第32話 エインヘルヤル
「不愉快なことだな!」
男は相手が上司であるノルマンにも関わらず、不機嫌な表情を隠そうともしない。
「これは総統閣下もご承認された確定事項だ。反論は許さん」
「反論なんてしてないさ。これは愚痴を零しているだけだ」
「愚痴を零したところで現実は変わらんぞ? ジークフリート」
ジークフリートと呼ばれた少年は、見事な輝きの金髪を掻きながらそっぽを向いた。
金髪碧眼の鋭利さを感じさせる硬質の美貌なのだが、拗ねた様子が似合う程度には幼さが残っている。
年の頃は十八歳前後だろうか。
百八十センチを越える長身が、窮屈そうにソファに収まっていた。
「だいたいなんで東洋の島国ごときに協力してやらなきゃならないのさ」
「ヒノモトの少年が竜を単独で撃破したからだ」
「そのくらい僕にだってできると思うけどね」
「確かに、今のお前ならば竜を単独で撃破することも可能かもしれない。だが、十一歳のときに絶海の孤島へ避難し、なんの教育も訓練も受けなかったとして、本当に撃破が可能かね?」
「なんだそれ、意味がわからない…………」
ジークフリートが目を丸くするのも当然であろう。
彼は六年以上も前に国家保安院に見出され、専門の教育と厳しい訓練を耐え抜いてきたのである。
その積み重ねなしには、今や天才の名を欲しいままにするジークフリートといえど、ただの少年になり下がるであろう。
アーネンエルベの技術の粋を結集して訓練したからこそ今のジークフリートがある。
それが理解できないほどジークフリートは愚かではなかった。
「サクソン王国の馬鹿どもが、央華帝国も巻きこんでヒノモトへ戦力を派遣するという。では我が国だけが参加を拒否すればどうなると思う?」
「やつらが活躍すればするほど、我が国の評判が地に落ちる」
「そうだ。我が国単独でやつら以上の戦果をあげることができればそれもいいかもしれんが……」
「サクソン王国だけならともかく、ヒノモトの謎の男が不気味だな」
「…………わかってるじゃないか」
自分たちの置かれた政治的環境、そして戦力、今後の情勢を勘案すれば、ここで対竜人類軍事同盟に逆らう選択肢はない。
ジークフリートも十分すれはわかっているのだ。
「だから愚痴だと言ったろう?」
ふてくされたようにジークフリートはテーブルの上に足を投げ出す。
「あああ! お行儀が悪いわよ! ジークフリート!」
漆黒の制服に身を包んだ美女が、現れるいなや、まなじりを吊り上げてジークフリートに食ってかかる。
「少しくらいいいだろ、イドゥン」
「貴方は薔薇十字(ローゼンクロイツ)のリーダーなのよ? あなたのせいで私たちまで品が落ちるなんて許せないわ!」
ジークフリートと好一対な金髪碧眼の美女は傲然と胸を張った。
形の良い巨乳がぶるん、と揺れ、さっぱりしたショートヘアと相まって、健康的な色香を振りまいている。
「それにそのヒノモトの少年――ヤスケ・オニヤマだっけ? 興味あるわ。私が初めて竜と相対したときなんて――とても攻撃どころじゃなかったし」
竜の咆哮は人間の精神にダメージを与える。
これはプロイセン王国の特記戦力である、ジークフリートやイドゥンであっても変わらない。
魔力やアーティファクトで耐性をあげることはできるが、竜に対する根源的な恐怖を排除できないのは今を持って謎とされているのだった。
「それにほらっ! 私って強い男が好きじゃない?」
「ふん、俺より強い男などこの世界に存在しない!」
イドゥンの名は北欧神話における青春と若さを司る女神である――――彼女は精一杯努力している者、そして強さを得た者を好む傾向にある。
「なら、証明してみせなさいな。同じ舞台で戦ってこそ、格の違いがわかるというものよ?」
自分に相応しい男であるなら――――
それがイドゥンの挑発であることはわかっていたが、挑まれて受けないのは男としての沽券に関わる。
「ああ、見せてやるさ。我がプロイセン王国こそが対竜の最強なのだということを」
ジークフリートはプロイセン王国が見出したエインヘルヤルのトップである。
かつてラグナロックにおいて神々の一翼を担った戦士たちの魂――それを宿して生まれた生まれながらの戦士。
なぜか生まれながらに強大な魔力や肉体を持って生まれる彼らを、プロイセン王国対竜組織、薔薇十字(ローゼンクロイツ)はエインヘルヤルと呼ぶ。
ロシア方面から圧迫してくる多頭竜(ヒュドラ)への備えとして、欧州の防波堤を一国で担う彼らの力は、地上戦に関する限りサクセン王国をも上回るであろう。
ヒノモト帝国は第二次世界大戦における同盟国ではあるが、竜の侵攻に際していち早くヴァージニア共和国との和平を模索した裏切り者でもある。
竜との戦いにどの国が主導権を握り、どの程度の力を手に入れるのか。
国際組織対竜人類軍事同盟の内部においても、国家間の綱引きは熾烈であり、往々にして英雄は、あるいは弥助もジークフリートも、人造英雄アイリスもまた、そうした柵から逃れられないのであった。
次回からまたヒノモトに戻ります。
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