15話 エリザ、嫡男様と王宮へ

 初めて足を踏み入れた王宮は大きく、どこもかしこも煌びやかで落ち着かなかった。


(そして、見られている視線が大変気になる……)


 ただの治療係なのに、ラドフォード公爵とジークハルトと同じ馬車に乗せられたせいだろうか。


 王宮で降りる時、好奇心いっぱいの視線を向けられて胃が痛かった。


 治療係になったという一件は、既に大きく広まっているようだ。歩いている最中もずっと、刺さるような視線を覚えていた。


 黒い異国のマントコートに加え、真っ赤な髪と目もかなり目立っている。


(いつも通り外を歩く時みたいにフードを被りたいけど、さすがに警備万全な王宮でそんなことできないしな……)


 【赤い魔法使い】の正装だと思われているのか、警備を通る際にマントコートを取るようにとは言われなかった。


 ただ『あなたがいた国では、他の魔法使いもその恰好を?』とは不思議がられた。


(そして……とくに気になるのは、斜め前)


 エリザは、高い位置で揺れる栗色の髪の後頭部な眺めた。


 到着してからと言うもの、ジークハルトは父の横で、王子様のような優しい微笑を浮かべて完璧な社交をしていた。


(すごい猫かぶりだ)


 事前にルディオやラドフォード公爵からも聞いていたが、『誰だこいつ』と思わざるを得ない。


 歩きながら、二人は挨拶に追われて笑顔で忙しそうにしていた。


 エリザは何もできることがなくて、ただ二人の少し後ろを同行する。


 怒涛の挨拶攻撃をかわして会場を進んだのち、ようやく一息つけることになった。


「陛下に挨拶をしてくる。待っていてもらえるかな」

「はい」

「さ、ジーク、行くよ」


 エリザは一時待機で、料理コーナーで二人と別れた。ラドフォード公爵とジークハルトをいったん見送り、軽めだった昼食を補うように料理をつまんだ。


 演奏が続く広い会場内では、多くの貴族達がダンスや談笑をしていた。


 女性達は美しいドレスや宝石で身を飾り、男性達もまた煌びやかな場に相応しい上等な恰好を決め込んでいる。


(なんだか異世界みたいだなぁ)


 まさに、場違い。


 エリザはそんなことを思いながら、壁際で皿を片手に料理を食べ進める。


(この中にルディオも普段からいるのが、いまだ信じられない)


 少し前まで、【死の森】の家に通ってきていた気さくな友人を思い返す。彼も参加しているらしいが、まだ姿は見掛けていなかった。


 料理は、どれも一級品でこってりとした味のものも美味しかった。


 とくにチョコレートを使ったケーキが気に入った。


(うん、あとはケーキで埋めよう)


 貴重な甘味だ。エリザはまだジークハルト達が戻らないのをいいことに、調子に乗って料理の並ぶテーブルと壁際を往復した。


「失礼、ミスター? あなたが【赤い魔法使い】だろうか? ラドフォード公爵家の、臨時の専属医になったと聞いたもので」


 別のチョコレートケーキを口に頬張った時、声をかけられた。


 そちらへ顔を向けてみると、三十代後半ほどの紳士がいた。ダークブラウンの髪を軽くセットしていて、茶目っ気の窺える楽しげな鳶色の瞳をしている。


(臨時の専属医、ねぇ)


 ジークハルトの女性恐怖症は、関係者以外には伏せられている状態だ。


 治療係だとは公言はできないので、そのような説明になっているらしい。エリザは、口の中にあったチョコレートケーキを飲み込む。


「はぁ。私が【赤い魔法使い】で、専属医の〝エリオ〟です」

「『エリオ』という名前で活動していらっしゃるのですね。では、私もそう呼ばせていただきましょう」


 そう述べた彼が、熱い胸板に手を添えて言う。


「私はハロルド・ミュンゼン、爵位は伯爵。ジークハルトの上司で、第一宮廷近衛騎士の隊長になります。どうぞ、ハロルドとお呼びください。貴殿の話は、常々ジークとルディオから聞いています。随分愉快なお方だ、と」


