第13話(2) かたき討ち

 だぁー。クソッ。なんで、こんなところに遭遇しちまうかな。


 俺の眼前には、名張と赤坂がいる。

 その向こうに、首、肩、頭に刺青の入った坊主刈りのマッチョな男がいる。

 マッチョ男がつけている変なデザインのブレストプレートを見て、赤坂が叫んだ。


「あの装備! あれはお兄ちゃんの! あなたが、お兄ちゃんを……! お兄ちゃんの仇!」


 どうだろう。マッチョ男は単に行き倒れの装備を拾っただけかもしれない。

 でも、赤坂は兄の仇だと思いこんで、名張といっしょに戦闘を始めた。

 どうせ、赤坂を狙ってるマッチョ男からは逃げられないから、戦闘はさけられなかったけど。


 2対1。だけど、赤坂・名張に勝ち目はない。

 敵の武器、一見大したことなさそうなデザインのグローブは、ひとつあたり攻撃力が約100。

 グローブは双剣と同じく手数で勝負するタイプの武器だから、攻撃力100といっても、たぶん20階層台ででる装備だ。

 対して、名張の装備はたぶん8階層くらいのレベル。赤坂の装備も9階層くらいだろう。


 いつの間にか赤坂と名張が11階層まで来てたのは驚きだけど、あれじゃ、10階層のボスも倒せそうにない。

 たぶん、たまたま誰かがボスを倒した後に通過したんだろう。

 運がいいようにみせかけて、最悪に運が悪い。このダンジョンはそういういじわるなことをする。


 赤坂は、はなれた位置から弓を放っている。でも、ほぼ無意味だ。

 だって、マッチョ男はほとんど名張の裏に隠れているから。赤坂は攻撃をあてられない。

 しかも、マッチョ男のスピードは名張や赤坂とはけた違いに早かった。……俺の目には、遅く見えるけど。マッチョ男はちゃんと敏捷の大切さを知っているみたいだ。


 マッチョ男が踏みこみ、名張に右ジャブをはなった。

 そのジャブが、名張の左腕に当たった。

 軽いジャブだったが、名張の鎧の左腕の部分が壊れた。敵はすかさず、左ストレート。顔面からははずれたが、名張の左耳がふっとんだ。

 そして、そこから、右フック、左ボディの連打がきた。名張はまったく反応できなかった。

 名張のアゴが砕け、腹に穴があいた。

 名張が倒れた。


「名張君! 名張君をよくも! 名張君の仇!」


 赤坂がそう叫んだ時、俺は駆け抜け、マッチョ男の後ろに回っていた。

 なにもしなけりゃ、マッチョ男の次の一撃で名張は死ぬから。

 俺はマッチョ男がローキックを放とうとする一瞬の間に、双剣でマッチョ男の両肩、両足、4か所を突き刺した。

 そして、マッチョ男のベルトを掴んで後方へ跳び、後ろに引き倒した。


 赤坂がおどろいたような声をあげた。


「え!? た、倒した!? 私、あいつを倒した!?」


 俺はいつものように透明マントを装備中なので、気づかれていない。


「うう! チクショウ! このアマ! いったいどうやって……」


 マッチョ男は起き上がろうとした。

 だけど、いつかの熱血武器野郎のおかげで色々な特性が付与された俺の双剣の攻撃をくらったから、マッチョ男にはマヒの状態異常がかかっていて、起き上がることができなかった。


 赤坂はマッチョ男に近づきながら、弓矢を連射した。 


「お兄ちゃんの仇!」


 俺は心の中で、(んなこといいから、早く名張の回復してやれ!)と叫んでいた。

 名張は、死にかけている。あと1分もすれば間違いなく死亡する。

 だけど、赤坂は気がついていないのか、攻撃をやめなかった。


「お兄ちゃんと名張君の仇!」


(まだ名張は死んでねぇよ! でもマジで死ぬから、早くポーション投げろ!)


