第30話 紅白激突

秋晴れの空の下、週末の土曜、無事に体育祭が開催されている。

外来観覧席には青ねぇの姿と晴の姿もある。

これは無様な真似は見せられないと気合が入る。

うちの体育祭は学年ごとに紅組白組に分かれて競技点数で競い、

学年毎の勝者を決めるスタイルである。

ウチのクラスは白組である。


序盤は点数の低いのんびりした競技から開始である。

つまり俺や来人など非体育系ナードの出番だ。

早速玉入れに出場する。


「そーちゃん頑張ってー!」

「そー君頑張れー!ついでに来人も頑張れー!」

観覧席から応援が飛ぶ。


美女、美少女2人からの応援に注目が集まる。

「そーちゃんって誰だ?」

「知らんけどムカつく!」

「来人って宝田だっけ!?北麗の女子と知り合いとかズリィぞ!」

よし!俺より来人に嫉妬が集まってる!

ふと視線を来人に向けるとズリィ…という視線を送ってきた。

俺の場合トンチキな名字のせいで下の名前把握してる奴少ないんだよな。

今日ばかりは亜栖瑠姓に感謝!

2人の声援を無駄にする訳にはいかず

頑張ったお陰か玉入れは無事に白組の勝利に終わった!


「そーちゃんおめでとー!」

「そー君、来人やったね!」


相変わらず観覧席の二人は目立ちまくりである。


「蒼太君お疲れ様です」

「ありがとう白雪さん」

クラスの席に戻ると白雪さんが

競技に行く前に預けていた俺のタオルを渡してくれる。

残暑も収まった9月下旬とはいえ全力で動くと汗だくだ。

タオルで汗をふき取るのが気持ちいい。

クラス席で俺は順次展開される競技で頑張るクラスメイトを応援する。

そして午前中の花形競技と言える200m走が間もなくという時間になった。

「蒼太君、タオル預かってて貰っていいですか?」

「わかったよ」

200m走の準備に向かう白雪さんからタオルを預かる。

あまりに自然な流れに思わず受け取ってしまったが

周りからの圧を感じてミスったと思わなくもない。

でも白雪さんの気持ちを知っている身としては断るという選択肢はなかった。


パァン!とスターターピストルが鳴り響き200m走の幕が開ける。

順番待ちをしている白雪さんの顔に緊張は見えない。

そして遂に白雪さんの番が回ってきてスタート位置に立った。


「白雪さん頑張れー!」

「シラユキ!ファイトー!」

「鳳凰院さん頑張ってー!」

「白雪ちゃんがんばー!」

俺とソフィアの応援を皮切りにクラス中から応援の声が上がる。

パァン!という音が鳴り響くと同時に白雪さんは凄まじい速さで駆け出した。

いきなり2位以下をぶっちぎりで突き放している。

手の振りも大きいし、素晴らしく美しい姿勢で走っていることに感心してしまう。


が、人というのはそう単純なものではないようで

「やべ…デッカ…めっちゃ揺れてるじゃん…」

クラスの男子の一人が呟いた。

確かにソフィアには負けるものの白雪さんは立派なものをお持ちだ。

とはいえクラスを代表して花形競技を頑張っている

彼女に対してその感想は人としてどうだろう。

「最低……」

「ホント男子ってサルね……」

クラス中の女子から男子への厳しい視線が向けられる。

