故に私は恋をする

こもり

第1話「出逢う」

──私は不思議な夢を見る。


季節外れな桜の木の下で誰かと一緒にいる。

いつの話なのか、誰なのかは分からない。

朧気で儚い夢……のような気がする。


この不思議な夢は何なのか、一緒にいるのは誰なのか知りたい。

でもいつも肝心なところで夢が終わる。

続きが気になるのにどうしても見れない。


でもこの言葉だけはハッキリと覚えてる。


「見つけてくれてありがとう…貴方と逢えて本当に良かった」と。


この言葉は私に向けたのかそれとも違う人に向けた言葉なのかは分からないけど…。


とにかく不思議な夢だ。


叶うならこの夢の続きが見たい。



「行ってきまーす」


私は誰もいないのにそう言って家を出た。


今、高校二年の夏休み。

私はこれからの試合に向けて追い込み中だ。

バスケットは好きだし、楽しいけど時々嫌いになる時もある。

先輩達も引退してしまったからこそ、今を頑張る。


煌びやかな夏の日差しがギラギラと私の体を照りつける。

少し汗ばんだ手でパスケースを握る。

改札を通ろうとした時に、ふと、目に止まった。


おそらく同い年であろう子達が楽しそうに話している。

それを横目に、私は淡々と足を動かしている。


もう夏休みが終わろうとしていた。


まだホームは沢山の旅行者で埋め尽くされていた。

家族連れも結構いた気がする。正直、羨ましい。


少し経ってから電車に乗った。

ちょうど、端の席に座れた。

今日はラッキーかも、とか思っていたら一気にその気持ちが遠ざかっていくのを感じた。

目の前には楽しそうに話している女の子達が座っている。私は見たくもない光景を、ただひたすらに、眺めていた。


いつもと同じ時間にいつもと同じ駅に降りてる。

いつもと同じバスに乗って

いつもと同じ練習をする。

そしていつもと同じ時間に家へと帰る。


そんな何事も無く、つまらない日々が私の日常だった。


「行ってきまーす」


そう言って私は家を出た。

今日から学校が始まる。

朝から暑く、過ごしやすい天気とは程遠い天気だった。


私はパスケースを握り改札を通った。

今日から学校が始まるので、制服姿の人達が沢山いた。


「おっはよ蘭」

「おはよう一華」


彼女は「赤羽一華あかばねいちか」幼稚園からずっと一緒で、同じバスケ部に所属している。

いわゆる幼馴染みっていうやつかも。


「今日から学校だねー」

「そうだね」

「一華、ちゃんと宿題やった?」

「実はまだ終わってない…」

「でも!今日提出じゃないから大丈夫!」

「あ、でた」

「いつもそうだよね、一華は」

「あはは…」


電車の窓から景色が動いていた。


──まもなく、○○ ○○です。お出口は左側です。


「着いたー…」

「今日も一日がんばろ」

「うん…頑張る…」


私達は駅にあるバス停へと向かった。

同じ制服姿の子たちが沢山いた。

少し蒸し暑く、バスの中はぎゅうぎゅうだった。


「やっぱり慣れないなぁ…この混み具合」

「私も…」


遠くは無いが歩きたくない距離で、いつもバスが混んでいるのだ。


「一華、着いたよ」

「降りますかぁ…」


周りからは元気な声が聞こえてくる。

中にはこんな声も聞こえてきた。


「今日、転校生来るらしいよ」

「え!イケメンかな!」

「だといいけどねー!」


「ねえ、蘭」

「転校生来るらしいって」

「私も聞こえた」

「ちょっと楽しみかも」

「そうだね」


玄関で上履きに履き替える。

よく、夏休み明けは大人っぽく見えるって言うけど、あながち間違って無さそうだ。


いつもは子供っぽい男子が、大人っぽく見えた。


「じゃあ、また部活でね」

「うん、またね!」

「今日こそは蘭に勝つからね!」


一華は元気だなぁ、とか思いながら教室まで足を運んだ。

教室はいつものようにザワザワしていた。

みんな楽しそうに話をしている。


そしてホームルームがやって来た。

