41 輝きの泉と不思議な植物

 最後の一口を征服すると、カミーユは満足の息を吐いた。


「ふう。もう入りません。御馳走様でした」


 お腹をさするカミーユに、白湯が配られた。

 ここは森の避難地としても考えられているので、薪小屋の横にある扉を開けると、鍋や器、毛布なども置いてあるようだ。薪もたっぷりと積まれている。

 その小屋の前に火が焚かれ、カミーユたちは切り株を椅子にして座っている。

 背もたれがあるならこのまま昼寝をしたいぐらいお腹がいっぱいで、動きたくない。


 昼食はジーンが言っていたローストビーフで、全員の分が用意されていた。

 探索者に人気のパン屋のものらしいが、パンの切れこみに肉がぎっしりと詰まっていて、きちんと押さえないとパンの口がカパリと開いてしまう。マスタードと玉ねぎ、ピクルスが、申し訳程度に添えられているが、肉がメインなのは明白だ。

 パン屋じゃなくて、肉屋のものじゃないだろうか。


「あのお酢は残念でしたね。美味しそうな香りだったのに。果実酢なんて珍しいですよね?」


 全部大蟻に振りまいたから、ローストビーフには使えなかった。

 先ほど分析アナライズをしたから創造クリエイトできるかもしれないが、あの術はなかなか魔力的に難しい。ご飯のソースのためにはとてもできないし、作れても香りだけが似た別物になるのではないだろうか。


 ジーンが照れたように笑った。


「いやあ。いつも同じソースだから他のも試してみたくて。また持ってきますから。次の時にでもぜひ」


 どうやらジーンは、いろいろ試すのが好きな美食家らしい。

 今度はジャックとバートが顔を見合わせて、ニヤリとした。


「そう言うってことは、今日のは自信があったってことかあ?」

「ひっでえハズレの時もあるよな? ……カミーユさん、ジーンのソースは気を付けたほうがいいっすよ。たまに、どうしてこうなったって叫びたくなるのがあるっす」


 アルバンとフィンも頷いた。


「あー、俺も一度あったな。やたらと辛いヤツ」

「私のは、薬草のえぐみがなかなかない一品だと思ったな」


 どうやら美食家ではなく、食でも未知の分野を進む探索者であったらしい。


「うわあ、先生まで⁈ 皆してひどくないか⁈ そんなのちょっとだろっ!」


 ジーンが慌てて皆を見回す。


『ウワア。ウワア。ウワア』

『ウワア。センセ……』

『ソンナノチョットダロ』

『……チョットカ?』


「ん?」

「聞こえたか?」

「「聞こえたな」」


 カミーユは首を傾げ、ジャック達はザッと立ち上がってキョロキョロと見回し始めた。


「うお。もう、アレの季節か。 はええな」

「ここは日当たりがいいから他より早いが、それにしても、もうか」

「採集要員をローザハウスには頼んでおくぜ。……おらおら、どこだあ! 鳴けえ!」


 突然アルバンが大声を上げ、それに驚いて鳥が飛び立った。

 