当の本人以外は無罪だ!と必死に首を横に振り無罪を主張する。

そんなクラスの喧騒をよそに白雪さんは一位でゴールした。

その瞬間クラス中が湧きたつ。

内心男子は追及の手が止まりホッとしたようである。

俺達の歓声にピースサインで応える白雪さん。

それは普段のお嬢様然とした彼女とはちょっと違う

年相応な一面で思わずドキっとしてしまう。


200m走が終わり、白雪さんが戻ってくる。

「1位おめでとう白雪さん!」

声をかけながら預かっていたタオルを返す。

「ありがとうございます。頑張りました!」

そう返していた白雪さんはクラスの女子たちに

抱き着かれまくりもみくちゃになっていった。


午前の花形競技が終わり、お昼休憩になる。

「ソータはお昼どうするの?」

「今日は姉さんがお弁当作って来てくれてるらしいから姉さんと食べるよ」

「お姉さん…青子さんがいらしているのですか?」

「アオコ?それがソータのお姉さんの名前?なんでシラユキが知ってるの?」

う!ソフィアが面倒なことに気が付いた。

以前の関係なら白雪さんがウチに来た時に会ったと教えればいいだけだが

今の関係でそれを伝えるのは非常にマズい気がする。

「まぁ、そんなのは良いじゃないか、それよりもソフィアはどうするんだ?」

「んーパパもママもいないし、でも一人で食べるのも寂しいし……

 そうだ!ソータ私とも一緒に食べよう!」

「ソフィアさんズルイです!蒼太君私とも一緒に食べましょう!」

ズイと二人が詰め寄ってくる。

「ええと時間もないし、じゃあみんなで食べようか」

2人の圧に負けて俺は提案を受け入れるしかなかった。


「そーちゃんお疲れ様ー!あれ白雪ちゃんと……もう一人はどなた様?」

「ソータのクラスメイトのソフィアです!仲良くしてください!」

「あら、元気ね!元気な子は好きよ」

そう言って青ねぇはソフィアと握手を交わす。

「そー君お疲れ様ー!」

この大所帯は目立つのか晴が俺たちを見つけて駆け寄ってきた。

「あら、また可愛い子が。この制服って北麗よね?そーちゃんどういう御関係?」

「こいつは緑谷晴。前からずっとカードゲームで遊んでる仲だよ」

「どうも緑谷晴です。そー君にはいつもお世話になってます」

「キミがそーちゃんがいつも言ってたハルちゃんね!

 こんな可愛い子だなんてお姉ちゃんは聞いてませんよ!」

「か、かわいいとか……」

「青ねぇ、取り敢えず話は飯を食いながらにしよう」

「それもそうね」



そうして俺たちは中庭の芝生の一角に陣取って昼食を摂ることになった。

「それでそーちゃん、本命は誰なの?」

青ねぇの突然のブっこみに俺だけでなく3人も口の中のモノを吹き出しそうになる。

「ゴホッ……青ねぇいきなり何を……」

唐揚げがちょっと気管に入った苦しみで悶えながら言葉を絞り出す。

「んー、だってこの子達みんなそーちゃんの事大好きじゃない?

 もう完全に恋する乙女の眼をしてるわよ」

女性同士ってそんなに分かるモンなのだろうか。

それとも告白されるまで分かってなかった俺がニブいのか?

「えーっと、今はちょっと保留してるので……」

「え!?もしかして3人から告白されて返答待ちってこと!?