学校が始まると実感してしまうこの時間が嫌だった。

憂鬱な気持ちを抑えながら耳を傾ける。


「今日から転校生が来るから、皆仲良くするようになー」


突然つまらない日常が変わった。

変わった、と言うより変わり始めた、の方が正しいのかもしれない。


「よし、入っていいぞー」


先生がそう言うとガラガラとドアを開ける音が響いた。

教室中が一気にざわつき始めた。


彼女は白だった。

髪、肌、目、全てが白かった。

彼女が美しく輝いて見えた。


「じゃあ自己紹介、よろしくなー」


「東京から、引っ越してきました」

白崎沙耶華しらさきさやかです」


「この身体は生まれつきで、真っ白なんです」

「みんな、仲良くして下さいね」


彼女はとても美しい容姿をしていた。

息を飲むほど美しかった。

多分、一生記憶に残ると思う。

そのくらいのレベルだった。


「じゃあ、葵井の隣に座ってくれー」


彼女が歩き出すと皆、私の方へ視線を向けた。

なんであんなやつの隣なんだって思ってると思う。

てか、聞こえたし。


「お隣、よろしくね」

「あ、うん…よろしく」


綺麗な声、透き通った肌、近くで見るともっと美しい。

髪も艶やかで長くて、手足も長くて、細くて、モデルみたいだ。

教室の窓辺に座るだけで絵になる。


「貴方、名前なんて言うの?」

「…葵井蘭あおいらん

「そう、葵井さんよろしくね」


そう言って彼女は微笑んだ。

ドキッとした。

鼓動が早くなる、変な感じだ…


この笑い方…知ってる気がする。

でも、上手く思い出せない


「やっぱり忘れているのね…」


彼女が呟いたのが聞こえた。

意味がよく分からなかった。


でも、こんな容姿をしている彼女を忘れるわけがないと思う。


ホームルームが終わると彼女はすぐさま、クラスメイト達に囲われた。


「白崎さん、めっちゃ可愛いね!」

「ありがとう」

「モデルとかやってないの?」

「残念だけどやってないわ」


彼女はクラスメイト達に質問攻めにされている。


私も美しい彼女に聞きたいことがある。


私も美しい彼女と話がしたい。


でもここじゃ、駄目な気がする。


授業が始まる前に、ここから連れ出そう。

窮屈で、檻みたいな教室は彼女に似合ってない。

ここに閉じ込められていい人じゃない気がした。


「白崎さん、ちょっといい?」

「葵井さん、どうかしたの?」


「私に着いてきて」

「あら、いいわよ」


彼女はすんなりと従ってくれた。

私は彼女の手を取り、檻みたいな教室を後にした。

戻る気は無い


「え?あいつ何してんだ…?」

「葵井さん…なにしてんの…?」


クラスメイト達はみんな、困惑していたと思う。

無理は無い、いきなり転校生を連れ出すなんて、私でもどうかしてると思う。


──でも…


出会ったばかりなのに、彼女の事はよく知らないのに、この手を離したくはなかった。

変な感情が心の中で呻いていた。


「葵井さん、気は済んだかしら?」

「ううん、もうちょっと」


「ええ、分かったわ」


彼女は何故か、またすんなりと私に従った。


煌びやかな日差しが私達をギラギラと照りつける。

彼女は私の隣で日傘を差した。

彼女が日傘を持っている事に、私は気づかなかった。


「葵井さん」

「なに?」

「どこへ行く気なのかしら」

「私のお気に入りの場所だよ」


「あら、どんな所なの?」

「静かで綺麗で落ち着いて話せる場所だよ」

「そうなのね楽しみ」

「ちょっと遠いけどね」


学校から歩いて30分くらいの所に私のお気に入りの喫茶店がある。そこで色々、彼女と話しがしたい。


初対面のはずなのにお互い会話が無くても、道中気まづくなかった。

少なくとも私はそう感じれた。


そして、横断歩道を渡り、しばらく歩いていくと喫茶店の前へ着いた。喫茶店の名前は「夕顔ゆうがお」だ。


「白崎さん、着いたよ」


「私の想像していた通りの綺麗なお店だわ」


