第16話(3)元社畜の最期
アーチーが敵に気が付いて振り返った。
「何だ!? ん? 人が転んでる?」
振り返ったアーチーは金棒を手に持っている。
そーいや、アーチーは武器を献上しなくてよくなったから斧やスピアを錬成に使って金棒を強化した、ってこの前言っていた気がする。
悪人面のアーチーが金棒もってると、なんかちょっと鬼のモンスターみたいに見える。
アーチーは悪人面を歪ませ、笑顔で愛想よく挨拶をした。
「う、うす! ダンジョンはあいさつからっす。なんかようっすか?」
アーチーを闇討ちしようとしていた男は、立ち上がった。そして、立ち上がった瞬間、あいさつ代わりに無言でアーチーに向かってビンを投げつけていた。
男が投げつけたビンがアーチーに炸裂し、激しい爆発が起こった。
「うわっ! クッ」
よろめくアーチーに、さらに次のビンが投げつけられた。
さっきのは爆発だったけど、今度は猛毒か強酸のビンのようだ。液体がかかったアーチーの皮膚が変色していく。
ビンを投げながら、男はアーチーから距離をとり、そして、配信者の女にむかって叫んでいた。
「ハルル、索敵しろ。もうひとりいる。おそらく見隠し特性付きアイテムで姿を隠している」
俺の存在に気が付いたらしい。
でも、その時には俺は壁を走ってあいつらの背後にまわっていた。
ハルルと呼ばれた女はでかいゴーグルを装着して辺りをみながら言った。
「い、いないよ。誰も」
あの女の顔の向きに合わせて視界に入らないように移動するなんて、俺にとっては簡単なことだ。
「誰もいない? ならば、あいつの能力か?」
配信者の男はそうつぶやきながらアーチーを見ている。
アーチーはポーションと毒消しで回復しながら言った。
「あんた、敵ってことでいいっすね? 俺はもう悪いことはしねーって誓ったけど。探索者狩りには容赦しないっすよ」
配信者の男は剣を振りながらニヤリと笑った。
「その顔でよく言うな。お前、新宿ダンジョンの半グレだろ。強盗だの殺しだの、散々やってきたんじゃないのか?」
「俺は、もう足を洗ったんす」
「更生したふりか? 過去にやってきた罪をなかったことにするつもりか? 都合のいい犯罪者だな」
なんだろな。
もしも本当に品行方正な良い奴が同じことを主張したら、俺は同意するかもしれない。だけど、こいつはアーチーのことを背後から襲って殺そうとしていた人間だ。
正義の味方面してるけど、きっとアーチーに負けない悪人だ。
「ぐっ」
アーチーは悪人面を苦しそうに歪ませた。アーチーには意外と罪の意識があるらしい。
「だからって、ここでただやられるわけにはいかないっす」
そりゃそうだ。
「ならば、お前の罪を、その命で償わせてやる」
配信者の男はそう言った直後、剣を持った手を前につきだし「サンダーボルト!」と叫んで雷魔法の攻撃をしかけた。
よく見たら、あいつの腕には魔法を使うための腕輪がついている。
さらに、配信者の男は腰のホルダーから銃を抜き、電撃をくらったアーチーにむかって、銃を連射した。
アーチーみたいな近接タイプを相手に戦う時は、近づかせずに遠距離攻撃で片付ける。教科書通りの戦い方だ。
だけど、ということは、この配信者の男はやっぱりシンみたいな防御力特化じゃない。むしろジャンヌみたいな、遠距離が得意な万能タイプだ。
なのに俺の攻撃がろくに効かないってことは、あの配信者のステータスが全体的に恐ろしく高いってことだ。
きっとあいつのステータスの合計値は俺より高いだろう。
ま、あいつは俺を見つけてすらいないから、俺とあいつの戦いにステータスとか関係ねーけど。
アーチーは痙攣しながら地面に倒れた。
ここまでだ。勝負あり。アーチーは手も足もでなかった。
床に倒れたアーチーに、配信者の男が剣をもって近づいていった。
安全な遠距離からあと数発アーチーに銃弾を撃ちこめば終わるのに、あの男はわざわざあの剣でとどめを刺すつもりみたいだ。
「さぁ、贖罪の時だ。お前の罪深い命をいただこう」
男はアーチーを見下ろしそう言い、剣を持ち上げた。
俺はこのあたりであいつに斬りかかろうかと思ったんだけど、その時、配信者の女が震えながら叫んだ。
「もうやめて! やめて! 青山さん! その剣を使うのは! 人を殺してステータスを吸収するなんて、人としてやっていいことじゃないよ!」
……なるほど。あの剣は、そういう武器なのか。
たぶん、あれでとどめをさすと、死者のステータスの一部を吸収できるんだろう。
ダンジョンらしい非道な武器だ。どうりであいつはやたらとステータスが高いわけだ。
それに、あの慣れた手つきと、今の女の言葉からして、たぶん、あの青山って野郎はあの武器で相当な数の人間を殺してる。
青山が、配信者の女へ振り返った。
「こいつは殺されて当然の悪人だ。そうだろ?」
「そ、そうかもしれないけど……」
女は震えている。
あの女がずっと何かに怯えていた理由を、俺は今、理解した。
あの女は、あの男が怖かったんだ。
そこで、青山は何かに気が付いたように表情を変えた。
「ハルル! お前まさか、今のを録画しているんじゃないだろうな?」
ハルルという女は答えなかった。図星だったみたいだ。あわてて袖口に隠していたスマホタイプの撮影機をアイテムボックスにしまっている。
