034●第五章⑥コレクターとお子様を免罪せよ!

034●第五章⑥コレクターとお子様を免罪せよ!



「あ、それがあったなぁ。さすがに対象が戦争となると、十三種の罪の中には収まらないね。それに、その免罪符が欲しくなる人物は為政者とか将軍とか、ごく少数のエリートに限られてしまう……わかった、これは特別に、スペシャルエキストラカードとして四種類ほど発行しよう。“開戦の罪”、“敗戦の罪”、“捕虜虐待の罪”、“大量虐殺ホロコースト”の罪……」

 そこまで喋って、我輩は黙った。しばし考えて言い直した。

「これは、違う。宣戦布告して戦争をおっぱじめた人間は、その結果に対して、命と引き換えに責任を取るべきだ。戦争の途中で和平する努力を怠り、結局敗けて国土と人命を失わせた為政者と軍人も、命と引き換えに責任を取るべきだ。捕虜虐待や大量殺戮ホロコーストの首謀者も同様で、地獄に落ちるべきだ。エリシン教の神様は一柱ひとはしらたりとても、“戦争の罪”はお許しにならない。そこに免罪符の介在する余地は全くないだろう」

 シェイラも深くうなずくと、「人の生命に直接影響する罪……暴行、傷害、殺人もそうであるように思えますが」

「その通りだね、戦争の罪に加えて、暴行、傷害、殺人も、免罪符の効能から除外しよう。正当防衛なら罪を免れるが、それは信仰でなく法律の分野だ」

 しかしそこで思いついた。

「シェイラ、ひとつ希少なスペシャルエキストラカードを、別途に発行しよう。裏面は死神スメルトがケタケタ笑っている、それだよ、ジョーカーだ、サドンデスのドボンカード。“金、銀、銅、木”の四バージョンのすべてに低確率で紛れ込ませる。そいつを引き当てたら、これまでの免罪ポイントは完全消滅でパーになる!」

 きゃっきゃっとシェイラは笑った。

「悪魔の高笑いかそれは」と俺はなじった。

「だってバカみたいですもん」とシェイラはお腹を抱えながら、「せっかく罪を免じる免罪符インドゥルゲンティアが免罪を取り消して罪を戻してやるなんて、まんま、悪魔の悪戯いたずらですわ。そんなカードが混ざっていたら、本来の免罪符を誰も買わなくなりませんか? 当たったら怖いですし」

「かもな」と我輩は苦笑して、「しかし免罪符とは、全体で大規模な人生ゲームを形作るものでもある。人生にはサドンデスのドボンがつきもの。それに希少なカードは、それだけで価値が出る。ドボンカードの素材は金の薄板とかにして、あらゆるカードの中でそれ自体の経済価値が最も高いものにするんだ。免罪符が世界に普及すれば、不幸を引き当てても欲しがる変人はいる。入手しにくいレアカードとして、大金を積んで取引されることになるだろう」

「免罪符の転売ですか!?」

「人類はコレクターだ。何かを集めて生きている。免罪符もそうなるように仕向けるのさ。実際、転売人てんばいヤーが群がるようになれば、カードの付加価値が暴騰する。教会は建前上、転売不可と叫ぶだろうが、誰も転売行為をやめない。法律で禁止していないからね。しかしそうなったとき、一番儲けるのは、カードの発行胴元である教会の方なのだ。教会のシークレット・エージェントが偽名を使って転売市場に参入すればいいだけさ」

「猊下! ワガ様! 最高に大好き!」

 しゅっと繰り出される美魔女の愛がこもった肘鉄ひじてつを、サッと身をひねってかわす。だんだん要領がわかってきた。といっても相手は熟達の魔女、それなりに手加減してくれたから身をかわせるのだが。