扉を開けた。

カランコロンと鈴の音がした。


「いらっしゃい」


カウンターの奥には「月下つきした」さんと言う女性の店主がいる。


「こんな時間に来るなんて珍しいねぇ」

「おサボりかな?」

「あ、まぁ…そんなとこです」

「葵井ちゃんも悪い子になったねぇ」


テーブル席に案内され座った。


「隣のお嬢さんも?」

「ええ、そうですね」

「サボりです…ふふっ」


彼女はクスッと笑いメニュー表を広げた。

隅から隅へとじっくり目を通している。


「決まったら呼んでくれよ」


月下さんは再びカウンターの奥へと戻り、珈琲を淹れている。

珈琲の甘いような、苦いような匂いが私たちを囲む。


「ねえ、白崎さん」

「どうしたの?」

「なんで初対面の私に着いてきたの?」


私は少し首を傾げながら聞いた。


「初対面…そんな事ないわよ」

「私たちはずっと前から一緒なの」

「一緒…冗談でしょ?」

「冗談じゃないわよ、本当のことだもの」


言っている事はよく分からないけど、それでも良かった。

彼女と会話が出来ているだけで、満足だった。


彼女はお通しの水を口にした。

その唇は艶っぽくて、色っぽくて、触りたくなる唇だった。


私は手を伸ばし、彼女の唇に指先を当てていた。

どうかしてる、おかしくなったのかも


「葵井さん?何か付いているのかしら?」

「あ…!ごめん、気にしないで…」

「そう、じゃあこれ」


私にメニュー表を手渡してきた。

彼女は真っ白で美しい手を私の手に絡めてきた。


少し赤くなった私の顔を彼女は、穴が開きそうなほど見つめてきた。


「葵井さん、照れ屋なのね」

「………」


彼女は優しく微笑んだ。

私が黙っていると彼女は手を挙げ、月下さんを呼んだ。


「アイスカフェラテを二つください」

「はーい」


月下さんはカウンターの奥へと行き準備を始めた。


「ねぇ葵井さん」

「今度、私の家へ遊びに来ない?」


当然、行くに決まってる。

でも即答すると何となく、変な感じに思われそうだから少し濁した。


「曜日によるかなー…」


本当はいつでもいいけど…


「じゃあ、この後行きましょう」


彼女は白く、美しい瞳を細め優しく笑った。

私は予想していなかった返事が返ってきて、驚いた。


「…いいよ」

「ふふっ、楽しみだわ」


それから少しして、月下さんが来た。

いい匂いがする。


「はいよ、お待たせ」

「アイスカフェラテが二つね」

「それとこっちも」


月下さんがイチゴのショートケーキも持ってきてくれた。


「お嬢さん可愛いからね、オマケだよ」

「はい、葵井ちゃんも」


「あら、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「それじゃ、ごゆっくり~」


そう言って月下さんは戻って行った。


今頃は授業中だろうか。

そういえば一時間目から数学の小テストがあるのを忘れていた。


まぁ、そんな事はどうでもいいか。


「ねぇ、白崎さん」


「白崎さんじゃなくて、沙耶華さやかって呼んでくれてもいいのよ?」


彼女はニヤリと笑った。


「…さ、沙耶華ちゃん」

「ふふふ、可愛いわね…」


可愛い?私が?そんなはずは無い。

彼女みたいに白い肌じゃないし、髪も長くないし、背も高くない。


そういえばどうして私と一緒に居てくれてるんだろう。

私に魅力なんて物は無いと思うんだけど。


「あ、信じてないわね?」

「…疑ってないよ」


机がグラスの水滴で濡れている。

窓からは昼間特有の、温かい日差しが差し込んでいる。

そんな晩夏の昼間に、私は学校をサボって、よく知らない白くて、美しい女の子と一緒にケーキを食べている。


幸せだ。

不思議なことにそんな気持ちで溢れて、溢れて、止まらない。


アイスカフェラテを飲む私をじっと、見つめてきた。

私も彼女の顔を見つめ返した。

でも彼女はにらめっこが得意みたいだ。


