず話し始める。


「色々と聞きたいこともあるが、さっきのナイフをもう一度見せてもらっていいか?」

「ああ、構わない」


 少し不安はあったが、何が起きても対処できるだろうという謎の自信があった。

 魔物を倒し続けていたという成功体験が、私の性格を大胆にさせたのかもしれない。


 ナイフを受け取ったビアードは、しっかりと品定めをした後、ゆっくりと机に置いた。


「やはり良いものだな。それで、友人はどんなものを持ってるんだ?」

「色々だ。ただ間違いないのは、品質は良く、めずらしいものが多いだろう」

「ははっ、強気だな。ククリ、飲み物を持ってきてくれ」

「畏まりました」


 彼は、先ほどのエルフの少女に声をかけた。ククリという名はわかったが、使用人だろうか。

 この国での常識がまだわからないが、中学生ぐらいのように思える。


「あの子は?」

「西の森で死にかけてたところを拾った。だが幼過ぎて買い手がつかねえ。エルフのくせに魔法が使えないのが致命的だ」

「買い手? ――もしかして……彼女を売っているということか?」

「ああ、もしかして奴隷が非合法の田舎から来たのか?」


 今まで好感を持っていたのが、嘘のように熱が引いていく。

 だが歴史上、奴隷はどこの世界もあるものだ。

 彼女が死にかけていたという発言からも、一概にこの状況が悪いとはわからないが、何ともいえない気分になってしまう。


 その時、ハッと部屋が多いほうがいいという彼の言葉に気づく。


「もしかして……この家にある部屋には……」

「そうだ。でも勘違いするなよ。俺は三流奴隷商人じゃない。商品は大事にするし、クソみてえなやつには売らねえ。実際、ククリは自らここへ来た」


 彼の口調はぶっきらぼうだが、確かにククリの身なりは整えられていた。

 言葉遣いも丁寧だったところをみると、粗末な扱いはしていないのだろう。


 だが元気がないのは……いや、親が亡くなったなのだから、当たり前か。

 それより――。


「魔法が使えないと買い手はつかないのか?」

「そりゃそうさ、奴隷ってのは基本的に戦闘要員だ。家で囲って愛でるだけなんざ一部の道楽者しかしねえ。そんなことも知らないのか?」

「ああ、そうか……いや、そうだな」


 無知な自分が酷く恥ずかしい。


 そして話の途中で戻って来たククリが、私に飲み物をくれた。目が合った瞬間、少しだけニコリと微笑んでくれたが、逆に心が痛くなる。

 可哀想、というのは私のエゴだろうか。


 彼に言ってククリを離れさせた後、好奇心か、いやよくわからない感情のままに、彼女の値段・・を訊ねてみた。


「そうだな、6万ペンスってところだ。魔法が使えなくても、あいつは容姿がいい」

「6万ペンス……例えば、このナイフはいくらになる?」


 そういえば、私はこの世界の通貨のことを知らなかった。

 値段を訪ねてもわかるわけがない。それがいくらなのか、さっぱりわからない。


「俺が買い取るなら――5000だな。ちなみに言っておくが、これでも良心的だぜ」


 金額が高いか安いかではなく、少女の値段がサバイバルナイフ十二本分だということ驚いた。


 同時に気づく。

 この世界の命は――間違いなく軽い。


「どうした、ククリが欲しいのか?」

「いや……」


 自分でもわからなかった。だが初めての出来事を目の当たりにしたのだ。解放してあげたい気持ちが湧いてくるのは当然の感覚だろう。幸い、私には魔物を倒して得た9500円がある。サバイバルナイフの値段は一本1850円だ。足りない分は魔物を倒しにいけば数日で貯まる。


 少しの苦労で、彼女を解放することができる、その事実が、私の心を揺れ動かせた。


「ちなみに言っておくが、明日、ククリは東のゴルドー国へ行く。勘違いさせたくないが、売る為に嘘をついてるんじゃない。買い手がつきそうな富豪がいるんだ。さっきの言葉と真逆だが、そいつはガキが好きなんだとさ」