 そーちゃん……いつのまにそんな女誑しに……」

「女誑しは心外だよ!?」

「いや、そー君は女誑しの才能あると思う」

嘘だろ、晴から背中を撃たれた。

「確かにね…」

「そう云うところはあるかもしれません…」

ソフィアと白雪さんも同意していく。

俺に人権がないまま昼食が進んでいく。

これが針の筵ってやつか……


昼食も終えてクラス席に戻ると来人の姿が無かった。

午後1発目が障害物競争なので既にスタンバっているようだ。


「来人頑張れー!」

昼食直後に走るキツさにのたうち回りそうな来人を必死に応援する。

普段なら俺からの声援くらいだろうが今回は

白雪さん、ソフィア、晴という

美少女トリオからの声援もあり来人は大いに頑張った。

順位は2位だが普段運動しない俺達ナードからしたら十分な結果と言える。


そしてクラス席に来人が戻ってくるのと入れ違いで俺とソフィアが席を立つ。

二人三脚の時間である。

グラウンド中央の待機場所にやってきたが二人三脚のペアは様々であった。

俺達のように男女のペアだけでなく、男同士、女同士のペアもあった。

そして俺たちの順番がやってくる。

同時に走るのは4組。

奇しくも俺達以外は全員男子同士のペアである。

もうスタート前から嫉妬の視線が凄い。

でもこんなものはグラウンド練習で慣れ切ってしまったので華麗にスルーし、

競技に集中する。


「ソフィア、練習の成果みせてやろうぜ!」

「ええ、ソータ。私たちの絆を見せつけてやりましょう!」

互いに気合を入れてグータッチする。


パァンという快音と共に良いスタートダッシュを決める。

まずは1番手で飛び出すことに成功した。


「「イッチニー!イッチニー!イッチニー!」

俺とソフィアの声は完全にシンクロしており、スピードは落ちることが無い。

そしてそのままカーブに突中する。

曲がる為に少しだけ速度を落としたその瞬間だった。

ドンッと俺の背中に衝撃があった。

後ろから追撃してきた紅組のペアが俺にぶつかったのだ。


(マズイ!)


このままだと俺もソフィアも顔面から地面に激突しかねない。

俺は背中に受けた衝撃に抵抗するのを辞めて加速度的に倒れ込む。

そしてその途中で無理矢理腰だけを捻り、

上半身をソフィアの下敷きになるようにねじ込む。

ドスンと背中に凄い衝撃が走る。

ハッキリって骨が折れたんじゃと思うくらい滅茶苦茶痛い。

そして次の瞬間ソフィアが俺に向かって倒れ込んでくる。

凄い速度で俺の身体にぶつかり、俺の身体は再度地面に打ち付けらた。

「ぐっ……」

二度目の衝撃に思わず苦悶の声が漏れる。


「ソータ!?」

ソフィアが驚きの声を上げる。

だが余りの痛さに俺は言葉を返すことも出来ない。

ソフィアは急いで身体を起こすと足を結んでいた鉢巻をほどく。

それでやっと楽な姿勢になれた俺は深呼吸した。

「ソータ大丈夫!?」

「かなり背中は痛いけど大丈夫……ソフィアは怪我無いか?」

「もう……この状況でケガを心配するのはソータの方だよ……バカァ…」


この後保健委員に救護テントに運ばれるも頭は打っておらず、

背中も痣にはなっていなかったので問題なし、

と判断されクラス席に戻ることになった。

「蒼太くんっ!」

白雪さんが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。

「大丈夫、大した事なかったから」

「でも……」

「本当に大丈夫か蒼太?」

来人まで心配そうにしている。

「大丈夫だって、それより4着ですまん、みんな」

クラスのみんなに不甲斐ない結果を謝る。

「気にすんな!亜栖瑠は悪くねぇ」

「よくぞソフィアちゃんを守った!」

「あれでソフィアちゃんの顔に傷がついてたら紅組死刑モンだわ」

などと俺を責める事はなく打倒紅組!と燃えているクラスメイトは頼もしい限りだ。


「じゃあ借り物競争にいってくるね!」

「いってきます!」

俺がクラス席に戻るや否やソフィアと白雪さんが席を立つ。

「2人とも頑張って!応援してる!」

「ガッツよ!打倒紅組!」

「頼むぜ二人ともー!」

皆が思い思いの応援をする。

普段の体育はそんなに好きでもないがこういうのは良いなって思ったりしてしまう。



『今年の借り物競争は趣向を変えてモノではなくヒトをお題にしています!

 お題になった人をゴールまで連れてきてください!

