第15話 奪還

 騒々しい爆音とともに、望月の乗るフォードが発進したわずか二十秒ほど後――――森山は初音と木葉をフォードのトランクへ投げ入れようとして、低く呻いた。

「……あなたたち、おじい様に何をするつもりなの?」

「これは驚いた。もう気がついていたとは、俺の術も衰えたものだ」

 あの呪縛結界を食らったら、まず二、三時間は目が覚めないのが普通である。わずか数分程度で意識が回復するなど規格外もいいところであった。

「鍛冶師は修行で術が効きにくくなるものよ。知らなかったの?」

「生憎これまで鍛冶師を敵にする機会はなかったのでな」

 初音の言葉に森山は内心で冷や汗をかく。

 初耳であった。もう少し初音が抵抗力が強ければ、油断して倒されていたのは森山の方であったかもしれない。念のため初音の両手を縛っておいたことを森山は感謝した。

「あまり調子に乗るなよ? お前も友達を殺したくはないだろう?」

「木葉は関係ないから解放しなさい。といっても聞かないでしょうけど」

「当然だ。我々の目的を達成するまで、お前たちには役に立ってもらわなくてはならんからな。アジトにつくまで大人しくしていろ」

 どうせ生かして帰すつもりもないくせに、とは初音は言わなかった。

 敵との間に必要なのは会話ではない。

 絶対に生き抜くという意思と、その勇気を必要な時に発揮するということだけ。

 初音が森山を出し抜くべき瞬間は今ではなかった。

 そう、この瞬間までは――――

「――よう、そのアジトってのはここから近いのかい?」

「だ、誰だ?」

 森山は惑乱した。

 影の部隊を指揮する者としてはあるまじき醜態であるが、そんなことすら気にならなくなるほどの失態だ。

 今この瞬間まで、森山はいかなる気も捕捉していなかった。ならばこの声はいったいどこから聞こえてくるというのか。

「どうやら本当に強いもんと戦ったことがないな、あんた」

 剣士ならば自分より強い者と会ったときにこそ冷静でなくてはならない。そんな基本中の基本ができていないのは、自分より強い者と戦ってこなかったことの証左であろう。

「坊っちゃま、お言葉」

「ん? ああ、ごめん葉月姉」

 興奮してくると、たまに仏生寺弥助であったころの感覚が顔を出す。

 久々にみるが、先ほどの森山の太刀筋は富田流の流れ組むものに似ている。

 そもそも斎藤弥九郎や仏生寺弥助は富山県の出身であり、福井県を本拠とする富田流の強い勢力下にあった。

 小太刀を主体にした剣術で、非常に実戦的であり柔術の技を伴う。室内のような狭い空間での戦闘には無類の力を発揮する流派である。

 正々堂々とした戦いではなく、奇襲や暗殺を主任務とする森山が収めるべくして収めたともいえる剣術であった。

 弥助は知らぬことではあるが、鬼山家第十七代当主は富山県の出身で、富田流の兵法にも熟達していたという。

 弥助が森山と初音の戦いを目撃できたのは、剛三の魔眼による効果であり、弥助や葉月が現場に到着したのは、たった今なのだが、森山にそれを察しろというのは無理な話であろう。

 ほぼ間違いなく望月とのやりとりを聞かれている。これほどの相手なら、おそらくこちらが鬼山家の手の者であることも気づいているに違いない。

 ――――始末しなくては。

 そう森山が決意するのも当然の帰結であった。

「葉月姉はここで見てて」

「全く、最近我がままが過ぎますよ? 坊ちゃま」

 ちょっと唇を尖らせながらも、葉月は弥助のわがままを見逃し、自分は短刀を手に初音たちを護衛するつもりであった。

 まるで散歩にでも出るかのように、無造作な歩みで接近する弥助に、思わず初音は叫んでいた。

「馬鹿な! 早く逃げて! そんな素人丸出しで…………」

 一瞬でも期待した自分が馬鹿だった。そう初音が考えたのも無理はない。それくらい弥助の動きは無防備で隙だらけに見えたのだ。しかしその思いはすぐに裏切られた。

「お前ら思考に隙がありすぎるんだよ。自分で考えようとしてないからだな」

 

 ――――バシッ! ゴキッ! ドガッ!


