今日から護衛と言われても。~元婚約者に、騎士として仕えることになりました。

みこと。

第1話 元王子がやってきた

「クラリス・イングラル公爵令嬢! きみとの婚約は今日を限りで破棄する!!」


 第一王子アルヴィン・ルクセルの突然の宣言は、誰をも驚かせるものだった。





(もーうちょっと早く、"俺"が出てきてたら違ったんだろうけどなぁ)



「ここがお前の部屋だ」


 ぶっきらぼうに示されたのは、簡素なベッドがぽつりとある、手狭な個室。

 公爵家に従事する、騎士寮の一室だ。


「あ、はい、案内ありがとうございます……」


 お礼を言ったら、憎々し気に睨まれた。


「今更殊勝な態度をとってみせたところで、この屋敷の者は誰一人お前を許さんぞ」


 明確な敵意と警告。


「婚約破棄でクラリスお嬢様を傷つけ、ありもしない罪をでっちあげようとしたこと、皆が恨んでいる。こうして公正なさばきがなされたこと、神のご意思だ。いち騎士として、今後の人生を励むことだな」


 俺を案内してくれた強面こわもての騎士は、そう言い捨てると、さっさと立ち去って行った。


(めっちゃ……憎まれてるし)


 それも当然。


 近年、世間でよく聞く"婚約破棄"。


 軽率な王子が"真実の愛"とのたまって、浮気。

 邪魔になった婚約相手を身勝手に断罪する。


 けれども、いろいろあって立場逆転。

 王子は"ざまぁ"されて厳罰を受ける、という騒ぎが大陸各国で蔓延していたが。


 溜息を落としながら、部屋に袋ひとつの荷物を置く。


(……よりにもよって"俺"まで! "ざまぁ"されるなんて!!)


 頭を抱えるように、小さなベッドに倒れ込んだ。



 アルヴィン・ルクセル。

 ルクセル王国の第一王子として生を受けた俺ことアルヴィンは、結婚について横暴を押し通そうとした結果、王籍から抜かれた。


 現在の身分は、領地もない騎士位。

 ルクセルを名乗ることは許されず、働かないと食べてけない。


 ふった婚約者、クラリス・イングラル公爵令嬢の家にお情けで雇われ、住み込みの護衛騎士として勤めることになった。


 あまりの境遇変化に耐えきれなかったのか、王子として育ったアルヴィンはプッツン。

 、かわりに表に出たのが""。


 新しく生まれた人格。


 せめて"ざまぁ"される前ならば!

 いやいや、婚約破棄する前ならば!!


 クラリス嬢との関係修復に努めることも出来たろうに、今となっては全てが遅い。


 俺は明日から、自分アルヴィンが捨てた令嬢クラリスを主人とあがめ、仕えることになる。


 そこに抵抗があるかと言われたら、まあ……たぶん本家アルヴィンほどはない。


 けれどアルヴィンにとって、イングラル邸は敵地アウェイ。 

 自業自得っちゃその通りで、因果応報と言えば誰も恨めないんだけど。


(俺は"もうひとりの俺"に文句が言いたいぞ……)


 何の不満があって、お前はクラリス嬢をおとしめたんだ!

 超絶美人で、非の打ちどころのない姫君なのに!


 残念ながら、封じられた意識と一緒に、その辺の動機まで消えている。

 固く閉じられ、覗けない記憶。


 詳しいことがわからないまま、奉公の身とは情けない。


 しかも浮気相手の娘とか、顔すらちゃんと思い出せない上に、いつの間にか逃げられてた。


 ますます「何やってんだ?」感が強い。


 公爵家預かりなのは、アルヴィンに対し効果的に屈辱を与えることが出来ると共に、元王族の俺を厳重監視出来るという、無駄のない措置だと思う。

 さすがだね、イングラル公爵!


(じわじわといたぶられたら、イヤだなぁ)


 前途多難だ。


(とりあえず今日は寝て、明日からの絶望に備えよう)



 そう覚悟したのが、三か月前。






 まさか、こうなるとは。




「おーい、アル! 今日の昼飯に、お前の好きな豆スープがあったぞ」

「えっ、ほんと? まだあるかな?」


「あるある。食堂のおばちゃんも、お前用にってけててくれてるはずだし、早く行ってこい」

「おー、ありがとうー!」


 勤務中、交代で食事をとる。

 テーブルに着くと、「アル、休憩か?」と言いながら、同僚たちが寄ってきた。


 なぜ周囲がこんなに好意的なのか。それは。


「でもお前も大変だなぁ。ダメ王子の尻拭いで身代わりなんて」


 出た、定番の話題。

 

「いや俺、本人……」


「いいっていいって、無理しなくても。バレたらヤバいんだろ、皆言わないよ。俺達としては使えない元王子より、腕の立つお前のほうが嬉しいし」


 いつの間にか同じ卓についてた仲間たちが、うんうんと頷く。


 この現象、俺のが、あまりに噂のアルヴィン王子とかけ離れていたため、遠方から連れてこられた"そっくりさん"だと誤解されているのだが。


(王子としての俺への偏見がヒドイ……!)


 アルヴィンの代わりに就労している赤の他人・・・・と認識され、イングラル邸の中では"公然の秘密"扱いされてしまっている。


 気づくと愛称呼びされてるし、なんならアルヴィン王子に迷惑をかけられた被害者として、同情さえされている。

 本人だと訴えても、「そういうことにしておいてやろう」という返しは一体どうなんだ?


(で、でも、自分で言うのもなんだけど、俺は母上に似て美形だし、にじみ出る気品とか、そういうのがあったはずなのに……!)


 中身ソフトが俺だと、外見ハードの美貌が悲しいほど無効化されているということになる。


 一時はどうなることかと思ったから、優しくして貰えるのは助かる。が、複雑だ。

 俺だって、王子様生まれの王子様育ちなのに。


(やっぱあれか。初日に押し付けられた倉庫いっぱいの武具磨きを、鼻歌まじりにやったのがマズかったか。悲壮感が足りなかったのかも知れない)


 まったく釈然としないが、大盛りの豆スープは美味うまかった。

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