 するとシェイラは我輩に飛びついて抱きしめる。耳元でささやく。

「免罪符、超ベリーGOODですわ! 大儲け間違いなしです!」

「おお、チョベリグー、前々々世あたりで聞いたことがあるような、誠にめでたい死語であるぞ」

 超人的ナイスバディの美魔女とみっちりハグする肉体の愉悦を存分に楽しみながら、思った。

 それにしてもまあ、カネ儲けの話になるとどうしてこんなに男と女はテンションが上がるのだろう。

 まあ、おカネのことだけでなく、この免罪符プロデュースの打ち合わせで、シェイラとの親密度が猛烈に上昇したことは確か。

 それは、信頼関係。

 なるほどな、これは二人の悪だくみの共有、すなわち悪事の共謀。

 共謀するとは、お互いの信頼を確認することなのだ。

 二人の心の絆は、免罪符のプロデュースでガッチリと固まった、夫婦みたいに。

 そういえばそうか。

 夫婦ってのは、男と女の共謀関係を契約化したものにすぎないのだ。

 で、夫婦となれば、子供だな。

 もちろん、子作りの話ではない。

「でさ、免罪符の“お子様マーケティング”なんだけどね」

「免罪と子供って、なにか関係があるのですか?」

 シェイラが驚くのも無理はない。そこで説得する。

「子供ってのは純真無垢で罪がないからね、それはそうだが、免罪符はお子様にもドチャメンコとお買い上げいただきたい」

「罪なき子供に免罪符を売りつけるのですかァ? それって、フツーにかなり猛烈に罪深い行為ではありませんか?」

「もちろんそうだが、免罪符に別な用途を植え付けるだけのことだ。しかし今まで話をしたのは“第一次免罪符”のことだよ。免罪符って、ドーンと一回発行しただけで終わると思うな。このムー・スルバには春夏秋冬の四季がある、季節が変わるたびに免罪符の裏面のキャラや背景のデザインを気候風土に合わせてリニューアルして、第二次、三次、四次の免罪符カードを発行するのだ。“金、銀、銅、木”の四バージョンで計52枚の免罪符が“第一次発行分”とすると、春夏秋冬で計四次分となり、エクストラのドボンカードを除いても、合わせて208枚。そして人類はコレクターだ。これは集め甲斐がある。そして子供だって例外なく熱心なコレクターだよ。子供のお小遣いで買える“もく”バージョンのカードも、四次発行まで来ると52枚になる。すると……」

「すると……」と、シェイラが身を乗り出す。

「コンプリートすればカードゲームが成立する。子供たちは安物のカードから最高の利用価値パフォーマンスを引き出す天才だ。免罪ポイントとキャラのスペックを組み合わせて独自のカードランキングを編み出して、対戦ゲームやメンコゲームや、合わせ札の花札ブルーメンカルテ風のゲームに発展させるだろう、そのきっかけを作る小細工として……」

 我輩は手を出して、握り、二本指のVサインを出し、五本の指を広げて見せた。

「インジャンホイですか?」とシェイラ。

「そうか、ムー・スルバではジャンケンポンでなくインジャンホイか」

「他の国ではどうか知りませんが、エリシウム公国ではそうです。西部地方の田舎の方言が一般化したものですわ」

「それだよそれ、“木”バージョン52枚の免罪符の裏面を飾る、魔物と正義のキャラクターのいずれかの手で、インジャンホイの三種類のシグナルのどれかをさせるんだ。子供たちは実に目ざとい。すぐに意図を理解して、お互いの免罪符カードでインジャンホイをやり始める、そこから始まって、様々なゲームバージョンが派生していくだろう」

「なんと! 免罪符を子供の遊び道具にしてしまわれるのですか。でも、それでしたらルールブックを作って出版しなくてはいけませんね」

「その必要はない、大人が指図する分野ではないし、教会が主導して良からぬ遊びを教えていると思われたくないからね。子供たちは賢い、すぐに独自の遊戯ルールを確立する。それが正しい道だ。どうして正しいかというと、子供たちのゲーム文化として免罪符が定着すれば、大人たちは免罪符文化を肯定せざるをえなくなるからだ」

 そして、おもむろに結論を述べた。

「免罪符の発行は一見して銭ゲバな罪深い行為だ。しかし純真な子供たちが、遊びのためとはいえ免罪符を必要とするようになれば、世の大人たちは免罪符を容認し、来年のお正月のプレゼントに免罪符セットを買い与えるであろう。免罪符は天使のような子供たちを楽しく慰めているではないか……とね」

「おお、チョベリグーな枢鬼卿すうきけい様!」

 歓喜丸出しで小躍りするシェイラ。

 今度こそ彼女の札束愛マネーラブ肘鉄ひじてつをスパッと鮮やかに避けることに成功したので、我輩は満足して宣言した。

「“集めて遊んで祈るコレクト・アンド・プレイプレイ”……これこそエリシン教免罪符がこの社会に生み出す、新しき文化なのだ!」

 シェイラはまるで神様に対するかのようにひざまずくと、こうべを垂れて重々しく述べた。

「猊下、ここで大きなお詫びがございます」

「おあずけっ!」

「猊下、おっしゃるのが一秒ほど早すぎます……」

 背中を見せて鞭を差し出すタイミングを失った美魔女は仕方なく、ぼそぼそと懺悔ざんげめいた詫びごとを繰り出し始めた。

「免罪符のことではなく、あたくし、猊下を物凄く欺いておりました……」



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