「な、なんなのよこれ…………」

 初音は自分の正気を疑った。

 敵に捕らわれてしまったあまり、気がおかしくなって幻覚でも見ているのではないか?

 そう思いたくなるような光景であった。

 弥助は何もしていない。ただ子供のように右手の木刀を振り上げて、鬼山家の影たちの頭にごつんと打ち下ろしていく。

 それをどういうわけか、あれほどの手練れたちが無抵抗に受けいれて次々に昏倒していくではないか。

 初音以上に衝撃を受けていたのが、影の部隊の指揮官である森山である。

「貴様ら! ふざけていないできちんと避けろ!」

 あんな予備動作の大きい、フェイントも何もない単純な上段打ちが避けられないはずがない。

 子供の修練でもあるまいし、そもそもあれでは訓練にすらなりはしないだろう。

 なのに――――

「どうして貴様ら避けようとせんのだっ!」

 傍目にはまるでガキ大将が、陣取り合戦をして近所の子供たちを棒で殴って回っているかのような稚拙な動作である。

 問題はその稚拙な動作に、精鋭を集めたはずの鬼山家影の部隊が手も足も出ないということだ。

「さて、あんたにはいろいろと聞きたいことがある」

 気づけば森山以外の全員を昏倒させ、いつの間にか弥助がとんとん、と肩に木刀を担いで嗤っていた。

 部下が一人残らず倒されたことで、森山は混乱の頂点に達していた。逃げるべきか? しかし初音を失い、部下を残したまま逃げたところで破滅以外の未来はない。

 望月は失敗した自分を生かしておかないだろう。

 結局のところ森山が救われる道は、弥助を倒した先にしか残されていないのである。

「――何者だ? 我らに逆らってただで済むと思っているのか?」

「まあ、その辺からいろいろと教えてやるよ。最後まで聞いたらこっちに鞍替えしたくなるだろうからね」

 鬼山家正統の嫡子、そして帝国四鬼家の結託、さらに神聖不可侵たる天子の意志、どこにも鬼山魁が逃げ延びる術など残されてはいない。

 森山が本当に助かる道は、実は弥助に最大限協力し、情報を提供することだけなのである。

 しかしそれを教える前に弥助にはやるべきことがあった。

「とりあえずはあんたをぶっ倒してからの話さ」 

「嘗めるなよ! 小僧!」

 どんな手段を取っているかはわからないが、弥助に接近戦を挑むのは危険だ。

 ほとんどなす術なく部下が倒されていくのを目撃した森山は、おそらくはそれがなんらかの認識阻害に近い術であると予想した。

 その正体がわからない限り、弥助に接近戦を挑むのはリスクが高すぎる。

「この俺を部下どもと一緒と思うなよ!」

 森山は吼えた。望月に使われるこの身ではあるが、個人戦闘の腕は自分が鬼山家影の部隊最強であるという自負がある。

 それは森山が単純に剣士ではなく、陰陽師としての訓練も受けているからだ。没落した陰陽師の血を引きながら、森山は幼くして金のために裏社会に売られた。

 そこから這い上がるためには、ただただ純粋に強さだけが必要だった。いずれは望月をも追いこし、かつて自分を捨てた親族たちを見返してやる。

 こんな小僧に負けるなど、あってはならない。自分が潜り抜けてきた修羅場はそんな生易しいものではない。

「雷精招来! 急急如律令!」

 懐から召喚符を取り出し、森山は切札のひとつを切る。

 賀茂一族の末端に連なる血を引くからこその、森山だけの切札であった。いかに鬼山家影の部隊といえど、これを使えるのは森山をおいて他になかった。

「遅い遅い」

 竜のブレスや雷撃を躱した弥助にとって、符術の雷撃などあくびが出るほどに遅い。軽く首を振って雷撃をいなし、弥助は間合いを詰める。

 そうはさせじと森山は符術を連発した。

「形代に依りて戒めを為す。大地に縛られ動くこと能わず!」

 奥の手ともいえる土行結界と厭魅の複合技も、弥助には全く効き目がなかった。

 ――――そんなことはありえない。人形を依り代として行動を封じる陰陽術は、同じ陰陽術でしか返すことはできないはずなのだ。

「悪いけど頭で物を考えているうちは、俺に術は効かないよ? まあいざとなれば無心でも斬るけど」

「おのれ! 何をわけのわからんことを!」

 あまりに予想外のことばかり起きるので、森山にも何がなにやらわけがわからなくなっていた。

 頭で物を考える? まさか考えるな、とでもいうのか。

 確かに武術の修行では、相手の思考を盗むことが非常に重要な技術とされることは知っている。

 達人の部類になると、相手がどう仕掛けてくるか読めるようになるという伝説があるが、この少年はその領域に達しているとでもいうのか?