 彼は〝事情〟を知っている側だったようだ。


(まぁ、こんなに人が多いところでは言えないよな)


 随分大きなハロルドを観察する。面白げに目を細めてくる彼の眼差しに、慣れず身じろぎした。


「えっと、敬語は不要ですミュンゼン様」

「私のことは、ハロルド、とお呼びください」


 騎士のごとく例をされ、エリザは「ええぇ」と戸惑いの声をもらした。


「あ、あの、どうぞ気楽に話してください。恐縮してしまいます」

「うちのジークが世話になっていますと、強い魔法使い様をそのへんの若造扱いはできません」


 やはり、魔法使いを尊敬する思考もそうさせているらしい。


 ついでに、普段の様子を聞けるチャンスだ。


 エリザは、空になった皿をテーブルに置いた。礼儀として口も拭ってから、改めて彼と向かい合う。ハロルドは笑顔で待ってくれていた。


「その、もしお時間があるのでしたら、少し職場でのジークハルト様について教えてもらってもよろしいでしょうか……?」

「もちろんです。少しでもご協力できればと思い、会いに来ました」


 なんとできる男だろうか。


 近衛騎士隊長の頼もしさに、エリザは目をついきらきらさせてしまった。彼が「ぷっ」と噴き出した。


「ああ、失礼。ルディオから聞いた通り、素直なお方らしいと分かったので。そうですね、ジークは非常に優秀な部下です。剣術で彼に勝てる奴もなかなかいません」

「その腕も買われているんですね」

「彼は王太子の護衛についたのち、直々に腕と頭脳を買われて、専属の護衛騎士に抜擢されたのです。私も誇らしいです」

「……例のことを除いては?」

「……まぁ、そうですね。姫も一緒に護衛させるには難しいですね」


 ハロルドが口元に拳を添えて、小さな声で言った。


 周りの賑やかさに声を潜めて、彼は『その欠点があったとしても、優秀という評価に変わりがない』ということを教えてくれた。


 困ったのは、屋敷と同じく女性使用人も〝だめ〟であることだ。


 ジークハルトは、一人で数人の護衛力と戦力を発揮する。殿下と共にいる際に姫も護衛できれば心強いのだが、その場合はハロルドと他の隊士達も付くようだ。


 女性恐怖症であるせいで、一部支障が出る業務はあるらしい。


(治ってくれれば、と彼を含めみんな思っているんだろうなぁ)


 エリザは、彼が全面的に協力的なのも納得した。


「お話を聞かせてくれて、ありがとうございます」

「いえ、お役に立てたのなら良かったです」

「ついでに、これはジークハルト様には関係のないことなのですが、もう一つ教えてもらってもいいですか?」


 時間が大丈夫か心配になって、確認した。


 ハロルドは目を小さく見開き、それから「ええ、もちろんです」と答えてきた。


「私に答えられることなら、なんなりと」

「実は、入場してしばらくすれば落ち着くかなと思っていたのですが、いまだに結構な方の視線を感じていまして……専属医がここまでついて来るのは、やはりおかしいのでしょうか?」


 するとハロルドが、察したように笑った。


「いえいえ、おかしくしはないですよ。護衛に強い魔法使いをされている者もいます。ただ、公爵家の専属医は特別ですからね」

「特別?」

「ジークは、世間的に『原因不明の魔法具の誤作動の影響で、身体に不調が出る』ということになっています。専属医を設けているのは、今のところラドフォード公爵家だけです。次の人物がどんな者なのか、興味があるのでしょう」


 とすると、しばらくは『専属医』としても注目を集めてしまうようだ。


(赤髪と赤目でも、元々悪目立ちしていたから)


 見られてしまうことについては、諦めるしかなさそうだ。フードを被れば視線も気にならない。

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