私は直ぐに顔を背けた。


そして私たちは会計を済ませ「夕顔」を後にした。


「また来てくれよー」

「美味しかったです」

「あと、ケーキありがとうございます」


外は蒸し暑く、中との温度差に少し驚いた。

彼女はまた日傘を差して、私も入るようにと、隣を指さした。

傍から見たら、カップルかも…なんて事を考えた。

おこがましいか…


「次は葵井さんが私に着いてくる番ね」


あどけなく笑った。

その一瞬は幼く、無邪気に見えた。


「どうして私なの?」


何気なく聞いた。

本当に何気なく聞いただけ。

でもなんで聞いたんだろう。


「ふふっ、どうしてでしょうね」


答えは言ってくれなかった。

でも、それでも良かったかもしれない。

何とも言えない気持ちが私を揺さぶった。


それから15分くらい歩くと彼女の家に着いた。

家は世間一般で言う豪邸だった。

予想通りではあったかも。


彼女は門を開け、敷地内へと歩き出した。


「こっちよ」


私は言われるがままに、風になびいた白い髪を追って行った。

彼女が扉の前へ立つと絵に描いたような、メイド服を着た女性が出てきた。


「お早いお帰りですね。沙耶華お嬢様」

「ええ、今日はちょっとね」

「それとお友達を連れてきたわ」


彼女は何気なく言ったのだろうが、それでも私にとっては物凄く嬉しい言葉だった。


友達……なんていい響きなんだろう。


「邪魔はしちゃ駄目よ、かがり

「ええ、分かってますよお嬢様」


このお姉さんは篝さんって言うんだ…

この人も綺麗な人だなぁ…


篝さんの束ねられた綺麗な黒髪が風に吹かれた。


「さぁどうぞ、中へ」


中へと案内された私は、まず玄関の広さに驚いた。

多分、私の部屋くらい広い。


「こちらを」


篝さんは私にスリッパを差し出した。


「あ、ありがとうございます…」


私はスリッパに履き替え、彼女に着いて行った。彼女の部屋は2階にあるようだ。

家の中も所々、絵画や花などが飾ってある。

お金持ちの家って感じだ。


「ここが私の部屋よ」

「お邪魔しまーす…」


彼女はドアを開け手招いた。

いい匂いがした。


「うわぁ…ひっろ…」


私はあまりの豪華さに言葉を失っていた。

ベッドも凄く大きくて、屋根が付いていて、カーテンまでもが付いていた。

とにかく全部が豪華だった。


「あんまりジロジロと見られては、恥ずかしいわ…」

「あっ…ごめん」


私は大きなソファに座った。

彼女もソファに座った。


「なんか…近くない?」

「あら、そう?」

「このくらい普通でしょう?」

「…そうなのかな」


彼女はこんなに広い部屋でわざわざ、私の真隣に座ってきた。


私の膝と彼女の膝が触れている。

鼓動が早くなっていくのを感じた。

彼女が私の膝の上にそっと手を置いてくる


「ね、ねぇ…近いよ…」

「ふふっ…」


彼女は構わず私の足を撫でている。

体が火照っていく。

少し怖くなってきた。


そしてわたしは彼女に押し倒されてしまった。

その細い腕とは思えない強い力で押さえつけられている。


「さ、沙耶華ちゃん…」


今、私は涙目になってると思う。

目頭が熱くなるのを感じた。

今から何が始まるのか分からない、怖い。


突然、無機質なスマホの着信音が響いた。


彼女はパッと手を離し座り直した。

私はポケットからスマホを取り出し、電話に出た。


「もしもし?蘭?」

「あ、一華どうしたの」

「どうしたの?じゃないよ!」

「学校抜け出したんだって?皆から聞いたよ!」


スマホの向こうから、少し怒った声が聞こえる。

一華に怒られるのも久しぶりだなぁ…とか考えていた。


「あ、うん…抜け出しちゃった」

「学校は?どうするの?」

「今日はもう休むよ…」

「そっか…先生に言っとくね」

「ありがとう」


電話越しでも本気で私を心配する感じが伝わる。

この子が幼馴染みで良かったかもしれない。


「何かあったら私に言ってね…じゃあ」

