第38話 絶望に抗う蒼

白雪さんの婚約を知った土曜。

MTNの練習会はそこでお開きとなった。

帰りの電車の中で何度もチェインやメールで

白雪さんと連絡を取ろうとしたがことごとく連絡は弾かれた。

俺の連絡先は完全にブロックされているようだった。


失意のままに帰宅し、晩飯を食う事もなくベッドにダイブし、眠りに落ちていった。


白雪さん……何で……


眠りに落ちる間際まで俺の頭の中はそれでグルグル回っており、

何一つとして先に進めない状態であった。



日曜に目を覚ますと既に12時を回っていた。

スマホにはソフィアと晴から心配のメッセージが山ほど来ていた。

心配ない、と一言だけ返しておく。


リビングに降りると青ねぇがテレビを見ながらくつろいでいた。

「青ねぇおはよう。

 親父は?」

「あ、やっと起きてきた。

 おはよう、そーちゃん。

 お父さんはゴルフの練習に行ったよ」

青ねぇはそれだけ言うとジッと俺の顔を見てきた。

「で、そーちゃんはどの子と喧嘩したのかな?」

「はっ!?」

急な青ねぇのブッコミ発言に固まってしまう。

「今のそーちゃんがあんなに落ち込んで不貞寝して、

 お昼まで寝込むなんてあの3人と何かあったしか考えられえないし、

 それとも喧嘩じゃなくって告白して玉砕しちゃった?

 うーん、お姉ちゃんの見立てだとどの子もOKって感じに見えたけど」

「はは……残念ながら振られちゃったよ……」

「え!?嘘!?どの子?」

「鳳凰院さん……チェインで忘れて下さいってさ……」

俺の言葉を聞くと青ねぇは黙り込んだ。

昼飯でも準備するか、とキッチンに向かおうとしたところ、

「ねぇチェインでって変じゃない?」

と青ねぇがポツリとこぼした。

「変って何が?」

「鳳凰院さんと何度も顔を合わせた訳じゃないけど凄く真面目に見えた。

 あんなに真面目そうな子が、一度真剣に告白したことを撤回するのに、

 チェインで済ませる、なんて失礼なことするかな?」

「婚約が決まったんだよ。だからこの話はお仕舞」

「婚約?ならますますおかしいよ。

 そんな人生の大事なことをそーちゃんや

 他の友達にちゃんと伝えないくらい薄情な子なの?」


青ねぇにここまで言われて確かに違和感がある、と感じた。

今まで白雪さんが婚約して、学校から居なくなるということに捕らわれていたが、

そんな大事なことを俺たちにチェインでだけ伝えるような人だったろうか。


否。


彼女は本当に真面目で礼儀正しい子だ。

婚約という個人的な話はまだしも、

転校するなんていうことを友達である俺たちに何も言わない訳がない。


MTNの件だってそうだ。

あんなに熱心に取り組んできたことを放り出すような人じゃない。


こうやって冷静になってくるとあのメッセージに違和感がいっぱいだ。


「青ねぇ、ありがとう!

 俺もう一度白雪さんと直接話してみる」

「ん!一瞬で立ち直るとは流石我が弟。

 そーちゃんが立ち直れないならお姉ちゃんの胸の中で

 優しく抱きしめて慰めてあげようかと思ってたけど、

 今回はお姉ちゃんの出番はここまでみたいだね。

 がんばれ、そーちゃん」

「気遣いありがとう、青ねぇ。

 そんじゃあちょっと頑張ってみる」

腹が減っては戦は出来ぬ、と早めに昼飯をかき込むと部屋に戻る。


「まず最初に頼るべきは……」

スマホのチェインを立ち上げ通話する。

『ちょっといいか?』

『ソータもう大丈夫?』

『問題ない。

 ところで一つ頼みがあるんだ』

『何?』

『白雪さんと直接話がしたい。

 今回の婚約話や転校の事を彼女が俺たちに

 直接告げなかったのが不自然だって気が付いたんだ。

 白雪さんのご両親とかとも話せたら良いんだけど……。

 スカーレット家の力で何とかならないかな?』

『実はワタシも少し変に感じてて、既にスカーレットの方から探りは入れているの。

 何か分かったら連絡するよ』

『ありがとうソフィア!

