34 本当にヒナノちゃんはすごいわよ

「もう入れるよー」

 声をかけると魔物たちがいっせいに温泉へと飛び込んだ。

 キラキラとした飛沫が青空に舞う光景はいつ見てもきれいだ。

「湯加減は大丈夫そうね」

 気持ちよさそうな魔物たちの顔に、温泉に入らなくても心がぽかぽかしてくるように感じてくる。


 魔王城の近くに作った温泉は大小二つ。大きな魔物と小さな魔物用の露天風呂だ。

 フェニックスが入れるほどの大きさだとさすがに大きすぎたので、彼らには温泉を飲んでもらえるよう、飲水場も用意した。


 魔物たちが温泉に無事入ったのを見届けると、私はその隣に建てられた建物の中に入った。

 ここには魔王さんやイルズさんたちが入れるよう、中に男女二つの内風呂を作ってある。他に台所と食堂、それに休憩や宿泊ができる部屋が三つあり、まさに温泉宿だ。

「さて、ご飯を作ろうかな」

 台所にあるかまどの上には、火にかけられた大きな鍋が乗っている。その中には家で仕込んで持ってきたスープが入っている。


 テーブルの前ではエーリックが魚をさばいていた。

 大きなお皿に山盛りに乗せられた魚はエーリックとアルバンさんが釣ってきたものだ。

「魚は香草焼きにする?」

「ああ」

 エーリックがさばいた魚に塩とスパイスを振って、フライパンで香草と一緒に焼く。

 シンプルだけど香りも良くて美味しいのだ。

「お、いい匂いだな」

 アルバンさんが顔をのぞかせた。

「もうできるので、皆さんを呼んでもらえますか」

 今日はアルバンさんと魔王さん、それにイルズさんがこの城に来ている。

 魔物のひとたちはたくさん食べるので、五人分の昼食は大量だ。


「まあ、このスープ辛いのね」

 一口飲んだイルズさんが驚いたように言った。

「はい。この間エーリックと香辛料を買ってきたんです」

 すっかりここの生活に慣れたとはいえ、恋しくなる向こうの世界の味がある。

 醤油やカレーといった調味料が欲しくて、エーリックと一緒に人間の市場に行ってきた。


 この島から近い市場には、私が召喚された国にはない調味料も多く売っていた。醤油はなかったけれど香辛料は色々な種類があったので、それらを買ってきて調合し、カレーに近いものを作ることはできた。

 それを使ってカレースープを作ったのだ。

「辛いけどクセになるわね」

「ああ、これはうまいな」

 そう言いながらアルバンさんはどんどん口に運んでいき、あっという間にお皿を空にしてしまった。

「おかわりしますか」

「ああ」

 差し出されたお皿にたっぷり盛ると、アルバンさんはそれももりもりと食べ始めた。


(口に合って良かった)

 魔王さんも美味しそうに食べている。

 魔物のひとたちはあまり料理をすることにこだわりがないというか、空腹が満たされればいいという感覚らしく、味つけも特にしないらしい。

 だから私の作る、色々な調味料を使った料理は珍しくてとても美味しく感じるそうだ。

 でも身体が慣れていないから、調味料入りの料理を毎日食べるのはきついので、こうやって時々食べるくらいがちょうどいいらしい。


「香辛料を買いに行った時に耳にしたが、勇者たちがこの島の存在を知ったそうだ」

 食べ終わって食後のお茶を飲んでいるとエーリックが口を開いた。

「住民たちが、この島は周辺の国に住む人間にとってフェニックスの棲む聖なる島だから近づくなと警告したが、ならば怪しいから行かなければならないと言っていたそうだ」


「じゃあそろそろ来るかもしれないな」

 アルバンさんが言った。

「ほんと、どうして諦めないのかしら」

 あきれたようにイルズさんがため息をついた。

「……多分、立場とかあとにはひけないとか、色々あるんだと思います」

 詳しいことはわからないけれど、王子様が一緒ということは国王からの命令なんだと思う。

 王家と教会はあまり仲が良くなくて、聖女召喚の時ももめたようなことを教会にいた時に耳にした。

 だから王家として結果を出すまでは戻ってくるなみたいなことを、色々言われているんじゃないのかな。


「ふうん。面倒ね人間って」

「あれらは権力によって民を統制することで国を成り立たせているからな」

 魔王さんが口を開いた。

 そういえば、魔王さんは魔物の王様だけれど、人間の王様みたいに他の人たちに圧力をかけたりしたりはしていないように見える。

 ブラウさんたち言葉が話せて人間に似た姿のひとたちが魔王さんに仕えているけれど、人間の組織に比べてずっと小さく、上下関係もうるさくなさそうにみえる。

 魔王はあくまでも「魔物の中でも特別な力を女神から授けられた一番強い存在」らしいのだ。

(人間と魔物ってそういうところも違うのね)

 そんなことを思いながら、お茶を飲み終えた。



 この日はそのまま泊まることにした。

「やっぱり温泉はいいわねえ」

 イルズさんと二人で女湯に入る。

「ヒナノちゃんがいた世界にはこういう場所がたくさんあるんだっけ」

「はい。私の国は特に温泉が多いことで有名で、お湯の種類も色々あるんです」

「種類が違うと何が違うの?」

「効果が変わってくるんです。美肌になるお湯なんかもありますよ」

「まあ、それはいいわねえ」

 イルズさんは温泉に入らなくても艶々のお肌だけれどね!


「ねえ。ヒナノちゃんは、元の世界に帰りたいと思う?」

 そう聞かれて、首を横に振った。

「……家族に会って元気だよとは伝えたいですが。このままこの世界で暮らしたいと思ってます」

 ここにもエーリックという家族がいる。

 それにイルズさんたち、仲間もたくさんいるここの生活が、ずっと続いて欲しいと思う。

「そう、良かったわ。ヒナノちゃんがいなかったらきっと今頃私たち困っていたから」

「……そうですか?」

「だって勇者の剣で負った傷を治せるのはヒナノちゃんだけでしょう。それに普通の病気や怪我も魔法で治せるのはヒナノちゃんだけだわ。こんな温泉も作れるしご飯も美味しいし。本当にヒナノちゃんはすごいわよ」

「……えへへ」

 そうやって褒められると照れてしまう。

 私の存在がみんなの役に立っているのなら、きっと召喚されて良かったんだよね。

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