第6話 密談

 それはエルシュが帝都に戻ってくる数日前のこと。


 月がすっかり上空に上がった夜遅くのとある一室で男二人が酒を酌み交わしていた。


「そんで、俺様をわざわざ呼び出したのは何か面倒くせぇ事でも起こりそうだからなんだろ、騎士団団長さまよ」


 ラウルは酒の入ったグラスをユラユラ揺らして氷の音を楽しみながらそう聞いた。


「察しがいいのは変わらずだな」


 虚な目をラウルに向けながらシュミナールはふっと微笑む。


「帝国の元筆頭魔導師さまがどうやら見つかったらしい」


 その言葉にラウルは目を見開く。


「マジかよ。生きてんのか、死んでんのか」

「生きてる。恐らくは本人だろう」


 驚きを隠せないラウルとは反対に、シュミナールは感情の読めない表情で淡々と告げ、グラスに入った酒をちびりと飲んだ。


「それ、エルシュは知ってんのか」


 エルシュの師であるジャノスはラウルのかつての師でもある。ラウルは当然、エルシュがジャノスの元で育ったことも知っている。


「彼女は出先だ、まだ知らない。それにこのことを知るのはまだごくわずかな人間だけだ」


 失踪した元筆頭魔導師が見つかったとなれば帝国中が騒然とし混乱を招くだろう。それだけは避けたい。数年前のバウトロ国を含めたザキ大陸各国の荒廃にジャノスが関わっているかもしれないこともラウルに話す。


「大体のことは把握した。そんで、俺にどうしろっていうんだ」


ラウルは真剣な眼差しでシュミナールを見据える。そこにはいつものお調子者のラウルではなく真面目な魔導師がいた。


「ジャノスはいずれエルシュに接触を図るだろう。ジャノスらしき人物の生存が発覚してから、ラドギウスさまはそのことだけを恐れている」


「エルシュが帝国を脅かす存在になるかも知れないってことか、んなもんまだわかんねぇだろ。そもそもジャノスのおっさんが帝国の敵になるのかどうかもわからないし」


 ジャノスが何を考えて行動しているのか、本当にジャノスが関わっているのかさえもまだはっきりとはわからない。


「それでも、懸念すべき点には対策を練り対応しなければならない」


 シュミナールの瞳が鋭く光る。


「恐らくラドギウスさまはエルシュの護衛を俺に頼むだろう。エルシュを守るためという口実でエルシュを見張るためだ。だが俺も常にエルシュに張り付くわけにもいかん」


「まぁそりゃそうだろな。何せ騎士団団長さまだからさぞかしお忙しいだろうよ」


 ラウルは机に肘をつき手に顎を乗せながらふーんとした顔でシュミナールを見る。


「魔法省での業務の間は俺の代わりにエルシュを護衛してほしい。どうせ本人も薄々は気づくだろう、聡明な子だからな」


「そんなこと言って、俺がエルシュと一緒にジャノスのおっさん側についたらどうすんだよ」


 ラウルは冗談とも本気とも取れるようなどちらとも読めない表情で告げる。そんなラウルをシュミナールは冷めた瞳で見つめた。


「お前にそんな度胸はないだろう。そもそもお前はジャノスを憎みこそすれ味方になろうなどとは思わんだろうからな」

「つっまんねーな、何でもお見通しってわけかよ騎士団団長さまは」


 シュミナールの言葉に、ラウルはいつものお調子者の態度でおどけて見せる。


「ま、これからどうなるかは蓋を開けてみなけりゃわからねぇからな。今は目の前の美味い酒を堪能しますかね」


 シュミナールのグラスに自分のグラスをカツン、とぶつけてラウルは酒を一気に飲み干した。


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