第12話(2)いじめられっ子の下剋上
ダンジョンで赤坂を守った……ことになっている名張は、まだクラスでいじめられている。
というより、なぜか、前よりいじめが苛烈になった。
赤坂は名張をいじめている陽キャのボス武田剛を止めようとするが、その時はとまっても、後でいじめが激しくなる。
そんなこんなで、俺が最初に名張達をダンジョンで見かけてからしばらくがたった。
名張と赤坂は、まだダンジョンにいる。
あいつら邪魔だから、追い出したいんだけど。
赤坂は、見つかるわけのない兄を探し続けている。
名張は、赤坂のヒーローになりたがっている。
まだ生きているってことは、あの二人、運は良いみたいだけど。いつまでも運は続かないからな。
そんなことを思っていたある日。
俺はダンジョンの上層であいつらを見かけた。
名張、赤坂、そして、クラスの陽キャのボス武田がいる。
いつのまにか、武田もダンジョンに入っていたらしい。
ちなみに、俺は今日も透明マントで身を隠している。
最近は透明マントをダンジョンに入るときの標準装備にしている。シンと合流したらはずすけど。
さて、俺の眼前では、武田が吠えていた。
「名張! どうしてお前がアイリといっしょにダンジョンにいるんだ!」
名張じゃなく赤坂が答えた。
「名張君は私を手伝ってくれているの。武田君こそ、どうして?」
「俺は、探索者になるんだ。アイリ、そんな奴とじゃなくて、俺と一緒に探索しよう」
俺はダンジョンの地面にすわって頬杖をつきながら思った。
(あー、これって。あれか? 三角なんとか)
ますます、うざくなってきたな。
(こういうのは、ダンジョンの外でやれよ)と思ったところで、俺は気が付いた。
こいつら、ダンジョンの外でもやってるのか。
赤坂といちゃついてる名張へ、赤坂に片想いしている武田が嫉妬して、それで、いじめが激しくなってるんだ。
納得。……てことは、実は学校でも負け犬は武田だったのか。
「行こう、名張君」
「うん。赤坂さん」
赤坂と名張はうなずきあい、武田を置いていこうとする。
「待てよ!」と、武田が名張と赤坂に追いすがり、そして、叫んだ。
「名張! 俺と勝負だ」
(おい、それはやめとけよ)と、俺は心の中で武田に忠告した。
名張の方が武田よりダンジョンに早く入った分、装備がいい。
俺にはあいつらのステータスは見えないけど、装備だけなら武田にはまったく勝ち目がない。
「いいよ。勝負だ」
名張は受けてたった。
俺がどうこういうことじゃねーし、ダンジョンの中では探索者同士の戦闘は日常茶飯事だけど。
こいつら、わかってんのか?
ここは学校の中じゃないってことに。
名張と武田は武器を手に取り戦い、そして、俺の予想通り、武田は手も足もでず、最後は名張に深々と腹を剣で刺されて負けた。
地面にうずくまる武田を見下ろして、名張は言い捨てた。
「ここは学校じゃないんだ、武田。お前には負けない。行こう、赤坂さん」
名張は赤坂といっしょに歩きだそうとした。
恋にも戦闘にも敗れたみじめな負け犬、武田は地面にうずくまったまま、悲痛な声で名張と赤坂に懇願した。
「待ってくれ。助けてくれ。俺に、ポーションをくれ」
武田はすでに持っていたポーションを使い切ったらしい。
基本的に、このダンジョンで自然回復はない。
武田はまだ動けるほど回復していないから、このまま放置されればモンスターに殺される。死亡確定だ。
名張は何も言わず、赤坂は振り返って冷たい声で言った。
「十分なポーションもなしに戦いを挑むなんて。ダンジョンを、なめてるの?」
そのまま、絶望的な顔の武田を置き去りにして、二人は歩き去って行った。
暇すぎてのんびり踊っているナビと、絶望的な表情で赤坂達を見送っている武田の珍妙なコントラストを眺めながら、俺は妙な気分だった。
戦って相手を殺すのは、ダンジョンじゃ日常茶飯事。
むしろ、とどめを刺して装備を奪わないだけ、名張は良心的だ。
だけど、いつもは学校で良い子のふりしてるやつらがこういうことしてんのを見ると、なんか……。
学校で本性隠してるっていうのは、俺もそうだけど。
それに、そりゃ、名張にとっちゃ、自分をいじめた奴を助ける義理なんてない。
でも、赤坂は学校で、いつも武田たちと楽しそうに笑っていた。
はためには、赤坂も武田もどっちも同じ陽キャの仲良しグループのメンバーだ。
死にかけてる相手に、ポーションくらい、めぐんでやったっていいのに。
それとも、赤坂はいつも本心では「こいつキモイ死ね」と思いながら笑ってたのか?
たぶん、そうなんだろうな。
名張と赤坂が消えた後。近づいてくるモンスターに気がついているのかいないのか、武田は地面にまるまったまま、ひたすら泣いていた。
俺は、心底うんざりしながら双剣を手に取り、武田に襲いかかろうとしていたモンスターを斬り裂いた。
名張を助けたなら、武田を助けない義理はない。だって、正直、俺はどっちも嫌いだ。
俺が名張を助けたのは、学校で「名張が行方不明だけど、誰か知らないか」なんて言われ続けることになったら迷惑だからだ。で、このままじゃ、「武田が行方不明だけど(以下略)」になるから、どうにかしねーと。
俺は武田の襟首をつかんで引きずって終点まで走り、「二度とダンジョンに入るなよ」とあいつの耳元で脅すように言ってから、ダンジョン外へ出るワープ装置に放りなげた。
俺が武田の姿が消えるのを見送っていると、ナビがつぶやいた。
「マスターはいつも不思議な行動をとりますね。放っておいた方がお得なのに」
「外で色々あるん……ん? 今、お得って言ったか? どういうことだ?」
ナビはかわいらしく首をかしげて笑顔で言った。
「さぁ。わかりません。詳細を知りたかったら、該当するメモリーカードを挿入してください」
「またそれか」
「データは全部メモリーカードなんです」
「あいあい。工房探すぞー」
・・・
その後、学校では、ちょっとだけ変化が起きた。
名張はもういじめられていない。名張はスクールカーストが上位に移動したっぽい。赤坂とイチャイチャしていて毎日楽しそうだ。以前、名張とつるんでいた陰キャ男子達は相手にされなくなって少し寂し気だけど。
今、いじめのターゲットになっているのは武田だ。
赤坂がダンジョンでのこと、つまり、武田が名張に無惨に負けて泣きながらポーションをめぐんでくれって懇願してたってことを、笑い話にして言いふらしたっぽい。
武田も武田で、あれ以来、すっかり自信を喪失したみたいに暗くなった。
結果、武田はスクールカーストのトップグループから最下位に急落。いじめっ子からいじめられっ子になってしまった。
どうせ学校なんてこんなもんだ。
にしても、俺は名張がちょっとうらやましい。
つっても別に赤坂と付き合いたいわけじゃない。むしろ俺は、あのアイドルみたいにかわいい女がなんか怖い。関わりたくない。
俺がうらやましいのは、ダンジョンで出会って何の心配もせずに学校ですんなり恋愛しているってとこだ。
俺は学校で恋愛ってなるとどうしても、男だとか女だとか、それで拒絶されんじゃないかとか、もし言いふらされたら、とか色々と頭によぎる。
学校で誰かに告白したら、それだけで武田みたいな目、スクールカーストの最底辺に落とされていじめられるんじゃないかって、つい警戒してしまう。
ま、俺には好きな奴なんていないから、いいんだけどさ。
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