きっと、あの女は殺害シーンを録画してあの青山って男の悪行を告発するつもりだったんだろう。
バレちまったけど。
「そうか。そうか、ハルル。俺を裏切る気か。残念だよ。おまえがそんな悪い女だったとはな」
青山はゆっくりとそう言い、ハルルという女の方へ歩を進めた。きっと、口止めのために、あの女を殺すつもりだ。
(いや、悪いのはお前だろ。悪い女ってのは、ジャンヌみたいな奴のことを言うんだよ)と俺は心の中でつぶやきながら、観察していた。
ハルルという女は後ずさりながら、ひたすら震えている。はじめから敗北を信じている顔だ。たぶん、実際、それだけの実力差があるんだろう。
青山はハルルに向かって剣を構えて突進しようとしていた。
(さぁて、そろそろやるか)と思って、俺は双剣を構えた。別に、全員殺された後で一対一で青山を倒したっていいんだけど。
囮がいた方が有利だからな。
俺は青山が走り出そうとしたタイミングで奴の肩に双剣の2連撃をうちこんだ。
青山は立ちどまり、振り返った。でも、その時には俺はすでに反対側に移動していたから、青山が振り返った先に俺はいなかった。
にしても、やっぱ、致命傷にならねーな。と思いながら、俺は今度は青山の背中を斬った。
青山はあわてた様子で左右を見ている。
「誰だ? 誰がこの攻撃を……これは、ま、さか、裏ダンの忍者マスター……」
青山が魔法で攻撃してくる気配を感じて、俺はいったん跳びのいた。
青山は狂ったように四方八方を魔法で攻撃した。
でも、その時には俺は離れた場所にいたから、俺は遠くから魔法がパチパチ光るのを(雷魔法ってきれいだな)と思いながら眺めていた。
魔法の光が消えた時。
それまで震えていたハルルという女が必死の形相で、俺とは反対側から、青山にむかって銃を連射しはじめた。ようやく戦う勇気をもてたらしい。
「ぐっ、ハルルめ。おまえごときが俺に逆らえると思うなよ」
青山はハルルの方に振り返って銃で撃ち返そうとした。
青山に大きな隙ができた。これなら双剣で同じ場所を狙いやすい。
俺は一気に距離を詰め、敵の背中の同じ所に回転斬りの6連撃をくらわせた。
「ぐぁあ!」
今度は手ごたえがあった。さすがに6連撃だから、かなりダメージが入ったはずだ。
俺は無理はせず、すぐに青山の背後からはなれた。
ヒット&アウェイ。
敵に俺が見えていないなら、これが一番確実だ。
「クソッ! どこにいる!」
あせった青山は、何もないところを一人で斬っている。その間も、遠距離からハルルという女が攻撃を続けていた。
あの女、意外といい腕だな。いつの間にかかなりの距離になっているけど、一発もはずさない。遠距離特化タイプなんだろう。
俺は、敵に捕捉されないように念のため常に走りながら、しばらくヒット&アウェイで攻撃を続けた。
青山がハルルという女に攻撃しようとした瞬間に攻撃、すぐに離れる。その繰り返しだ。
何もできないまま、格下のハルルにすらろくにダメージを与えられず、青山は焦り続け、だんだんとその顔が絶望に歪んでいった。
だいぶダメージが蓄積してきたはずだ。
そして、俺はついに4連続斬りで、青山の片腕を切断した。
青山はふらつき、口から血を噴き出しながら、つぶやいていた。
「こんな……こんなことが……あって……」
終わりが近い。俺は距離をとって双剣をしまった。あとはあの女にまかせて大丈夫だろう。
あの青山って野郎は、俺のノーキル記録を犠牲にするには値しないクズだからな。
最後にハルルの銃弾を数発くらい、青山は崩れ落ちた。
ハルルは銃を強く握ったまま呆然とつぶやいた。
「た、倒せたの……? わ、わたしが、あ、あの青山さんを? まさか、そんなの、ありえない……」
それから、ハルルは、あわててアーチーにかけより、ポーションをとりだした。
俺はその背後で、こっそり青山の死体に近づいて、蹴っ飛ばして、装備を確認した。よさそうな装備がゴロゴロ落ちた。これはおいしいな。
俺は出てきた装備を拾ってアイテムボックスにしまいこんだ。
その間、アーチーの小さなうめき声と会話が聞こえていた。
「うぅ……」
「だいじょうぶですか?」
「ありがとうっす。あんたが助けてくれたんすか? すごく強い奴だったっすけど」
「え、えっと、たぶん、青山さんを倒したのは、わたしじゃなくて……」
ハルルという女は、振りかえって、アイテムをしまっている俺の方を見た。
(あ、いけね。あの女、赤外線カメラか何かつきのゴーグルしてたんだった)
気が付かれた。
俺はあわてて走って逃げた。
「ニン……透明人間さんが、助けてくれて……。あ、あの、わたしはハルルと言います。あの、本当に、すみませんでした。わたしは、青山さんの言いなりで……。悪いことだって、とめなきゃいけないって、わかってたんですけど、どうしても怖くて……」
「俺は全然気にしてないっす。兄貴の、パラディンの弟子として、俺はあんたを全力でゆるすっす!」
後ろからそんな声が聞こえていたけど。
俺はもう、アーチーとハルルのことは放っておいて、次の階層に進んだ。
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