第11話(2)ナビ
扉の先には、薄暗い部屋があった。
別のダンジョンのようには見えない。大きな機械が置いてある工房みたいな、不思議な場所だ。
俺は素早く室内に視線を走らせた。宝箱を探して。
こういう時は、宝は早い者勝ち。
ぱっと見、宝箱はない。ただし、俺のゴーグルには、アイテムの反応がある。
俺とジャンヌがほとんど同時に動いた。
別方向に。別のアイテムを取りに。
室内にあったアイテムは2つ。
アイテムをひとつ確保したところで、一応、俺はジャンヌに抗議しておいた。
「俺とシンがボスを倒したんだから、そっちのはシンのだろ」
「こういう時は早い者勝ちがダンジョンルールですぅー」
「僕は別にいいよ。で、何があったの?」
二人とも完全に予想通りの反応だから、俺はこれ以上争う気はなかった。
「なんだろな? これ」
俺はケースの中に入っていた、機械のパーツみたいなものを手にとった。
ジャンヌは、何か小さなカードみたいなものを手にもっている。カードを観察してジャンヌは首をかしげた。
「よくわかんない。ま、いっかー。41階層行く?」
「行かねぇよ。40階層でトレーニングだ」
「そうだね。僕らはまだまだだから」
「えー、つまんなーい」
てな感じで、その後、俺とシンはモンスターをちょっと狩ってから帰った。
俺が変なパーツの正体を知ったのは、それから約1週間後。
41階層で、俺とシンはダンジョンのあたらしい設備を見つけた。
工房だ。
休憩室と同じように、モンスターが入ってこないドア付きの小部屋。40階層のボスの間の先にあった部屋よりは小さい。
工房の中にはコンピューターみたいな機械とテーブルがあった。
テーブルの傍のディスプレイから、声が聞こえた。「ようこそ。ダンジョン工房に。ここでは、ロボットの改造ができます」と。
(ロボット? ダンジョンにはロボットまでいるのか?)
俺は一瞬、驚いたけど。よく考えたら、俺もロボットを持っていた。
「んなもん……あ、ドローンもロボットか? でも、今日、持ってきてねーや」
ペロキンから奪ったドローンは、実はあれっきり放置で電源をいれたこともない。録画機能があるらしいけど、録画なんてされちゃたまったもんじゃないから、電源オフで完全放置。
ドローンはダンジョンに出入りするときに入る待機室の倉庫にしまってある。
だから、俺はその日はあきらめて、翌日、もう一度41階層の工房にいくことにした。
運よく、次の日もダンジョンの構造は変わっていなかった。
俺は工房でドローンと40階層で拾った謎の機械パーツを取り出して、テーブルの上に置いた。
テーブル上が光った。
テーブルの横のコンピューターがしゃべった。
「スキャン終了。ドローンRP19と拡張パーツ・ナビシステムを確認しました。現在、ドローンにはビデオ撮影機能が搭載されています。ナビシステムを搭載しますか?」
「ああ。なんでも搭載してくれ」
テーブルの下から、たくさんのアームが出てきて、ドローンに40階層で拾った機械パーツが取り付けられた。
「ドローンにナビシステムが搭載されました。ドローンを起動しますか?」
「じゃ、起動」
ドローンが動き出し、宙に浮かび、そしてドローンから立体映像が投射された。美少女のホログラムだ。
美少女ホログラムがお辞儀をして、しゃべりだした。
「はじめまして。マスター・キョウ。私はダンジョンナビAIです。お好きな名前をつけてください」
「名前? ナビならナビでいいんじゃね?」
「もうちょっと、考えてあげたら……」とシンがつぶやいていたけど、ホログラムは笑顔で「ナビですね。かわいい名前をつけてくださり、ありがとうございます。私の名前はナビと登録されました」と言っていた。
俺はナビにたずねた。
「ダンジョンナビってことは、ダンジョンを案内できるんだよな? じゃ、なんでもいいから情報教えてくれよ」
ナビは少し考えているような仕草をしてから、言った。
「情報検索中です……。申し訳ありません。現在、何も情報が登録されていません。情報取得のためにはメモリーカードが必要です。ダンジョンで入手したメモリーカードを挿入してください」
「んなもん、ねぇ。……じゃ、つまり、ナビはこのままだと、なんの案内もできないただのポンコツってことか?」
ナビは笑顔でしっかり答えた。
「はい。何もお伝えできません。コンポツです。テヘッ」
「テヘッじゃねぇ。コンポツじゃねぇ。なんでボケる機能だけ搭載されてんだよ」
「ユーモアはマスターにお愉しみいただくための標準搭載機能です」
俺は笑顔で愛嬌だけふりまくポンコツAIにあきれたけど、シンは感心したようすで言った。
