7話 エリザとルディオと嫡男様の話し
本日も、エリザは普段と同じく魔術師団のマントコートに男性衣装だった。
五分五分で性別を間違えられるほど、貧弱で色気のない身体をしている自覚はある。
(そもそも対面だけで見破られたのなら〝治療〟は無理)
事前に公爵側とは話し合っていた。相手のジークハルトが受け入れてくれるか分からないので、詳細については彼が大丈夫なら面談を進めて本人から聞く予定だった。
エリザは、彼がどれほどの女性恐怖症かは知らないでいる。
性別が勘付かれて拒絶されるようなら、ここで辞退すればいい話なので心構えは楽だった。
なのに、ルディオの方が緊張しているみたいだ。
「……えっと〝彼〟が〝エリオ〟なわけだけど……どう?」
なんだかルディオがあやしまれそうな感じで確認する。
(どうしても私を引っ張り込みたいわけかな?)
そんなことを思って、腕を組んでじろりと目を細めた時だった。
図星だったのか、ルディオが視線を最大にまでそらした。すると彼に引き起こされたジークハルトが、こちらを見て安堵の息をついた。
「はじめまして、僕はジークハルト・ラドフォードです。どうぞ入ってください」
まったく違和感を抱かれなかったのか、入室を促された。
近衛騎士で、一つ年上の公爵令息から敬語を使われるのが慣れない。
この国は、身分に関係なく強い魔法使いを特別視するところがあった。医者と同じく先生扱いなのかなと思いつつ、エリザは足を進める。
(近付いたら異変が起こるかも?)
そう思いながら、三脚用意された椅子の一つに腰かけた。
美しい円卓を挟んで、ジークハルトが向かいに腰を下ろした。間の椅子にルディオが続く中、ちらちらとエリザを見てきた。
(なんだろう……警戒は抱かれてないみたいだけど)
どちらかといえば、子犬が初めて見る人を見ている感じがある。
すると、タイミング良くセバスチャンがティーセットを運んで来た。テーブルに三つ紅茶を置くと、彼は表情を崩さないまま転がった扉を踏み越えて出ていった。
「エリオ、蜂蜜は要るか?」
気をほぐそうとしたのか、ルディオが先に紅茶へ手を付けながら言った。
「そうだね。少しだけ頂こうかな」
蜂蜜は高価なものだ。少し糖分を摂取しておこうと考え、久しぶりにそれを入れる。
その慣れたようなやりとりで友人同士だと納得してくれたのだろうか。
ジークハルトが肩からゆっくりと力を抜いた。砂糖も蜂蜜もなしで紅茶を口した。
「プライベートなご事情ですし、私は事前に詳細は聞いていません。どうして女性が怖いのか、改めてこの場でお話いただくことは可能ですか?」
そう告げると、ジークハルトが少し驚いたようにエリザを見た。
どうしてそんな反応をされるのか、彼女は不思議に思ってきょとんとする。
「あっ、いや、なんでも」
歯切れ悪く言いなが目をそらしたジークハルトが、ティーカップの中を見つめて悩むような間を置いた。
「女性恐怖症になった原因、で思い当たることと言えば……」
やがて、彼が困ったように秀麗な眉を寄せて話し始めた。
貴族が早々に婚約者を決めてしまうことは珍しくない。公爵家嫡男である彼も、物心ついた頃から、身分と歳が合う令嬢と顔会わせの機会をよく設けられていた。
ジークハルトの美貌は、幼い頃から異性を惹きつけまくったようだ。
令嬢達の場に出されるたび、「結婚して欲しいですわ!」「わたくしの夫になってくださいませ!」と熱烈なアピール合戦が繰り広げられた。親の目がなくなると詰めてきて目の前でバトルされるものだから、彼は何度も倒れたという。
(それ、本当に四歳から七歳の子供なの?)
話しを聞きながら、エリザはそう思ったりした。
回想するジークハルトは話すことに集中していたので、幸いにもエリザの呆れたような表情に気付かなかった。
「外に出ると恐ろしい黄色い声を上げて騒ぎ立てられ、僕の意見も関係なく、女性達の喧嘩が始まります……」
そして七歳になった頃から、ジークハルトの苦難は加速する。
身体付きが大人になり始めた少女達からも、言い寄られるようになったのだ。
まるで強烈なフェロモンでも振りまいているかのようだった、というのは貴族令息としてそばで見ていたルディオの感想だ。
声をかけてくるだけでなく、女性達はアピールすべく腕に手を絡めたり、必要以上に身体を触られることも増えた。
そして、女性への恐怖が決定的になったのが、日々の精神的な疲れから体調を崩した頃に起こった一つの災難だ。
「……年上の大人の女性に、何度か押し倒されてしまうということが起こったんです」
そのうちの数人は、公爵邸に入ったばかりのメイドと教師だった。彼女達は仕事の立場を利用し、幼いジークハルトに夜這いをかけたのだ。
「うわぁ、それはトラウマになるわ……」
エリザは、思わず同情の眼差しを向ける。
同じ感想を抱いた顔をしつつ、ルディオがテーブルの下で彼女の足をつついた。
「いつも誰かが飛び込んで助けてくれたのですが、口を押さえられて、もう駄目だと思った時もありました」
ジークハルトは膝の上で拳を握りしめ、青い顔をテーブルに向けていた。思い返すだけでも恐ろしいと震え上がっている。
そんなに超絶天使な容姿だったのだろうかと、エリザは想像する。
目の前の美しい騎士を見ていると、そんな印象が一切ないのでイメージが付かない。
「それ以降でしょうか。女性を見ると当時の恐怖が蘇るように、震えと吐き気が起こり、少しでも触られると蕁麻疹が出て、気絶してしまうようになりました」
とにかく、彼には同情しかない。
(……でも、やっぱり立派な〝騎士〟だしなぁ)
身体はしっかり鍛えられていて、軟弱な細さというイメージはない。副隊長への昇進が確定していて、周りの者達からも騎士としての腕は信頼されている。
感情が爆発した時には、ルディオが同僚と抑えにかかっても無理だとは聞いた。
(とすると……根性の問題かな?)
エリザは、扉をすぐに開けてもらえなかったことから失礼にもそう思う。
もう何も怖がる必要はないのに、幼少のトラウマで『自分には無理だ』と思っているのか。
だとするのなら、それを乗り越えれば問題ない気がした。
(それが成功していないから、私にまで回ってきたみたいだけれど)
正直に言うと、面倒臭い。
エリザは、向かいで小さく震えている美貌の騎士様を見つめた。将来に響くような失態をさせるなとルディオが付けられていることを考えると、そこには巻き込まれたくないと思う。
(いや、私は専門家でも魔法使いでもないから分析なんてできないし。できるのは話をするくらいであって、この一回会うだけでいいわけで)
ひとまず、今のところジークハルトが〝診察の面談〟から逃げ出すような気配はない。
与えられた役目を果たすべく、彼が紅茶で一息つくのを待ってから尋ねる。
「ジークハルト様、質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、構いませんよ」
彼が落ち着いた口調で答えてきた。疲労した微笑を返した彼を、ルディオが興味深そうに横目に見た。
(なんだろ? 気になるな)
とはいえ、こちらはまず彼の状況把握を進めよう。
「まず症状についてですが、見えている女性が近づくと、どうなりますか?」
「耐え難く逃げ出したい心境になります。昔から助けてもらっているメイド達であれば、その、近付かなければ見るだけは平気なのですが……」
「じゃあ、相手が見えない場合は?」
「僕は軍人として気配を感じ取れますので、近くにいられると症状が出ます。たとえ僕自身が目隠しをされていても同じです」
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