 俺も可能な限り手を尽くしてみるよ!』

そう言ってソフィアとの通話を終える。



次に俺が取れる手はコレしかない。

『もしもし親父?出かけてるとこ悪いけどちょっと話がある』

ゴルフ打ちっぱなしに出かけている親父に電話する。

『蒼太か、やっと起きたんだな。それで電話するほど急な用事って何だ?』

『親父の勤めてる信託銀行って鳳凰院の系列だったよね?』

『おう、直結の子会社ではないけど一応鳳凰院の系列ではあるな、

 それがどうかしたか?』

『親父の会社で今の鳳凰院当主の人の連絡先知ってる人とかいないかな?』

『はぁ!?急に何の話だ』

混乱する親父に白雪さんに告白され、断られた経緯を説明する。


『はぁ~、俺が知らない内に息子がそんな事になっているとは』

『はは、今まで何も言わなくてゴメンね』

『まぁ年頃の男の子の気持ちは父親でも分かるからそれは構わんさ。

 しかし鳳凰院当主との連絡かぁ……。

 多分系列なだけで直系じゃないウチにはそこを知ってる人はいないと思う。

 ただ、息子の一世一代の愛の告白がかかってるし

 明日出社してたら可能な限り聞いてみるさ』

『ありがとう親父』



そして最後に俺が頼ったのは

昨年MTN世界大会で知り合った人達だ。

大半は俺と同じオタクに過ぎなかったりするが、

中には立派な企業で働いている人も多く、

冗談半分でハイスクールを卒業したらウチに来ないか?

なんてお誘いをしてくれる人もいた。

そんな優秀な人たちの中には鳳凰院の

海外グループ会社に勤めている人がいたことを思い出し、

彼らにもコンタクトを取ってみる事にしたのだ。


昨年の世界大会に向けて付け焼刃で身に着けた

英語能力で必死にメールを書いて彼らに送る。

時差もあるし反応があるのは明日以降だろう。


取り合えず俺の打てる手は全部打った。

後は結果を待つのみだ。

しかし、結局は人頼りで自分の力じゃないも出来ていない。

本当に鳳凰院は大きくて、俺はタダの子供なんだと自覚する。

でも自覚するだけだ、ソフィアも親父も動いてくれている。

子供だろうがバンピーだろうが。

白雪さんと話すまで、白雪さんの両親の真意を聞くまで、俺は諦めない。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆



そして週明けの月曜。

クラスでソフィアと来人に会い、今の状況を相談する。

無論今日も白雪さんは休みである。


「おいおい、俺が調整会を辞退してる間に色々凄いことになってんな。

 土曜の夕方のメッセージには驚いたけど

 蒼太のトコにはそんなのまで届いてたのかよ」

「うん、それで今はもう一度白雪さんと話せないか

 色々出来る範囲で色んな伝手を頼ってるトコ」

「わりぃな、俺じゃなんの力にもなれねぇ」

「気にすんな。俺だって自分の力では何も出来てない。

 完全に他人任せだ。自分の事なのにな」

「ソータもクルトもそうやって卑下しない!

 私だって実家の力であってワタシの力じゃないしね」

「本当に俺らってまだ子供なんだよな……嫌になるぜ……」

思わずちょっと弱音がこぼれる。



しかし、その後果報を待つも

一向にいい知らせはやってこなかった。


あっという間に金曜になってしまう。

ソフィアの話では来週土曜、すなわちMTN世界大会の日が婚約披露宴の日だという。

残り1週間となり流石の俺も焦りを感じていた。

そんな金曜の夜にソフィアからメッセージが届く。


『もしかしたらシラユキに一目会えるかもしれない。

 明日ワタシの屋敷に来て』


俺は最期に目の前に現れた希望に即座に縋りついた。

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