第4話 隣の女

 やば、こんなに声が筒抜けなのか……


 反対側の部屋から夜の睦言むつごとが時折くっきりと聞こえて来ることを思い出した。

 昨日の夜、ボリューム上げ過ぎたな、やっぱり。

 で、どうする? 無視するか……弱気の虫で無視するか……こんな窮地きゅうちいんを踏んでどうする俺w


「夕べはすみません。今度からヘッドフォンにします」


 大きな声でそう言った。


 ああ、安アパートは面倒くさい。

 引っ越すか、もう少し上等な部屋へ。


『♩越さなくちゃ~越さなくちゃ~ 金がない~♩』


 最近何かのテレビかラジオで聞いた、大物歌手の古いヒット曲の替え歌が口をつく。ああ、面倒くさい。傘があっても金が無いし。


「それは良いの。さっきの言葉の続きが聞きたい」


 ああ、何て日だ。


 隣の女まで変なことを言いやがる。

 え、ちょっと待て。待て~い! 隣の女の姿を思い浮かべる。


 似てるか? 似てないよな。デカパイだし。

でも隣の女がメイクしたら、似てないこともないような。そんな気がしてきた。

 どうかしてる……大丈夫か? 俺。


「ねえ、聞いてる?」


「西田さん、さっき公園にいましたか。僕と女の会話が聞こえたとか」


 隣の部屋の郵便受けには、確か西田という苗字だけが書いてあった筈だ。


 返事が無い。

ビンゴか……まずい、まずい、まずい。まずい所を見つかった。

 やっぱ引っ越すか……俺の質問はスルーされた。


「あんたの部屋へ行っても良いかな」


「えっと、それはまずいでしょ。誰かに見られたら西田さんが困るのでは」


「あんたが困らなければ、こっちは平気だよ」


「そこまでおっしゃるなら、どうぞ」


 俺は覚悟を決めた。

 来たら押し倒すか。

 できもしないことを口にしてみる。

 数分後、マイドアがノックされた。


いてますから、どうぞ」


 俺は探し当てたカップヌードルをローテーブルの隅に追いやって、入って来た女を横目に見た。


 目が釘付けになる。

 さっきの女やんか!

 何なんだ。ストーカーか。

 でも、やっぱ良い女だ。

 自分の口がぽかんと開いていたことには気付かなかった……謎の女ー香奈ー西田……え?


「お邪魔します」


「どうぞ」


 努めて冷静に答えはしたが……俺は何てバカだったんだ。

 西田さんとあの女は同一人物だった。


 特大胸パッドを外した西田さん。

 普段とは違う丁寧なメイク。


 一瞬にして考えが急速回転を始めた。

 だとしたら、ひょっとして、ひょっとしたら……香奈さんと西田さんも同一人物か……

 全て合点がてんが行った。


 この一年以上もの間、俺は大好きなAVアイドルの香奈さんとは知らず、西田さんの隣室で暮らして来たのか。

 何て贅沢な環境。

 そして何て悲惨な無知蒙昧むちもうまい

 知らぬが仏 じゃなくて、知らぬは一生の損、いや恥だったかな。

それもちょっと違うし、いやかなり違う。

 パニック寸前だな俺。

 近いのは恐らく 灯台下暗とうだいもとくらし 豚に真珠 馬の耳に念仏 木を見て森を見ず って所かな。ほかにもっと良いのがあるかも知れないが、、、

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