第22話 蒼の覚悟

夏休みの最終土曜日。

いつものショップのエアコンも直ったということで合同練習開催の運びとなった。

白雪さんとソフィアは関東大会も免除が確定したので、

今日は関東大会に出場する晴の特訓がメインになるかもなどと考えながら

いつもの池袋駅のフクロウ前で白雪さんを待つ。

珍しく約束の30分前になっても来ない。

スマホで色々暇を潰しつつ待つが約束の時間になっても来ない。

これは何かあったのか?と心配し始めた約束の10分後にそれは来た。


『申し訳ありません。急な家庭の用事で本日はそちらへ行けなくなりました』


チェインに表示されるメッセージ。

そりゃ白雪さんは忙しい人だ。

鳳凰院の家なら急な用事なんていくらでもあるだろう。

そう頭では分かっているのに妙に気分が重い。

気分に連動するかの様に重い足取りで俺はショップへと向かった。


「あれ?白雪さんは?」

1人で現れた俺を見て来人が怪訝な顔をする。

「何か家の用事が急に入ったらしくて今日は無理だってさ」

「そっか、まぁ鳳凰院家だもんな。忙しくて当然か」

納得顔でソフィアと晴の対戦観戦に戻る。

俺も盤面を確認する。

ちょっと前ならソフィアの方が優勢な盤面も多かったが最近は五分五分の事も多く、今日もまさに一進一退といった盤面だ。

「へぇ……晴は最近本当に伸びてるな」

「ふふふ、だろ?」

「まぁその余裕もそこまでよ」

俺の言葉に自信気な顔をする晴に対して

ソフィアは隙あり!と有効な1枚を召喚する。

「あー、それ読んでるよ。

 この前喰らった手を二度もは受けない」

すると晴は慌てずにクイック魔法で対抗する。

「む、ハルやるわね。

 でもこっちはどうかしら?」

「え!?そんなの定番のデッキ構成にないじゃん!」

「1枚だけデッキに入れておいたのよ」

「くぅぅぅ……返せない。処理をどうぞ」

結局隠しの1手を繰り出したソフィアの攻勢を止めることが出来ずに晴は敗北した。


「白雪ちゃん今日は来れないのか、ならそー君とみっちり対戦したいな。

 ソフィアにこうやって負かされてるようじゃ関東予選勝ち抜けないし」

「OK、夏休み終わったら関東大会すぐだしな。

 みっちり鍛えてやる」

「今年こそ全国行きたいからね!」

その意気や良し、と晴の対面に座ってデッキを準備する。

「じゃあワタシはソータとハルの対戦を特等席で見てるわね」

ソフィアはそう言うといきなり俺の隣に座ってきた。

ただの隣じゃない。

身体が触れ合いそうな距離の隣だ。

「ちょ!ソフィア近いよ!離れて!」

俺よりも先に晴が声を上げる。

「何で?ここからの方がよく見えるわ。

 席も埋まってる訳じゃないし別にいいでしょ」

「よくない!」

「よくない理由は?」

「私が集中できないから!」

「人が近くにいる程度で集中力切らしてたら勝てる試合も勝てないわよ」

「試合の時にこんなにジャッジやギャラリーは近くない!

 そー君だって集中出来ないでしょ?」

「ソータは余裕よ。あの世界大会の決勝卓を緊張0で制した男よ?ねぇソータ?」

ハッキリ言って集中出来るか出来ないかで言えば全然集中できない。

ソフィアの身体はギリギリ触れていないが、

ギリギリ過ぎて体温がジンワリ伝わってくるし、何か凄く甘くていい匂いがする。

これと比べたら見た目マフィアな外人さんと対戦した

世界大会2回戦の方が全然緊張しなかった。

助けてくれ!と来人に視線を送ると、

心底嫌そうな顔をしながらソフィアの対面に座った。

「わりぃけどソフィアが暇なら俺に稽古つけてくれないか?

