第3話 狩猟大会ハプニング
俺はイングラル公爵家の騎士として、王家主催の狩猟祭に駆り出されていた。
今日はクラリス嬢のために獲物を仕留め、成果を捧げることになっている。
主要な貴族家が揃い、各所に豪華な
参加経験はあるものの、王室ではなく公爵家の、しかも平騎士として混ざるのは初めてで、他貴族からの視線と小声が煩わしい。
(しかしリロイが絡んで来ない分には、清々しいな)
クラリス嬢は公爵家の総意として、リロイの求婚を正式に断った。
狩りの結果がどうであろうと、第二王子との婚約や結婚はないと突っぱねたらしい。
おかげでリロイが寄り付かない。
表向きは美辞麗句の辞退。けれど言葉裏で、"第一王子に傷つけられたから、王家を信用出来ない"と、かなり際どく匂わせて、押し切ったらしい。
なんかホントごめん。アルヴィンが婚約破棄なんかして。
俺の耳まで聞こえてきたのは、その時従事していた同僚騎士から。イングラル公爵の言い
召使も噂していた。
「そんな情報ガバガバでいいのか公爵家」と思うけど、俺の場合、妙に親しまれているらしく、聞いてない話まで仲間内から入ってくる。
いつの間にか公爵家の家人は、ほぼ顔見知り。
そう。
だから公爵家のテントに、外部の人間が出入りすると、すぐわかる。
いま公爵家の女性用テントから出てきたメイドは、見ない顔だ。
(今って、テントの中は誰もいないはずだよな)
クラリス嬢は、俺を含めた騎士を従え、国王の話を聞いている。
大半の人間が広場で開幕式に並ぶ中、伝言ということもないだろうに。
(なんだ……?)
不審を伝えようとした時だった。
クラリス嬢が、騎士たちに向き直る。
開会宣言が終わり、いざ狩場に入る前の激励のためだ。
「狩猟祭に参加する、わたくしの騎士たちへ。
主人自ら作ったという剣護りに、騎士たちから歓声が上がる。
イングラル家の慣習かと思いきや、これまでにない異例のことらしい。
クラリス嬢が凛とした姿勢で、それぞれの騎士へひとつずつタッセルを渡していく。
俺の番。彼女はそっと囁いた。
「押し付けになっているようでしたら、捨ててください」
(!?)
束の間の交差で。
激しく胸が痛んだ理由を知りたい。
指触れることなくクラリス嬢が離れた一瞬、こんなに苦しい訳が分からない。
視線は絡まなかったのに。
切なさだけが募った。
(アルヴィン、お前どういう感情なんだよ、これ。まるで恋慕だぞ?)
"お前から婚約破棄したんだろ?"
引きこもってる意識からの答えはない。
厄介ごとばかり押し付けられたようで、過去の
クラリス嬢のそばに残る騎士に、"見慣れない女がテントに出入りしていたから気を付けるよう"言付けて、指定された狩場に向かう。
森は豊かだった。
見上げると、天を覆う怪鳥が頭上を
「嘘だろ……!」
即座に広場から、悲鳴が上がる。
胸騒ぎに突き動かされ、走った先で見たのは、公爵家のテントに鉤爪を向けて舞い降りる、怪鳥。
そしてテント前には、クラリス嬢。
考えるより先に、身体が動いていた。
怪鳥がクラリス嬢を掴んだ、その脚に躊躇なく飛びつく。
多くの叫び声を後ろに、運び上げられる浮遊感。
青ざめたクラリス嬢と目が合った。
(必ず守る……!!)
ほんの数度の羽ばたきで、すでに狩場の森の上。
これ以上空高くなるより先に、怪鳥の爪を開かせないと。
手に持つ剣をなんとか突き立てれば、嫌がった怪鳥に思い切り脚を振られた。
投げ出されるクラリス嬢をかばう様に抱き留め、そのまま茂った枝葉に飛び込む。
即座に防御魔法を張ったけど!
もう何に何度ぶつかったかわからない!
木々の間を落下し、地表に転がり落ちた。
「っ痛ぅ……」
打ったし。
あちこち痛いが。
「クラリス嬢?!」
腕の中の彼女が、無傷かどうかのほうが気になった。
目立つような外傷はなく、ほっとする。
と、クラリス嬢も状況に気づくなり、俺を見て声を
「なんという無茶をなさるのです! もし御身に何かあったらどうするおつもりで──」
そこまで言って気づいたんだろう。
彼女は、はっと言葉を飲む。
いまのは、"自分の護衛騎士"に言うセリフじゃないって。
完全に数か月前の、王子としての俺に向けた発言だ。
ゆっくりと、俺は言った。
「今の俺はあなたの護衛騎士ですから、優先されるのはあなたの無事だけです。……お怪我はありませんか?」
「……ありがとうございます。
なぜか、沈黙が降り。
細い声が、紡がれる。
「…………だから追ってくださったのですか? 職分だから」
彼女が尋ねた。
「違……う……」
傷ついたように顔をそらしたクラリス嬢を追って、引き出されるように言葉がこぼれる。
「ずっと守りたかった。なのに、俺と関わると……危険な目に遭わせるから……」
"アルヴィン"の気持ちが
クラリス嬢が目を見開いてるが、混乱してるのは"俺"も同じで。
(な、なんだ? え、そうなの?)
戸惑うと同時に思う。
(もしかしてそれで遠ざけた? だがそれなら。いまクラリス嬢が襲われたのは……、偶然か?)
怪鳥なんだ。魔獣が故意に個人を狙うことは考えにくい。
でも。
そもそも国には結界が張られている。
狩猟大会の会場がいくら国境近い場所だったとはいえ、魔獣が侵入したこと自体がおかしい。
「──まさか、結界が破れてる?」
ぽそりと落ちた自分の声に、背筋が凍った。
「結界が消えたら、大変なことになる。すぐに張り直さないと!」
ルクセル王国の地は、魔物が沸く裂け谷に近く、その侵略を受けやすい場所に位置していた。
王家に伝わる宝剣で結界を維持し、年に一度、新年に、脆くなった結界を張り直す儀式が執り行われる。
国土を守ると同時に、王家の正統性を示すためだが、常からも宝剣は王の移動に伴われ、結界に何かあれば即座に修復されることになっている。
つまり国王が来ているこの狩場に宝剣はあり、綻びがあればすぐに結界が直されるはずなのに。
空に舞う怪鳥たちの数が増えてきている。
「何かあったのかもしれない、です。皆も心配しているでしょうし、急ぎテントに戻らないと。
「え、ええ」
返事とは裏腹に、がくがくと震えている彼女の足は、力が入りそうには見えない。
怪鳥に掴まれ、空からダイブしたなんて、ご令嬢には衝撃体験だったろう。
「失礼しても?」
了承を得て横抱きすると、真っ赤になって顔を伏せられ、くすぐるような柔らかな髪からは、甘い香りが届いた。
(やばい。意識してしまう。ゼロ距離反対。密接した肌から脈打つ鼓動が伝わってくるのとか、反則だから)
俺はもう確信してた。
──"アルヴィン"は、クラリス嬢のことが好きだ。──
「もう少し、あなたのご真意をお聞かせいただきたかった」
小さく、クラリス嬢が呟いた。
そうだね。それは俺も知りたい。
意識の底をこじ開けてでも、本家アルヴィンに問い
複雑な恋心と謎を、残さないで欲しかった。
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