「うん、またね」


学校を抜け出していたのをすっかり忘れていた…。

大会も近いっていうのに…。


「今の子は誰なの?」

「あ、一華って名前の子で、幼馴染みなんだ」

「ふーん…そうなのね」


彼女はさっき起こっていた事がまるで、無かったかのように振舞っている。

窓から差す陽の光で彼女の白く、美しい髪がさらに輝いて美しく見えた。


「沙耶華ちゃん…私、もう帰るね」

「あら、そう?もう少しゆっくりしていってもいいのよ」


彼女のこの言葉に心が揺らいだ。


もう少し彼女と一緒に居たい。

もう少し彼女と話しがしたい。

もう少し彼女と触れ合っていたい。


そんな気持ちで溢れた。


「じゃあ…まだ居させてもらうね…」

「ふふっ、嬉しいわ」


ドアをノックする音が響いた。


「いいわよ」

「失礼致します、紅茶とお菓子をお持ちしました。」

「わ、ありがとうございます」


篝さんがいかにも高そうなお菓子を持ってきてくれた。紅茶も良い香りがする。


「ありがとう、篝」

「では、失礼致しました」


バタリ…とドアが閉じる音が部屋中に響いた。


「早速、頂きましょう」

「いただきます…」


「美味しい…!このお菓子なんて言う名前なの?」

「これはフィナンシェって言うのよ」

「このお菓子は私も…好きよ」


彼女の「好き」という言葉にドキッとした。

私に言った訳じゃないのに心が締め付けられるような感じがした。

どうしたんだろう…。


「こ、紅茶も美味しいね」

「ええ、そうね」


しばらく沈黙が流れた。

と言っても、ほんの数秒も無いくらいだったと思うけど、それでも私にはとても長く感じられた。


「ねぇ、葵井さん」

「…?」


私は首を傾げた。

彼女の顔をまじまじと見つめる。


「この世は流転していてね」

「全てが移り変わっていくの」

「それでも私達は出逢えた」

「やっとあなたを見つけれた」


なんだろうこの雰囲気…

私は息を呑む、私は呼吸を忘れる。

彼女の雰囲気に、瞳に、私の全てが吸い込まれる。


「運命だと思うの」

「葵井さんはどう思う?」

「………」


私が返答に困っていると突然、涙が溢れてきた。


「知ってる…これ…この涙…」


私には分かる、この涙の意味が、どういう意味の涙なのかが。

分かっているけど上手く言葉にならない。


彼女が私を抱きしめてくれた。


「無理しなくていいのよ…」

「私にも分かるわ」

「ゆっくりでいいの、私はいつまでも待ってるから」


涙が零れて止まらない。

私はすすり泣く。

彼女に聞かれたくなくて、声を殺して、静かに泣く。


「沙耶華ちゃんは…知ってるの…」

「ええ、知っているわ」

「それが運命なの」


抱きしめながら私の耳元で答える。


制服の裾で涙を拭う。

目を真っ赤に腫れさせながら、立ち上がった。


私はふと、思い出したのだ。

たまに見る不思議な夢を

その夢は朧気で儚くて、美しい景色の夢


「私、たまに見るんだ…」

「季節外れな桜の木の下で、誰かと一緒にいる夢を…」

「素敵な夢ね」


彼女は絨毯に座り込み、膝をポンと優しく叩き示している。

それがどういう意図なのかすぐに分かった。


「葵井さん、こっちに来て」

「…うん」


私は言われるがままに彼女の膝を頭に寝転んだ。

少し恥じらいながらも彼女の顔を見つめる。


「ゆっくりでいいのよ」

「待つのは…探すのは得意だから」


彼女のしなやかな手で頭を撫でられている。

とても心地良い…。


「おやすみなさい、葵井さん」


晩夏の昼下がり、出会ったばかりの女の子に、頭を撫でられながら目を閉じる。


どこか懐かしい雰囲気を感じながらも息を落ち着かせる。


彼女の優しい手に包まれ、すっと息をする。


そうして私は、深い、深い、眠りにつく。





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