33話 治療係、面倒なシスコン(年下)につかまりました

 少年趣味の疑惑が浮上中のロッカス伯爵といい、妹溺愛の長男といい、伯爵家の男子でまともなのはいないのか。


「すみません、妹様が美少女すぎて崇拝したくはなりましたが、決してやましい気持ちではないんです。というか、私の周りにいた男性はもれなく全員悶えていましたけれど」


 そのへんはいいんですかね、とエリザは気になってちょっち確認してみた。


「何!? くそッ、だから僕も参加したかったのに………!」


 ギリィッっと音を立てるほど強く、レイヤが忌々しげに奥歯を噛み合わせた。


 どうやら彼の呟きを聞くに、父のロッカス伯爵が、彼が所属している騎士団に根回しをして、新人だからと仕事を詰めて出席をさせなかったようだ。


(なるほど。ジークハルト様との挨拶を邪魔させないためか)


 エリザは得心がいった。彼の怒りの矛先がそれたタイミングを活かすべく、自分の身の潔白を主張する。


「いいですか、私は妹様の美しさと愛らしさに崩れ落ちそうになっただけの目撃者の一人にすぎません。これはすなわち、下心でも恋心でもないのです!」

「美しく愛らしい……なるほど、的を射た、率直で素直な表現だ」


 褒めるところそこなのか、とか思ったが怒っていないようなので続けることにした。


「彼女は、ジークハルト様の婚約者になるかもしれない候補のお方です。治療係である私が横からちょっかいをかけるはずがありません! 見てください私のこの容姿をっ、残念ながら全然妹様にはふさわしくありません。並んで絵になるのはジークハルト様くらいです」


「ふむ。確かにジークハルト様は僕が認めた素晴らしい騎士だが、――いやっ、まだ結婚には早いぞ! 何を言っているんだお前は!?」

「勝手に妄想を爆発させないでください、気が早すぎます。クリスティーナ様はまだどなたとも婚約していらっしゃらないかと存じますが」

「む、確かにそうだった、すまない」


 レイヤが素直に謝った。妹の婚約、と聞いてずーんっと肩が落ちる。


(う、うわぁ……ツンだと思ったら打たれ弱い……!)


 最後まであの怖い感じを通してよとエリザは思った。つい、優しくしたくなってくる。


「き、気を落とさないでください、えぇと――」

「レイヤだ」

「――レイヤ様。あれだけ愛らしい妹様ですから、心配になるのはよく分かります。貴族は結婚が早いと聞きますし、さぞ心配でしょう」


 とにかくなだめる方向で話した。


「うむ、たった一人の妹だ。大事にしたいに、幸せになってもらいたい」

「素敵なお考えだと思います」

「誤解で怒鳴りつけてしまって申し訳なかったな。今回で婚約が決まってしまうのかどうかも気になって……何か聞いているか?」

「いいえ、あまり話す機会がなかったのでその場を設けたい、とか」

「僕もそう聞いた。そうか、まだそういう段階ではないのか……」


 エリザは引き続き『敵にはなりません』という親しげな笑みを浮かべていた。それをレイヤがちらりと見た。


「……お前は僕を否定したりしないのか? 妹が一番大事なんて気持ち悪い、とか…………」

「え、性的に、という意味だったんですか?」

「なっ、違うに決まっているだろう!? ぼ、ぼぼぼ僕が妹とか断じて考えたことはないわ! 僕は、へ、変態じゃないんだぞ!」


 口から想いがそのまま出たのがいけなかったようだ。意外に初心なようで、真っ赤になって怒るレイヤの目が今にも泣きそうでエリザは慌てた。


「すみませんでしたっ。だから泣かないでください、レイヤ様」

「泣いてない!」

「あ、うん、そういうことにします。えぇとですね、純粋に家族を大事に想うことを、気持ち悪いと感じるはずがないじゃないですか。私、素敵ですと言いましたよ」


 正直なところ、迷惑なシスコンは遠慮したい。


 だが、ツンな癖に涙もろいとか、本当いくつ年下なんだろうと良心がキリキリ締め付けられた。レイヤの落ち着こうとして話す際の口調も、そして強がりも背伸びをしている感じもあった。


(どうにかなだめたいけど、どうしよう?)


 困ってローブを叩いたエリザは、ふと、ポケットに入っているキャンディーの包みを思い出した。


「はい、どうぞ」


 一つ取り出して、彼の手にキャンディーの包みを握らせた。


「……なんだ、これは?」

「キャンディーですよ。元気になれる公爵家の治療係の、特別な魔法のキャンディーです」

「ふんっ。ブルーノの名店で作ってる、宝石色シリーズのキャンディーじゃないか」

「さすが物知りですねぇ」

「貴族御用達なんだ。みんな知ってるさ」


 レイヤはぶっきらぼうに言ったが、乱暴に飴を口に放り込んだ顔は、まんざらでもなさそうだった。


(うん、元気になってよかった)


 エリザは胸を撫で下ろした。さて、これで無事誤解も解けたし、そろそろ退席しようかと考えた――ところでレイヤが急にまたマントコートを掴んできた。


「え。なんで掴むんですか?」

「失礼にも僕の前から勝手に去ろうとする気配を感じた」


 なんて野生染みた直感力なんだ。


 妹へ色目を使った云々は完全に誤解だが、なぜこういうところでは正確に発揮されるのか。


「お前、みんな僕には媚びを売ってくるんだぞ。お前も魔法使いであるならば僕と仲良くしておいても損はないはずなのに、なんで逃げるんだ」

「まだ逃げてません。その直前に阻止されました。あ、すみません口が滑りました」


 少し高い目線からジロリと睨まれて、エリザはあわあわと言い直す。


「あのですね、仲良くしよとか畏れ多いです」

「【赤い魔法使い】と名をいただいた強い魔法使いだろう。あっ、だから十六歳の僕は相手にならないと言いたいんだな!? 将来は伯爵家を継ぐんだぞっ」

「えっ、十六歳なの!? じゃあクリスティーナ様って十五……!?」

「そうだが?」


 妹の方が成長が早いのでは、と思って、エリザはつい彼の頭のてっぺんを見てしまう。


(たぶん並ぶと、大きい順に彼、私、そして超絶美少女かな……)


 さほど身長差が大きくないせいで、違和感はない。


「ないんだけど……ううーん?」

「また何か勝手に考えているのか? 妹がジークハルト様の相手をしているから、僕は暇なんだ。――あ、いいことを思い付いたぞ。お前、僕に庶民の遊びを教えろ」

「……庶民の遊び、ですか?」


 なんて面倒臭い。


 そんなエリザの感想を見て取ったのか、レイラの表情が冷える。


「もう少し社交辞令を覚えたらどうだ?」

「最近、十分覚えているところですよ」


 というか、なんで庶民の遊びなんだろうな。エリザはそんな疑問を覚えつつも、立場的に断れないことを思い出して深い溜息を吐いた。

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