 あいつらが回復できるように、わざわざマッチョ男を後ろに引っ張ってきてやったってのに。

 でも、赤坂は何が何でもあのマッチョ男を殺すつもりらしい。攻撃を続けている。

 名張は、俺が回復してやるしかないか……と思った時。


「どっちの仇でもないわよ! このブス!」


 怒鳴り声とともに、ポーションのビンが名張に投げつけられた。

 ジャンヌだ。

 赤坂たちにとっては運がいいんだか悪いんだか、偶然、ジャンヌが通りがかった。

 ジャンヌはなぜか激怒している。


「あんたがこいつを殺しかけてんじゃない! 回復しなさいよ!」


 ジャンヌは名張を指さしてどなった。

 その通りだけど。ジャンヌが怒る理由がわからない。

 あいつにとっちゃ、名張も赤坂も知らない赤の他人だろうに。

 ジャンヌは怒鳴り続けていた。


「あんたのお兄ちゃんとかいう奴だって、ダンジョンで行き倒れになったにしろ殺されたにしろ、探索者なんだから、自業自得でしょ。死ぬのが悪い! このダンジョンがどういうとこかも知らないくせに、のこのこやってきてさらに死人を増やすんじゃないわよ!」


「あ、あなたに、何がわかるって言うんですか!」


 赤坂は、ジャンヌに言い返した。

 赤坂は見た目はアイドルみたいに可憐だけど、意外と肝が据わっている。まぁ、ダンジョンにやってくるような女だもんな。


「たしかに、わかんなーい。あんたのことなんて、興味もないもんねー。あたしにわかるのは……」


 しゃべりながら、ジャンヌはムチをふるった。赤坂の装備がはずれた。


「ここで、あんたを殺せる力があるってことだけ。丸腰のお嬢さん」


「ひっ」


 ジャンヌの睨みで、赤坂は震えあがり、そして、逃げ出した。まだ動けるほどには回復していない名張を置いて。

 置いていけば、名張は死ぬのに。


「二度と入ってくんじゃないわよ! クソビッチ! 次、会ったら絶対に殺すから!」


(ジャンヌのやつ、今日、むちゃくちゃ機嫌悪いな……)と俺が思っていると、ジャンヌが一気に俺に距離をつめてきて、すんごいすごみで「あんたも、あんなののストーカーしてんじゃないわよ」と言い捨ててから、終点に向かってドシドシと歩き去って行った。


 おー。こえっ。

 やっぱり、ジャンヌには透明マントはきかないらしい。なんか見破るためのアイテムをもってんだな。


 にしても、ジャンヌのやつ、何、怒ってんだ?

 と思いながら、俺は名張の装備を全部はぎとった。

 別に、こいつのクズ装備なんて、ほしくないけど。またダンジョンに戻ってこられたら面倒だから。

 

 それから、俺は、「我はダンジョンの亡霊なり。次このダンジョンに入った時にお前の命を奪う呪いをかけた。わかったか? 次にこのダンジョンに入れば、お前の命はない」としつこく言ってから、名張をワープ装置まで運んでやった。


 ちなみに、その時には、マッチョ男はもう死んでいた。赤坂の攻撃で絶命していたらしい。

 結局、赤坂は仇討ちを果たしたってことだ。……本当にこいつが仇なら。


 名張を運び終えた俺は、地面に転がっているマッチョな死体を眺めた。

 自分が負けたことを信じられないというような、どこで人生を間違えたのだろうと思っていそうな、そんな表情の死体を数秒眺めてから、俺は蹴っ飛ばして装備を確認した。

 そこそこいい装備が転がり落ちてきた。

 なのに、俺はなんだか「ラッキー!」とはいえない気分だった。


 理由は自分でもよくわからない。

 他人の決闘に手を出したからか?

 だけど、あそこで俺が手を貸さなかったら、間違いなく名張と赤坂が殺されていた。

 だから、普通なら、殺されかけていたクラスメートを暴漢から無事助けました。めでたし、めでたし。って感じなはずなんだけど。

 なぜか、いまいちスッキリしない。

 ……やっぱ、人助けなんてするもんじゃねーな。

 

 ま、気にしてもしゃーねーから、忘れよう。

 俺はアイテムを拾いながら思った。

 にしても、ジャンヌの奴、アイテムを全然とっていかねーとは。

 今日は本当に変だな。どうしちゃったんだ?

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