 今年は関東大会出れなかったけど今から来年に向けて鍛えたいんだ」

「えー、今じゃなきゃダメ?」

凄く嫌そうにソフィアが答える。

「まぁそう言わず頼むよ」

「俺からも頼むよ、来人のやつ今年は本当にいいところまで行ってたんだ」

「二人がそこまで言うならわかったわよ。

 ただし、ワタシは手加減しないから覚悟しなさいよ」

ソフィアは来人に向き合うとニヤリと笑う。

スマン、来人。お前の犠牲は忘れない。


そこから俺たちはミッチリと対戦をしまくった。

晴の相手は俺がメインだったが、

俺といい勝負をして気持ちよくなってきた晴がソフィアにリベンジを挑み、

リベンジに失敗する一幕なんかもあった。

何にせよこの1日はMTNライフにおいては実に充実した1日となった。

本当に白雪さんが来れなかったのが残念だな。

17時と解散するには少し早い時間帯だが対戦をやりまくった俺たちは

ヘロヘロでお開きにすることになった。

「あーもう当分ソフィアとはやりたくない」

道すがら来人がトラウマの様に呟く。

「あら?じゃあ今度からワタシの相手はソータにお願いするしかないわね」

「関東大会終わるまではボクの相手をしてくれるって

 そー君は約束してくれたもんね」

今日は晴とソフィアが俺を挟んでいがみ合う場面が多い。

というか今2人とも完全に身体が当たってます。

本当に勘違いしちゃうので勘弁して欲しい。

そうやって4人で駅に向かっていると何やら喧騒が聞こえてきた。


「なぁちょっと位いいじゃん、行こうぜぇ」

「結構です、放して下さい」


そこに居たのは完全に赤ら顔で酔っ払っている金剛と

金剛に腕を掴まれて嫌がる怯え顔の白雪さんだった。


何故今日用事があった白雪さんがここに?と一瞬疑問が浮かび上がったが、

そんな事を考えている場合じゃないと瞬時に判断し、

スマホを取り出すと電話をかける。

「池袋のxxにて酔っ払いが暴れています。直ぐに来てください」

それだけを告げると電話を切らずに胸にスマホを仕舞い、駆け出す。


2人の間に割って入り、グッと金剛の腕を掴む。

不意を突かれて驚いたのか金剛は白雪さんの腕をとっさに手放した。

「なんだぁ……?テメェ……」

「えっ、蒼太くん!?」

金剛は遠めでも酔っ払っているのは分かったが近寄ると本気で酒臭い。

完全に出来上がっている。

一方白雪さんは俺が現れたことに驚いて固まっているようだ。

「白雪さん下がって」

咄嗟の出来事に固まっている白雪さんにそう指示すると

彼女は奴から距離を取った。

「あ……テメェは黒百合のか!

 オモチャはオモチャらしくすっこんでろ」

酔っ払って支離滅裂なことを言いながら俺を振り払おうとする金剛。

先ほどの白雪さんの怯え顔が脳裏を掠める。

それに白雪さんの腕には掴まれた部分にが出来ていた。

(絶対にお前には白雪さんに二度と指一本触れ差させない!)

彼女の怖れる表情を思い出すとそんな気持ちが湧いてくる。

GWの時のビビリくんはどこにいってしまったのかと自分でも驚く。


「彼女は嫌がっているだろ!いいから離れろ!」

金剛の身体を押し返して怒気をはらんだ言葉をぶつける。

「キモオタの分際でよぉ!」

あっさりとキレた金剛が拳を振り上げて俺の顔面に突き刺す。

ゴッっと鈍い音がする。

「ぐっ……」

ハッキリ言って滅茶苦茶痛い。

でも俺は一歩も引かない。

思ったよりも切れて手を上げるのが早かったな、こいつ本当に酒飲んでるだけか?

「お前が何発殴ってこようが俺はどかない」

「可愛い女の子の前だからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

俺の言葉に対して更に激高した金剛は更に拳を振るう。

流石に2発目以降は腕でガードして直撃は避ける。

とはいえ喧嘩なんて一度もやった事ないオタクな俺に

ずっと防ぐなんて器用な真似は出来るはずもなく何発もいいのを貰ってしまう。

周囲の人間は酔っ払いの喧嘩に巻き込まれるのは勘弁と距離を取り、

一部はパパラッチの如くスマホのカメラを俺たちに向けていた。

晴は顔面を蒼白にして今にも倒れそうな顔をしている。

ソフィアは携帯に向かって何かを叫んでいた。


「蒼太くん!もういいです!蒼太くんが死んじゃいます!」

俺の後ろでは白雪さんが涙目になっている。

大丈夫、大丈夫これくらいで人間は死なないって、

と念じるも通じたかは分からない。

その後も俺はサンドバックの様に殴られ続けた。

ヤバイそろそろ立っているのが辛い。

でも俺の読みならそろそろのはずだ。

耐えなければ。

そんな考え事をしていたのが悪かったのか気を緩めた俺の顔面にいいのがキマる。

「う……ぁ……」

その一撃で一気に意識を持っていかれ腰が砕ける。

だが

ニヤニヤと勝利を確信して笑う金剛の後ろに駆けつけてきた警察官の姿が見えた。

俺は安心して足腰に入れていた最後の力を抜いて、地面に崩れ落ちた。


「蒼太君!?蒼太君!お願い死なないで」

白雪さんが俺を抱き上げるとそんなことを言ってる。

大丈夫力が抜けただけで死にはしないよ、と言いたかったが口が動かない。


「なんだテメェら!俺様は金剛猛だぞ!俺の親父はなぁ……!」

警察官に捕まった金剛が取り押さえられている姿を視界に捉えた。


もう白雪さんが酷い目に合う事はない。

それが分かった瞬間俺はホッとして、意識を手放した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


俺が目を覚まして見たのはいかにも質素な天井である。

「ん……ここは?」

「そーちゃん!?目を覚ましたの!?」

「その声は青ねぇ?」

声は聞こえるけど首を動かせない俺には青ねぇがどこにいるのかも分からない。

そんなことを考えていると脇の方からすっと青ねぇが視界に入ってくる。

「青ねぇここは?」

「警察病院よ。お願いだからお姉ちゃんに心配させないで……」

俺の質問に答えると青ねぇの瞳からポロポロと涙がこぼれる。

よく見ると頬には今流したものではない涙の痕がある。

俺が起きるまでずっと泣きらはしてたのかもしれない。

「青ねぇごめんなさい。

 他のみんなは……?」

「さっきまで警察の聴取を受けてたけどもう遅いしみんな帰ったわ」

「白雪さんは無事?」

「そーちゃんが無茶したから大丈夫よ」

「そっか、無茶した甲斐があったよ」

思わず心からの言葉が漏れだすが青ねぇは更にむっとした。

「ごめん、青ねぇ。本当に反省してる。二度とこんなことしないから」

「本当に?」

「本当だよ」

「分かった。今回だけなら許してあげる」

「ありがとう」

「取り敢えず看護師さんを呼ぶね」

そういってナースコールを鳴らした。

その後医者からも見て貰い、骨などに異常はないが念のため

今日は病院で1泊することになった。

警察からの事情聴取は明日だそうだ。

残り数日で夏休みも終わりだというのに

エキセントリックな夏の終わりになっちまったなぁとしみじみ考える。

その後白雪さん達に無事を連絡すると俺の意識は再び闇へと落ちていった。

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