22  酔いの原因

ピーターラビットのお父さんのようになる話が出てきます。


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 昼食後、カミーユは満足げにお腹をさすった。

 フィンのパイはクローヴァーのものよりお肉の粒が大きくて、スパイスやらハーブが効いていて、負けないくらいおいしかった。

 そんなカミーユを見て、フィンはふっと笑った。


「満腹した猫のようだな」

みんな大好きミートパイには、抗いがたい魅力が」

「皆大好きミートパイ? なるほどな。今日のシルヴァ・ラビーナも数日後には食べられる。あれのクリームパイもうまい。ローザゲラニウムを食べているせいか肉に臭みがなくて、肉も締まってしっかりとして……」


 話している途中で、フィンが考え込んだ。


「どうしました? ……あ、カフェーを」


 ケトルをストーブにかけておいたから、お湯の準備もできている。

 カップを取り出せば、フィンが、自分が淹れようと立ち上がった。


 さっき挽いたばかりのカフェーから湯気が上がり、湿った香りが鼻をくすぐる。

 これにはヘイゼルナッツの香りを付けてある。フィンもカフェー飲みだから、ギルド登録前に感想を聞いてみたい。

 モコモコと膨れ上がる泡を眺める、このひとときが好きだ。

 

「……気になっていることがある。今日君は、二回魔力酔いのような症状が出た。一度目は森で、頭がぼうっとしたと言い、二回目は完全に酔っ払いの言動だった」

「……はい」


 カミーユは縮こまった。


「ああ、責めているわけではないんだ。ただ、その原因が気になる」

「あんな感じにクラクラしたのは初めてで、よくわからないんですけど……」


 フィンが頷いた。


「考えられる理由はいくつかある。一つは、カミーユがローザゲラニウム、ああ、アルタシルヴァの森産のものと限定しておこうか。その魔力に弱い」

「はあ」

「その場合、ローザゲラニウムを扱う時だけ気を付ければ済む。葉を食べたラビーナでも影響があるかどうかは気になるところだが」

「あ。クリームパイはお預けですか……」


 気持ちがシュンとする。

 食べられないのは残念だ。肉にもローザゲラニウムの香りがするのか試してみたかったのに。

 カップがカミーユの前に置かれた。


「次に考えられるのが、アルタシルヴァの森の魔力に弱い。これだと森も、森の素材も、すべてに気を付けないと、魔力酔いを頻繁に起こすことになる」

「ええと、あ、でも、フロストベッリーは食べられました。焼き魚のたれにサイレント・キラービーの蜂蜜も使ってあったみたいですし」

「なんともなかった?」


 首を傾げた。

 クラクラもしなかったし、奇行も目撃されてないはずだ。


「たぶん……?」

「食べるほうは平気ということか」

「じゃあ、シルヴァ・ラビーナのクリームパイ、食べられますね!」


 フィンが目を細めて、カミーユを見た。


「もっと他に気にすることがあると思うが。まあいい。食べて見なければわからないからな。それで、森に入った時は? なにも感じなかった?」

「森への畏怖というか、圧倒されるものはありましたけど、それが魔力に反応していたのかはわかりません」

「そうか」


 フィンがカップを手に考え込む間、カミーユもカフェーをすする。

 よし。ヘイゼルナッツの香料はこのぐらいでいい気がする。ほのかに香りを足すぐらいで。

 もっと強いのを好む者も多いだろうから、これはギルド登録時に相談だ。


「アルタシルヴァの森も、その森の生物も産物も、魔力が多い。魔力量が少ないなら、それで影響が出たのかもしれない。カミーユは慣れていないから特に」

「それなら、慣れれば大丈夫に?」

「今の段階ではなんとも言えないが、魔力酔いはよく子供が起こす」

「子供……」

「この土地で生まれた子はないが、外から訪れた子は魔力が揺れることがある。それを魔力酔いと言うんだが、慣れれば影響が少なくなったり、成長し、魔力量が増えるに連れ、自然と治る者もいる。ただ、一人一人違うからなんとも言えない」