「否、断じて否!」

 わかっていても避けられない攻撃というものがある。まさにそのためにこそ森山は陰陽術を磨いたのだ。

 一流の剣士といえど、陰陽術は避けられない。もし抵抗するとすれば、神具級の加護を必要とするだろう。

「加護――――そうか! 小僧、術式無効の札か何かを隠し持っているな?」

 それも恐ろしく強力な奴を。そうであれば森山の術が通じなかったのも納得がいく。どうしてこんな小僧がそんな強力な札を所持しているのかは気になるが。

 森山の言葉に、息をのんで事の推移を見つめていた初音もまた納得していた。

 あまりに無防備で、あまりに無造作な弥助の行動には、圧倒的な武具、神具の類の助けがあればこそ、そう考えるのは自然であった。

 祖父、芳崖の作り上げた武具であれば、最上級のものならその領域に達することも可能であるはずだった。

(それにしてもどうしてこんな少年がそんなものを――――)

「違いますよ?」

「えっ?」

 先ほどから自分を守るように佇んでいる、場違いなほど美しいメイドの言葉に初音は耳を疑った。

 自分は無意識に声に出していたのであろうか?

「坊っちゃまは何も持っておられません。あの木刀も、ただの何の変哲もないどこにでもある棒きれです」

 心なしか得意気なメイドの言葉に初音は惑乱する。

「そんな……ありえないわ!」

 では相手が全く避けようとしない攻撃や、森山の陰陽術までもが通用しない現実をどう説明するというのか。

 そんなことができるのは帝国四鬼か、サクソン王国のラーンスロット卿のような英雄くらいなものであろう。

(――あの少年が、英雄…………?)