「すごく優秀なAIだね。臨機応変に会話に対応して冗談まで言えるなんて」
「AIの性能は優秀かもしれねーけど。ナビとしては意味ねーだろ」
だけど、そういえば、メモリーカード。ちょっと心当たりがある。
そこで、ガチャッとドアが開いた。
「あー! なにそれ。あんた、そういうのがタイプなの?」
ジャンヌだ。ちょうどジャンヌが工房に入ってきた。
「タイプ? 何の話だよ?」
「3D美少女はべらせちゃって。あーあ。そういう清楚系って、実は裏では……」
「何の話してんだよ。このホログラムはドローンのナビが自動的に出したんだ」
そこで、ナビが「この姿は、統計的に10代男性に1番人気の姿なんです」と説明した。
「えー? それが一番人気ぃ。まぁ、男受けいいのはわかるけどさ。本当は、あたしみたいな女が一番よ? ね?」
「んなことより、この前40階層でゲットした変なカード、あれ、交換してくれ。金印のポーションやるから」
「あー。あれって、それ用のカードだったわけね」
ジャンヌは理解が早い。そして、すぐに条件を出してきた。
「ポーション(強)5本」
「んなにもってねーよ。ポーション(強)は超レアじゃねーか。ポーション(弱)15」
金印のポーション(強)はダンジョン外で使えば、全治1か月程度の大けがでも瞬時に治る。ダンジョン外で命にかかわる大怪我を負った時に、ポーション(強)があればほぼ確実に助かる。
だから、かなりの値段で取引されているらしいけど、40階層までじゃ、めったにでない。
一方、ポーション(弱)は、しょっちゅう出る外れアイテムみたいなもんだ。
もちろん、ジャンヌがそんなゴミとメモリーカードを交換するわけはない。
有利な交換条件にもっていくために言ってみただけだ。
予想通り、ジャンヌは言った。
「そんなゴミポーションで、貴重なアイテムあげると思う? 最低でも金印ポーション(中)10本でしょ」
金印ポーション(中)か。10本あることはある。
金印アイテムはダンジョン外に持ち出せる貴重なアイテムだけど、ダンジョン外でアイテムを換金できない俺にとっては、実はほぼ無用の長物。俺はダンジョン外で怪我するような危ないことはしないから、金印のポーションはそんなにいらない。
特に金印のポーション(弱)は、俺の倉庫を圧迫してるから、ここでなるべくポーション(弱)を処分したい。
「ポーション(中)2本とポーション(弱)10」
「はぁ……。ポーション(中)5本とポーション(弱)10で手うってあげるから、感謝してよ」
こんなもんか。
実は俺は満足してたけど、渋々って感じの雰囲気をだして言った。
「しょーがねーな。ディール。だけど、ったく。もともとシンのだろ。あのカード」
無事、ジャンヌと話はついた。だけど、この日はもう時間切れ、ダンジョンを出ないといけない時間だった。
翌日、俺はジャンヌとあらかじめ決めた階層で落ちあって、アイテムを交換、メモリーカードを入手した。
で、さっそくドローンにメモリーカードをいれようと思ったんだけど。
なんか、ナビがいやがった。
「マ、マスター。こんなところで、ナビにメモリーカードを挿入するつもりですか?」
「キャー! マスター、こんなところで挿入しようとするなんて、エッチ!」
ジャンヌのやつが下ネタにしてちゃかすし。
「は? だって、メモリーカード、いれるとこあるんだろ?」
俺は空中に浮いているドローンを手でさわりながら、カードスロットを探した。
ない。カードをいれられそうなスロットはなかった。
ナビは頬をふくらませて言った。
「カードスロットは外に露出なんてしていません。工房でカバーを外してから挿入してください」
「マジかよ。工房でしかできねーのかよ」
しかたがないから、俺はダンジョン工房に向かった。
だけど、その時にはダンジョンの構造が変わって工房は41階層からなくなっていた。
ダンジョンはしょっちゅう構造が変わって、ダンジョンの設備が出現する階層も変わる。
工房は40階層台のどこかにはあるんだろうけど、俺とシンが進める階層にはなかった。
だから、俺がナビにメモリーカードを装着できたのは、それから結構後のことだった。
それまでナビはずっと、ただのコンポツ美少女ホログラムだった。
「マスター。ナビになんでも聞いてください」と笑顔で言いながら、俺が何を聞いても、「わかりません。テヘッ。知りたかったら、早くナビにメモリーカードを挿入してください」と笑顔で答えるだけの。
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