24 王都の秘密会議 ②

 はあ、と息を吐く音が聞こえた。

 目をやれば、トールが首元を緩めている。


「……あまりに緊張する話で、飲みたくなってきました」

「同じ気持ちですよ」


 だが、まだ早い。


「ガリスギルド長、話はこれで終わりではないでしょう?」


 これだけなら、テオドールを呼んだ意味はないのだから。


「ええ。ボウルダー公と、私たちに何ができるかと話したのですよ」


 トールが眉を寄せた。


「何が、と言っても、王家の婚礼のことですし」

「もちろん、私たちにできることは限られていますよ。……我らが陛下は、すでにご存じかもしれませんが、ボウルダー公からもこっそりと情報を回してくださるようです。それで、私たちなのですが」


 ガリスがテオドールを見た。


「どうしたものか、何ができるか、と考えながら戻ったら、トールから相談を受けまして」

「私?」


 何のことだか、とキョトンとした顔をトールが見せる。


「ええ、カミーユのことで……」


 テオドールの呼ばれた理由がわかった。


「あっ! え、でも、どんな関係が……?」

「なるほど」


 呼ばれた理由はわかったが、王家のことに絡めて呼び出されるのはどうにも嫌な予感がする。

 テオドールが眉を寄せると、ガリスが慌てた。


「いえっ! カミーユを国のことに巻き込みたいわけでは、決してないのです! ですから、なんとかうまい方法を、と……」


 


 ガリスとトールの話を聞いて、というより、カミーユがトールに話したことを聞いて、テオドールは頭を抱えたくなった。


「あの香り付きフレーバードカフェーから、そんなことを……。いや、おいしいと飲むだけで、考えなかった私がいけないのか」


 トールが苦笑した。


「先生、無理もありません。私たちも『これは売れる!』と、それだけを思いましたから。でも、ジャスミナ茶や他の食品にも応用できると聞いて、さすがにこれは、と」

 

 ガリスがそれに頷いた。


「グリマーシュ帝国の思惑は、正直、ボウルダー公の思い過ごしかもしれません。王妃様やリヴァスガルド公爵家は、陛下を誠実に、二心なくお支えになられているかもしれません。現段階ではもちろん糾弾もできません。ですが、万が一のことを考えて、やはりヤスミーナ妃様には、力を付けていただきたいと。間違っても、グリマーシュの思い通りに国を乱したくはないのです」

「ジャスミナ茶で、いえ、調香術で、それができると?」

「ええ。カミーユが言った通り、調香術を使えば。資金力、グラシアーナ国内での後援、さらに他国からの力添えも叶うかもしれません」


 テオドールも、トールも、目を見張った。


「そこまで……」

「まず、調香術によって、ジャスミナ茶の生産量と流通量が増えるのです。そこから上がる資金は、ヤスミーナ妃、いえ、ヤスミーナ妃様と第一王子を支えるジャスミナ派といいましょうか。そちらへの支援となるでしょう」

「そうですね。若干、価格は調整されるでしょうが。要望は増えるばかり。国内、国外、ともに引き合いがすごいのです。ですが生産量をこれ以上に上げるのは難しいと」


 トールが言えば、ガリスが大きく頷いた。


「ジャスミナ茶が作られ始めて五年。サウゼンド国内で生産工程は秘匿され、品質も量も厳しく管理されています。ジャスミナ派の商会、ああ、ほとんどはサウゼンドの商会になりますが、そちらを通してのみ販売されてきました。これがヤスミーナ妃御実家のサウゼンドに大きな利をもたらしたのです。国外からの要望もすべてサウゼンドに回されました。これを変えていただこうかと」

「変える?」

「ええ。よりグラシアーナの利となるように。もちろん商会は選びますが、貴族家が運営している商会に融通し、ヤスミーナ妃様を支持する家が増やせれば、と。国外も同じです。生産量が上がれば国外へもっと流すこともできますから」

「現状を説明すればサウゼンドも了承するでしょう。サウゼンドの産物ですから、利がなくなるわけではないですし」

「なるほどなあ」


 テオドールは顎をさすった。

 心配は一つだけだ。

 

「カミーユが狙われることに、ならないかね?」


 ジャスミナ茶は、ローザハウスに遊びにきたヤスミーナ妃とカミーユの雑談から始まった。だが、ジャスミナ茶生産の裏にあるカミーユの存在は表に出ていない。

 ヤスミーナ妃、テオドール、商業ギルドのトップ数名が知るだけだ。まだ年若いカミーユのことを、商業ギルドはしっかりと覆い隠し、守ってくれた。

 だが調香術となれば違うだろう。探られ、表に出されることにならないだろうか。


「ヤスミーナ妃に事情を話して協力を願います。新しく香り付きフレーバードカフェーを作れば、どうしても探られます。ですが、ジャスミナ茶はすでにあるのですから、生産量が増えたと思うだけかと」


 テオドールが考え込むと、トールは茶を淹れ換え、そっと差し出した。

 ガリスも頭を下げ受け取ると、そのまま話を続けた。


「王家の事情は告げないとしても、カミーユにはある程度まで話をして、本人の意向をまず確認したいと思っています。香料さえあれば他の者にも香り付きの茶が生産が可能なのか、それともカミーユでなくては作れないのか。それに現状では調香術を使ったことを秘匿しなくてはなりません。報酬のほうはもちろん考慮しますが、調香術師としてのカミーユの実績にはなりませんし……」

「カミーユは、最初の調香以外も携わることに?」


 カミーユにその余裕があるだろうか。

 全く知らない土地で一人、研修を始めたばかりだ。


「ええと、少なくとも調香して最初のジャスミナ茶を作るところまででしょうか。なんでも、バランスが悪いとおいしくならない、と本人が言っていた気が……」


 トールが思い出しながら言えば、ガリスが続けた。


「そうですなあ。ジャスミナ茶が発表された後、我が国でもローザ茶をと、ローザ栽培が盛んな領で軒並み試作が続きましたが、今一つ風味が良くないということでジャスミナ茶ほどの人気はありませんな。先生も試されましたかな?」


 テオドールは紅茶を飲むと、澄まして言った。


「私の所にも王妃様、いえ、ローザ派からそれとなく問い合わせが参りましたよ。ですが、私のいるローザハウスは聖なるミラクルーズの栽培が主ですから、さすがに茶への研究はできないと断りました」


 ガリスが声をひそめた。


「リヴァスガルド公爵領では、かなり大がかりでしたね。ジャスミナ茶のように緑茶も、それから紅茶も試したと聞きました。今も生産、販売は続けてますが、まあローザ派がお追従で購入するばかりで」


 テオドールは、空になったカップをしばらく手の中でゆすっていたが、かちゃりとソーサーに置いた。


「もしも、ジャスミナ茶のように売れるローザ茶ができたとしたら、ジャスミナ派の後押しになりますかな?」


 ガリスもトールも目を見開き、息を呑んだ。


「……後押しどころか、行く道の先を整え、腕を引くのではありますまいか」

「で、で、できるのですか?」


 テオドールが躊躇いがちに告げた。


「カミーユが、すでに試していたのですよ」

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