 初音の胸で何かのスイッチが入る音がカチリ、と鳴った。

 乙女の勘で敏感にそれを察した葉月は、ほんのわずかに眉を吊り上げた。

「鬼山家正統の当主の力は伊達ではない、ということです。なかでも坊っちゃまは特別でしょうけれど」

「え……? 鬼山家って確か海軍のおえらいさんが当主のはずじゃ……」

「鬼山家当主だとっ? そんな馬鹿な! 小僧、貴様まさか……三年前に姿を消した鬼山弥助か!」

 森山にとっても葉月の漏らした言葉は到底聞き逃せるものではなかった。

 目の前の少年が弥助なら、本家から盗み出した女郎兼光を所持しているはず。

 それさえ手に入れることができれば全ては解決し、あるいは森山が望月の地位に並ぶことも可能かもしれなかった。

「兼光をどこへやった?」

「説明より先にするべきことがあるだろう?」

 勝ったほうが己の意志を通す。古来より続いてきた戦いの鉄則である。

 強いだけでは世間を生き抜いていくことはできないと知った弥助が、今なお曲げることのできない剣士の意地であった。

「…………この俺に勝てると思っているのか。貴様のような小僧が、身の程知らずな札を身に着けている程度で!」

 森山にも死と隣り合わせに戦ってきた自負がある。種が強力な札と知れればやりようはいくらでもあった。

「術を禁ずれば則ち迷うこと能わず急急如律令」

 森山は術の影響を遮断した。自らの身体強化などの術も遮断されてしまうが、弥助が認識阻害や、何らかの幻覚を見せている場合、その影響から免れることができる。

 正味の腕で子供に負けるほど、自分の腕は安くはないと信じるがゆえの決断であった。

 そんな森山の決断など意にも介さず、弥助は無造作に言い放った。

「これからあんたに面を打つ。避けれるなら避けてみるがいい」

「ふん、それで暗示のつもりか?」

 これからどこを攻撃するぞ、などという予告は、森山のような影の部隊の人間にとって心理戦の初歩にすぎない。

「信じなくともいいが、警告はしたからな」

「地獄の土産に我が秘蔵の品を見せてやる。神具を許されたのが鬼山本家ばかりと思うなよ?」

 女郎兼光のような対竜神具と呼ばれる規格外を除き、気を宿した武器は三つのランクに分けられている。

 神具、宝具、法具――通常流通しているのは法具までで、それ以上となると先祖代々伝えられるような家宝がほとんどだ。

 つまり森山のような底辺から成り上がった人間は、基本的に法具までしか装備していないはず。

 それなのに森山が、下級とはいえ神具を所持しているのは、当然ながら非合法な手段で入手したためである。

「無銘越中則重小太刀、格はともかく刃先のキレは女郎兼光にも劣りはせぬぞ」

 越中則重は相州正宗の正宗十哲の一人で、女郎兼光を鍛えた備前長船兼光にとっては兄弟子にあたる刀工である。

 一説には正宗よりも古い作品が現存していることから、弟子ではなく兄弟弟子ではなかったのかとも言われる。

 短刀の製作が多いという珍しい刀工であり、強く浮き出た沸の流れは同じ相州伝の兼光とも共通した特徴だ。

 神気の器としての格は到底女郎兼光には及ばないが、人体を切り裂くだけならば、確かにその切れ味は兼光にも匹敵しよう。

 それに身体への加護も神具に相応しいものがある。森山は術を禁じたとはいえ、神具による加護までは禁じていない。

「名前負けするだけ野暮ってもんだぜ、おっさん?」

 ――――幕末、志士たちが好んで腰に差したのが徳川家に仇名すと言われた千住院村正であった。

 著名な志士は名の知れた刀を所持しており、そのなかでも有名なのが近藤勇の長曾祢虎徹であり、土方歳三の和泉守兼定ではないだろうか。

 桂小五郎の備前長船清光や坂本龍馬の陸奥守吉行もネームバリューは大きい。

 しかし越中則重といえば、そうしたビッグネームにも引けを取らない名品中の名品のひとつであった。

 だが同時に、そうした名品は使う人間によってはファッションにすぎないことを、弥助はかつて何度も目にしてきた。

 名品を使うに相応しくない持ち主など、有象無象の数打ち(量産品)に簡単に斬られてしまうのである。

「戯言を! その身体で味わえ!」

 ――森山の姿が消えた。

 初音の目にはそうとしか見えない見事な縮地であった。

 則重の加護による身体強化もあるが、縮地の技量は森山自身の血のにじむような研鑽によるものであろう。

 彼なりにこの無情の世界を必死に生き抜いてきたことの証であった。

 しかし才能は時として努力を嘲笑うかのように蹂躙する。まして今世の弥助は努力を怠っていない。

「気も、意も消えてない。それじゃ本物の剣士には掠りもしないよ」

 発気は垂れ流し、どうやって殺そうかという殺意も丸出しの状態では、暗殺者としては失格も失格である。

 軽々と則重を受け流し、つい、と弥助は子供が練習でもするかのように木刀を振りかぶった。

 胴をがらあきにした無造作な左上段。

「面、行くぜ!」

 森山は弥助が木刀を振り下ろしているのに、全く反応しなかった。まるで木刀などそこに存在しないかのように呆けている。