『オラオラ。オラオラ。オラオラ』

『オラオラ。ドコダ』

『ナケエ』

『ナキムシ』


 そしてやっぱりかすかだが、声が聞こえる。

 真似をしているようだが、少し違う。特に最後のは。


「……人真似をする鳥かなにかですか?」


 それにしては皆、遠くの梢ではなく、腰を屈めて地面を見ている。


「いや、鳥ではなく草だ。うなり草と呼ばれている」

「草⁈ 草が唸る? いや、唸るっていうか、しゃべってましたけども。初めて聞きました」


『クサ。クサ。クサ』

『クサ』

『クサイケドモ』

『クセエ』


「この森にしかねえ魔草だからな」

「草が、と言うよりは、一株に小花がいくつか付くんだが、それが開くとあのようにさえずる」

「今はたぶん、二本ぐらいだろ? もっと後になると耳を覆いたくなるほど喧しくなるんだよ」

「小馬鹿にするように微妙に変わるしよ」

「そうそう。なんか腹立つんっすよね」

「あれが高く売れないんだったら、真っ先に踏みつぶすのに」

「引っこ抜いて燃やすよなあ」


 探索者たちが口々に言い募る。


「……知性があるってことですか?」

「ねえな」

「知性はないです」

「知性があるならあんな口悪くないっす」


 よっぽど嫌な思いをしたのか、ジャックたちがきっぱりと言った。


「繰り返すだけで会話にはならない。それより、踏みつぶしたりしないでくれよ? 貴重な素材だ」

「わかってるっす。先生」

「あれはなんの薬に?」

「ああ。いや……」


 カミーユに訊かれたフィンが少しためらった。


「……何か、口にしにくい薬ですか? ええと、男性用の特殊な」

「違う! ……うなり草は貴重な闇属性の魔植物だ」

「闇……? 植物で? それは確かに珍しいですね。全く聞いたことがありませんでした」


 カミーユも香料の素材として植物を扱うので、学院でも素材の特性を学ぶ授業があった。

 大抵の植物の生育には光が必要だ。耐陰性のある植物はあっても、完全に光がいらないわけではない。そのためか、闇を属性に持つ植物はない。いや、カミーユが学んだ中にはなかった。


「この森以外では聞いたことがないな」


 アルバンが、フィンと話しているカミーユをチラリと見た。


「ああ、カミーユ。この泉周辺以外では、不審な唸りを耳にしたら直ぐ逃げろよ? うなり草の性質が全く違うからな。ここ以外ではしゃべらないし、名前の通りに唸るだけだ。そして近づけば蔓に絡めとられて逃げられねえ」

「うえ……。まあ、植物であれ、動物であれ、唸っているモノの側にはいたくないですけど。あ、香り。香りはあるんですか?」

「香り? ああ。うなり草にか? ……ある。ローザみてえに甘くはねえが、あるよな?」


 それを聞いた途端、カミーユの顔がうなり草を探しているジャックたちの方に、ぐるんと回った。


「カミーユ。アレを香料にされたら困る。貴重な薬の素材だ」

「ええっ。未知の素材なら私も欲しいですっ。……あ。それで、アレはどんな秘密の薬になるんです?」


 話が戻った。

 フィンがはあ、とため息を吐いた。


「……闇の素材だ。大変危険で、使用方法が限られる薬物もできる。それでも聞きたいか?」

「えっ。えっとお……」

 

 アルバンが肩をすくめた。


「フィン。他言無用で教えておいた方がいいかもしれねえぞ? 下手に扱われると危ねえんじゃねえか?」


 フィンがもう一度、大きく息を吐いた。


「ここ以外の森で採れるうなり草については、教えられない。周辺各国でも禁止されている薬物になる。闇属性と言えば、わかるだろう?」


 カミーユはコクリと頷いた。

 闇といったら幻覚や幻影といった人の精神に作用しやすいに属性だ。

 適切に使えば、心身疲れた人を穏やかに眠らせたり、不安な人に自信を持たせたりと有益に使えるので、闇属性を持つ者は医術師として登録されていることもある。だが、逆に心の恐怖や不安を煽ったり、支配したりすることもできるのだ。

 薬もその系統のものなのかもしれない。


「この泉周辺のうなり草は、少し性質が違う。私も最初は驚いた。納得と言えば、納得なんだが」

「なんです?」

「幻覚の効果がうまく出るのかもしれないが、自白剤ができる。ぺらぺらと面白いぐらいしゃべるらしい」

「へええ。まあ、おしゃべりでしたもんねえ」

「ああ。まあ、自白剤は私にはさほど重要ではないんだが、私はこれが流行り病の薬の原料にならないかと研究している」

「あ! あの時言っていた、魔力の多い人向けの……?」


 フィンが頷いた。

 貴重な素材と言うわけだ。今のところ効く薬がないと言っていたのだから。

 カミーユは納得した。


「それなら香料にはできませんね」


 未知の花の香気をコレクションしたい気持ちはあるが、苦しむ者を助ける薬以上に優先されるものではない。

 アルバンがカミーユの肩をポンっと叩いた。


「あと十日もすれば五月蠅いぐらいしゃべりだす。あれに耐えられるんだったら、カミーユが採集して少しぐらい使ってもいいと思うぞ? なあ、フィン」

「そうだな。そのぐらいの報酬は必要だろう。……まあ、今日のところは目当ての木を採集始めたほうがいいんじゃないか?」


 カミーユはハッとして、すっくと立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る