19 いっぱい迷えばいいんじゃないかな
「ヒナノさーん!」
「……リンちゃん?」
いつものように温泉にいると、リンちゃんの声が聞こえてきたので振り返った。
「ヒナノさん!」
駆け寄ってくると、リンちゃんは私に抱きついてきた。
「会いに来ました!」
「一人で!?」
「ロイドも一緒です」
見ると、遅れてこちらへ歩いてきたロイドがペコリと頭を下げた。
彼がここに一人で現れたのは十日ほど前だ。
私の魔力のせいなのか、お茶を飲んで酔い潰れてしまった彼は、目を覚ますと気まずそうに魔王さんの魔法で山から帰っていった。
「え、でもここに来るの大変じゃない?」
「ふふ。私、一度行った場所には瞬間移動できるんです」
どや顔でリンちゃんは言った。
「ええ!?」
すごい! さすが聖女!
「……他の二人は?」
「さあ」
「さあって」
「あの二人はどうでもいいんです。ヒナノさん怒らせるし、魔物を見るとすぐ攻撃したがるような乱暴者は」
そう言ってリンちゃんはちらとロイドを見た。
「……彼らはこの山から出された時に怪我をして。リンが治療はしないと言ったので、近くの教会に連れて行ってそこの診療所で見てもらったら重症らしくて……大きな教会に移りました」
「重症? どうして?」
私、そんな魔法は使ってないはずだけど。
「あの銀髪の人だと思います」
「エーリックが?」
まさか、転移させた時に?
「あの人って、もしかしてヒナノさんの彼氏ですか?」
リンちゃんが目を輝かせた。
「あー、彼氏というか……旦那さん?」
「ええ!? ヒナノさん結婚したの!?」
「……えへへ」
旦那さんとか結婚とか、言葉にすると照れちゃうね。
「えーいいなあ」
はあ、とリンちゃんはため息をついた。
「私もいい人欲しーい」
「……リンは殿下と婚約するって聞いたけど」
ロイドが言った。
「え、殿下って……王子様!?」
「第二王子です」
「えー嫌よあんなの」
リンちゃんは頬を膨らませた。
「あんなのって」
「だって十八歳とかいうし、線も細いし。ありえないから!」
「……年齢はちょうどいいだろ」
「無理無理。四十以上じゃないと嫌なの!」
「リンちゃんは相変わらずね」
聖女だともてはやされているし、周囲にイケメン君が多いだろうに。ブレないリンちゃんはさすがだ。
「あ、ホントに魔物が温泉入ってる!」
リンちゃんは視線を私の後ろへと送った。
「えー、可愛い! 近くで見てもいいですか」
「……大丈夫だと思うけど、驚かせないようにそっと近づいてね」
「はあい」
ゆっくりした足取りで、リンちゃんは温泉へと向かっていった。
「――リンは、ヒナノさんのことをとても慕っているんですね」
リンちゃんの後ろ姿を見ながらロイドが言った。
「よく話を聞くんです。とても優しくて面倒見のいい、いい先輩だって」
「リンちゃんも覚えが良くていい後輩だよ」
バイト先で私はリンちゃんの教育係だった。
リンちゃんは出会い目的でバイトを始めたからか、最初の頃は結構いい加減だったけれど、一度しっかり話し合ってからは指導も素直に受け入れるし真面目に働くようになったのだ。
「ヒナノさーん! 足入れてもいいですか」
リンちゃんの声が聞こえた。
「足だけだよー」
「はあい」
いそいそとブーツを脱いで岩に腰を下ろし、お湯の中に足を入れたリンちゃんの膝の上に、すかさずリスに似た魔物が飛び乗った。
「きゃあ、可愛い!」
「――魔物を膝に……」
「魔物も動物も、そんなに変わらないよ」
魔物と戯れるリンちゃんの姿に目を丸くしたロイドを横目で見ながら言った。
「魔王さんたちとだって、普通に会話できたし意思の疎通もできたでしょ」
「……それ、は……」
口ごもるとロイドは小さく息を吐いた。
「……迷ってるんです」
足元に視線を落としてロイドは言った。
「確かに、ヒナノさんの言った通り、魔物はそんなに悪い存在じゃないのか、僕は本当にこのまま勇者を続けていいのか……リンは、もうすっかり聖女を辞める気でいるみたいだし」
「そうなんだ。まあ、いっぱい迷えばいいんじゃないかな」
「いっぱい迷う?」
「すぐに結論を出して、あとでやっぱりやめておけばよかったってなるより、いっぱい考えて悩んで出した結論なら、たとえ失敗しても受け入れられるでしょ」
私としては魔物退治なんてやめて欲しいけど。
でもロイドの進む道なのだから、彼自身で選んだほうがいい。
「……そうですね」
「まだ子供なんだから。失敗してもいくらでもやり直しがきくから、思い切りも大事だけどね」
私を見たロイドにそう言った。
「ヒナノさんも子供ですよね」
「大人よ、もう少しで二十一になるわ」
「ええっ!?」
ロイドは大きく目を見開いた。
そんなに驚かなくてもいいじゃない。
「そういえばヒナノさん、結婚してるんですよね。……旦那さん、今日は?」
「エーリックならお父さんの所に行ってるよ」
私も行くかと聞かれたけれど、また温泉に魔物たちを待たせるのが嫌だからと断ったのだ。
魔王城ってどんな所か興味はあるんだけれどね。
「お父さん?」
「この間魔王さんと一緒にいた銀髪のひと」
「ああ……ってえ、旦那さん魔物なんですか!? あれでも目の色……」
「エーリックのお母さんは人間なの」
「人間と魔物の間の子……?」
「そうよ」
アルバンさんの話では、子ができることはとても珍しいそうだ。
まず番と出会えることが滅多になく、さらにその番を喰ってしまうことのほうが多いので、子が産まれるのは本当に貴重なのだそうだ。
「人間と魔物って……結婚できるんですね」
「魔物が番だと認めた相手とだけどね」
「番?」
「なんか、ビビッとくるらしいよ」
一目ぼれとは違うとエーリックに説明されてもよく分からなかった。魔物特有の感覚なのだろう。
「魔物と人間って、違うけど通じる部分も多いから。仲良くできると思うのよね」
「……そうですね」
私の言葉にロイドはこくりとうなずいた。
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