「子供と一緒……」


 なんだか引っかかるが、フィンはそのまま続けた。


「だが、魔力量が少ないなら、さほど心配しなくて大丈夫だ。魔力の大きいものは影響されにくいが、酔った時がひどい。高熱に頭痛、幻覚を見たり、意識を失ったり」

「そんなに⁉」

「ああ」


 なぜフィンが体調を心配してくれるのか、わかった気がする。薬術師としてそういう者をたくさん見てきているのだろう。


「気をつけます」


 フィンがカフェーを一口飲み干し、驚いた顔をする。


「これは……? 良い香りがしていると思ったが」

「ええ。この間のヴァニラの香料と一緒です。これはヘイゼルナッツ」


 もう一口味わったフィンが、頷く。


「これはいい。香ばしいし、甘味まで感じられる」

「ふふふ。今のところ、男性にはヘイゼルナッツが一番人気ですね。テオドール先生も好まれていました」

「そうか」


 フィンがカップを置いた。


「あと一つ、魔力酔いの原因として、君が、魔力を含有する植物の香りに弱い可能性がある」


 ヒュっとカミーユの喉が鳴った。


「香りに弱い……?」


 それは困る。


「森に入っても影響がなく、ベッリーなどを食べても大丈夫だった。ダメだったのは、調香術を使おうとした時と、蒸留の香りを嗅いだ時だ」

「ダメですっ! 困りますっ! そんな、調香術師なのにっ!」


 カミーユがガタリと音を立てて立ち上がった。

 クリームパイが食べられなくても我慢できる。

 でも、香りはダメだ。調香術師としてやっていけなくなってしまう。


「落ち着け。まだそうだと決まったわけではないし、可能性だ。身体が慣れていない今だけかもしれないし、それに魔力酔いの症状としてはきつくない」

「でも……」

「しばらく様子を見た方がいいが、注意すれば大丈夫」


 カミーユが腰を下ろした。


「注意ってどうすれば……?」

「今までこのようなことはなかったな?」


 カミーユはコクリと頷いた。


「調香術師ですから、香りには当然敏感です。他の人には大丈夫でも、私にはキツイと感じることはあります。でも、日常的に困るほどの過敏さはなかったです。それに、あんな頭の芯がくらりとするようなのは……。ああ、でも、嗅覚は五感の中でも脳に直結しているから……」

「そうなのか?」

「嗅覚は五感の中で一番原始的というか、香りを嗅ぐと瞬時に脳に刺激が伝わります。だから、強い影響があっても不思議ではないんですけど……」


 カミーユがはあ、と大きなため息を吐いた。


「一流の調香術師になるのが夢だったのに。香りが弱点の調香術師、だなんて……」

「香りが弱点の調香術師……」


 フィンは笑いがこぼれそうになるのをぐっとこらえた。

 カミーユにとっては大問題なのだから。

 立ち上がるとカミーユの肩をポンと叩いた。


「しばらくは魔の森の素材を扱う時は、私が様子を見よう。危ない時は止める。まずは今日これからだな。虫除けを作るのだろう? 夕方までには、アルバンたちがフロストモスキートを捕まえてくる」

「えっ⁉」


 カミーユがポカンとした顔を上げた。


? あんな危ないものを? なにそれ」

「試作をして、実際にどれが効果があるのか試さないとならないだろう? そうじゃないと、また森で事故が起こってしまう」


 カミーユは顔を引き締めた。


「はあ。なるほど。まあ、確かにそうですね。わかりました」


 とりあえず魔力酔いについては、今は悩んでもしょうがない。

 カミーユは魔の森を抱えるこの街の調香術師なのだ。それも唯一の。たとえ香りに弱くたって。

 今、求められることをしなくてはと、カミーユはフィンに続いて工房へと向かった。

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