「売る為じゃないといっておきながら……その割には私の心を揺さぶってくるじゃないか」


 ニヤリと笑う彼は、商売をわかっているようにも思えた。

 子供を売買することを真剣に悩んでいる自分に嫌気がさしたが、この衝動は、抑えられない。


「買おう。ナイフと交換でお願いしたい」

「毎度ありがとよ、ちなみに初物だ」

「……それはいい。だが頼みがある。数日だけ待ってくれないか? 今手持ちが五本分しかない。必ず買う、色もつけよう」


 この交渉が決裂すれば、ククリは私の目の前から消える。だが――。


「数日と言わずに数週間待とう。それに今日、ククリのやつを持っていってもいい」

「……いいのか? なぜだ?」

「ははっ、自分から言っといて逆に質問するなよ。俺はこれでも目利きがいいんだ。お前が嘘をいってないこと、ここで恩を売ったほうがいいことぐらいわかってる。けどまあ色はつけてくれよ」


 ふむ、やはり彼はそこまで悪いやつではないみたいだ。


 友人から残りのナイフを取りに行くと嘘をついて外に出ると、少し時間を潰して、Nlyamazonからナイフを購入した。


 彼は私が間違いなく戻って来ると思ったのか、ククリは外行き用の服に着替えて待っていた。

 だが少し不安気に私の顔を覗き込み、「よろしくお願いします」と言った。


「じゃあなククリ、お前は幸運だ。シガ、俺は当分この屋敷にいる。他にも困ったことがあったら訪ねてこい」

「すまないな。――じゃあ、行こうか。ククリ・・・

「は……はい」


 なぜかわからないが、私は屋敷から逃げるような気持ちで外に出た。人を買ったという事実から早く逃げたかったのか、理由は定かではない。

 その罪悪感を消すかのように、外に出て少し歩いた後、しゃがみ込み、ククリに声をかけた。


「すまない。実は衝動で行ってしまった。私は君に何かさせるつもりはない」

「衝動……?」

「ああ、奴隷として……その、買ったんじゃない。君を解放する為なんだ」

「解放……私をですか?」

「そうだ。君はもう自由だ。何処へ行ってもいいし、何をしてもいい。お金がないなら、私が少し都合をつけよう」


 どう考えても偽善行為だ。あの屋敷には部屋はいくつもあった。もしかしたら、ククリと同じ年齢の子供もいたのかもしれない。

 けれども、私に後悔はない。


 幼い頃、私は、父親と母親を事故で亡くし、親戚の家を点々とした。

 その時の思い出はあまりいいものではない。それが、彼女と重なったのだ。

 

 何度もするつもりはない、ただ理屈ではなかった。


「でも、行く所がない……」


 その言葉で、ハッとなった。どやら私の頭は、平和な世界のままだったらしい。

 解放さえすれば喜ぶと思っていたが、普通に考えたらそんなわけがない。


 衣食住にくわえて、安全面も考慮しないといけない。考え方によっては、以前よりも危険な状態なのかもしれないと猛省した。


「私はバカだ……」


 大きなため息を吐いて項垂れるような声を出してしまう。

 だが笑い声が聞こえた。


「ふふふ、ご主人様は、凄くお優しい方なんですね」

「どうだろうな……その、ご主人様ってのはやめてくれないか。私の名前は志賀というんだが、シガって呼んでくれるか」

「シガ様ですか?」

「ああ、様はいらないが……。とりあえず今すぐに放りだすのは身勝手だとわかった。とりあえず、君が落ち着けるまで私が責任もって面倒を見よう」

「ありがとうございます。てっきり……エッチなことをされると思ってたので」

「そ、そんなことはしないぞ!?」

「はい、でも望むのならいつでも」


 といっても、異世界に来て初めての買い物が、食べ物でも武器でも防具でもなく、子供のエルフだなんて……普通はそうだよな。


 だが彼女の笑顔を見ていると、なんだか落ち着く。

 おそらく私のステータスに、寂しいとは書かれていないだろう。


「それでシガ様、今日はどこにお泊りになるのですか?」

「……あ」



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