 やすやすと則重の一撃を避けられたのがまだ信じられないようで、憎悪に満ちた視線を弥助に向けたまま――――森山の額に弥助の木刀が直撃した。

「がっ!」

 真剣ではないとはいえ、木刀は十分に人を殺傷することのできる武器である。ましてそれを使うのが一流をさらに上回る弥助であればなおのこと。

 かろうじて森山は命を拾ったのは、弥助が生き証人として捕らえるために手加減をしたからにほかならない。

「すごい…………」

 初音にとっては何もかもが瞠目の衝撃だった。

 森山の卓抜した技量は、実際に戦った初音が身体で知っている。

 私立桜川女学校では剣道を修め、全国大会にも出場したことのある初音が全く太刀打ちのできない相手。

 その森山を一蹴した。自分よりも年下らしい少年が、である。

 あの越中則重の一撃をあっさりと避けた技量の高さにいたっては、震えがくるほどの感動があった。

 鍛冶師として、本物の達人を知ることと、その人のために刀を打ちたいと思えることはひとつの理想である。

「あ、あの……お助けいただいてありがとうございます。よろしければお名前を――」

 両手を縛っていた縄を解いてくれた葉月にお礼も言わず、全身を赤く染めて弥助にもじもじと声をかける初音に葉月がイラっとしても誰が責められようか。

「鬼山弥助」

「――鬼山?」

 森山の使う太刀筋は、明らかに鬼山の流れを組むものだった。おそらくは鬼山家にまつわる何らかの事情によって、自分は誘拐されかけたはず。

 ということは弥助が助けてくれたからといって、危機から解放されたとは限らない。

 ビクリと肩を震わせる初音に、弥助はきまり悪そうに頭を掻く。

「坊っちゃま、怖がられてますよ?」

「わかってるよ。葉月姉も意地悪しないでよ」

 そんな他愛の会話をしているうちにも、剛三と運転手は影の者たちを縛り上げ、ことの次第をある程度把握していた。

「全く、魁の野郎も短絡的なことを考えたもんだよ」

 もっともたった二日で選定の儀を実施しなくてはならないと思えば、この程度の悪あがきは当然かもしれない。

「どうする? そろそろ望月の奴は天戸翁の家を訪れていると思うが…………」

 このまま初音を襲撃した経緯を公表すれば、それだけで魁は潰れる。

 しかしそれではあまりに帝国四鬼家の一角である鬼山家の外聞が悪すぎる、と剛三が考えていることを、弥助は敏感に察した。

 このあたりの空気が、前世である仏生寺弥助であったころには読めなかった。

 今なら自分がどれだけ地雷を踏みぬいていたかよくわかる。どうして練兵館の仲間が自分を殺さなければならなかったのかも。

 試合って勝つだけで済むなら誰も苦労はしないのだ。

「要するに魁が馬脚を現すのは、関係者が限られる選定の儀であることが望ましいわけだね?」

「ま、そういうことだな……(というかそうしないと将暉殿が絶対怒るんだよなあ)」

 そもそも弥助を表に出し、帝国四鬼で主家簒奪の罪を魁に追及すれば、それだけで失脚は確実である。

 だがそれでは選定の儀を始め、天子に対する帝国四鬼の忠義が疑われることにもなりかねない。

 旧勢力の復権を喜ばない新興勢力が、その弱みをついてくるのは彼らにとっても本意ではないのであった。

「それじゃ、ちょいとこの森山っておっさんに協力してもらう必要があるよね」

「素直に言うことを聞くと思うか?」

「これは刃を合わせた俺の勘だけど――――自分のなかの格付けには割と忠実な奴だと思うよ?」

「そうか――――」


 ――およそ十分後、弥助の勘は的中することになる。

「鬼山家のご嫡男! すでに帝国四鬼が後ろ盾? 鬼山魁もう詰んでる? なんなりとお申しつけください! 望月はポイっで!」

「なっ?」

「なっ? じゃないが…………」

「お役に立ちます! 弥助様が鬼山家のご当主に返り咲いた暁には、この森山! この森山の名をお忘れなく!」

 ほとんど選択の余地なく、底辺から成り上がることだけを己に課してきた森山にとって、仕える主に対する忠誠はそれほど大した問題ではなかった。

 この手のドライな男が、実は組織内での力関係には忠実であることを、弥助は幕末を生き抜いてきた経験のなかで熟知している。

 例えば岡田以蔵、人斬り以蔵として名高い鏡心明智流の達人は、土佐勤皇党の武市半平太には忠実であったが、討幕などにははなから興味などない男であった。

 彼らは組織内の強い人間には逆らわない。しかし組織自体が危うくなれば何の躊躇もなく逃亡する。以蔵もまた、土佐勤皇党に見捨てられたと知るや、たちまち手のひらを返したように仲間を売って自白した。

 あくまでも組織とは大事な住処(すみか)であって、血を分けた家族ではないのである。

 その点さえ押さえておけば、割と使い道はあるものだ。

「それじゃ手始めに、アジトに案内してもらおうか」

「お任せください! ご当主様!」

「なんだか釈然としないですわ……」

 困ったような顔で首を傾げる初音に、このときばかりは葉月も同意するように頷くのであった。

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