 ゴール地点でお題をクリアしているか判定します!』

借り物競争が始まる前に運営委員からこんなアナウンスがあった。

蓋を開けてみれば『音楽教師』やら『背の高い後輩』やら

『犬を飼っている人』などと色んなお題があり、

とてもカオスな借り物競争となり参加者以外は応援も忘れて爆笑しまくっていた。


そしてソフィアの番になった。

借り物が書かれた封筒を手に取り中を見ると

クラスに向かって全力ダッシュでやってきた。

「ソータ!アンタが借り物だから来なさい」

有無を言わさないソフィアの迫力に俺はクラスのみんなの手で席から押し出され、

ソフィアと手を繋いで全力ダッシュすることになった。


『はーい、お題を確認しますね』

ゴール地点にいる運営委員がマイクを使ってお題確認をする。

ソフィアが封筒を手渡す。

『お題は……尊敬できる人?

 えっと具体的な尊敬ポイント教えて貰っていいですか?』

委員の人はマイクをソフィアに渡す。

『MTNというゲームにて彼は昨年度世界チャンピオンになったわ。

 当時アメリカ代表だった私を破ってね。

 MTNプレイヤーとして彼を尊敬しない理由はないわ』

クラス内では周知の事実だがまさか学校中にブチまけられると思わなかった。

TVにまで素材提供しておいて今更だが身近な人に知られるのは何かムズ痒い。

「MTNって何・・・?」

「知らないけど世界チャンピオンって凄くね」

「MATSURIの知らない世界でやってたやつだ!」

などと周囲の反応からして概ね納得して貰えた感じであった。

『世界チャンピオン!?そりゃ確かに凄いですね!なのでお題はごうかーく!』

委員に認定されたことでソフィアは見事1位でのゴールとなった。

「ソフィアおめでと。俺は一足先に席に戻っているよ」

グラウンド中央の順位列に向かうソフィアにそう告げてクラス席に戻ることにする。


もうちょっとで席に戻れるな、と思った俺は不意に後ろから手を掴まれた。

「へ?」

後ろを振り向くとそこには俺の手を取る白雪さんの姿があった。

「蒼太君がお題です。

 お疲れのところすみませんがゴールまで御同行をお願いします」

無論断ることは出来ず、再びゴールへ全力ダッシュすることになった。


『おや、キミはまたお題になったのかい』

委員の人の言葉に苦笑で応えるしか出来ない。

『ではお題を確認。何々……特別な人ォ!おっとこれはただ事じゃありませんね!』

特別な人!?

周囲の男子の視線が怖い。

その圧に耐え切れず思わず白雪さんの顔を見る。

すると彼女は満面の笑みのままマイクを受け取り語り始めた。

『私は先ほどソフィアちゃんも述べたMTNというゲームをやっています。

 その中で蒼太君は私の師匠とも言うべき存在でとても特別な人です。』

何だそういう事か…ホっとする。

周囲の男子の圧もかなり収まった。

しかし、そこで彼女の言葉は止まらなかった。

『ですが特別な存在なのはそれだけではありません』

え?

『先日私は街で酔っ払った暴漢に襲われました。

 周囲の人は酔っ払いを恐れて誰も助けてくれませんでした。

 そんな私を助けてくれたのが蒼太君です。

 私からすれば命の恩人とも言える存在です。

 だからそんな彼の事を私は特別に想っています』

明らかに潤んだ瞳と紅潮する頬で言葉を紡ぐ白雪さん。


流石の雰囲気に周囲もこの『特別』はそういう事ね、

という察した雰囲気を醸し出す。

そんな中ガタンッと音がする。

グラウンド中央で順位発表を待っていたソフィアが立ち上がり、

1位の順位を示す立て看板が倒れたのだ。

白雪さんをグっと睨みつけるソフィアの雰囲気に

またしても周囲はさっきの『尊敬』って文字通りだけの意味じゃなかったんだ、

と察する。


そして恐る恐る観覧席を見ると

『2人だけ抜け駆けズルイ』と言いたげな晴が凄い目で睨んでた。

青ねぇはケラケラ笑ってる。

いや笑えませんってコレ。


こうして高校中に俺と白雪さんとソフィアの関係は堂々と広まってしまった。

正直この後の体育祭がどうなったかは覚えていない。

頼む、1秒でも早く俺を家に帰らせてくれ!

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