105話 LIMBUS(リンバス)

 走る俺の網膜ディスプレイ上に、拡張現実ARのグリーンのホログラムが浮かぶ。


【 跳躍Jump!! 】


 WABIちゃんが網膜ディスプレイに現れる。


「崩落の可能性は65%ですが、他にルートはございません!!

 目の前の鉄骨に飛び移って下さい!!!」


「分かった!!」


 俺は飛ぶ。


 目の前の鉄骨に飛び移る。


 ゆらりと揺れる。


片膝をついてバランスを取る。


しかし、すぐに走り出す。


「カンカン」というブーツの音が俺を追う。


 下を見ると12mほど下に瓦礫の“奈落”が見える。


そこから伸びた太い支柱に支えられたH形鋼の上を、俺は走っている。


幅は1mも無い。走る度に足場がたわむのが伝わる。



 ふと視線だけ動かして上を見る。


シノブとココロが相変わらず死闘を続けていた。


 「好都合か?」と言えば、そうだ。


逆に今2人に気付かれるのはマズい。


災婆堕天使サイバーインキュバスの織姫ココロが、俺を殺そうと襲ってくるかもしれないからな。



 そんな事を考えていると、美少女二人の間でキラッと何かが光った。


俺はとっさの勘で、その場に伏せる。


 ほぼ同じタイミングで轟音が俺の頭の上を通り過ぎた。


熱が肌を焦がす。


 しかし俺は、視線を動かす間も惜しんで走り出す。


同時にすぐ近くで爆発音がした。


粉塵が、走る俺を追い越し、視界がグレイ一色になる。


 網膜ディスプレイのWABIちゃんが言う。


「視界確保のため、網膜ディスプレイに赤外線レイヤーを追加します!!

 粉塵が無くなった訳では無い点、ご留意下さい!!」


 一瞬ノイズが走った視界は、途端にクリアになる。


 同時に俺は気付いた。


「クソッ!」


俺が走っている鉄骨の先が無い。


あと数メートルで途切れる。


 その先には、5m・・ほどの底無しの暗闇が広がっていた。


グリーンのラインは、その向こう側の崩壊した壁を指し示していた。


 だから俺は苦笑いする。


「目の前に5mちかい穴……。

しかし俺の走り幅跳びの最高記録は……4m80cm。

 ギリ届かないんだが??」


 しかし無情にも、俺の嘆きを無視するかのようなホログラムが浮かぶ。


【 跳躍Jump!! 】


 とにかく俺は「考える前に」……いや「恐怖が立ち上がる前に」、全力で踏切って飛んだ。



 身体が宙に浮く。


アドレナリンが沸騰して、周囲の音が小さくなる。



 廃墟の隙間から風が吹き上がってくる。


巻上がった着物の袖が、俺の視界を塞いだ。


「邪魔だッ!!!!!」


 俺は自分の着物を破った。


ボロボロの布切れになった着物は、突風で吹っ飛んでいった。


しかし俺は構わず右手を目一杯に伸ばす。


 壁まであと1m……。


 もっと右手を伸ばす。


恐怖で全身の毛が逆立つ。


 走馬灯のような物を押し込めると……夢で見たホノカの笑顔が浮かんだ。


 そしてそれは、シノブの笑顔にも似ていた。


俺は“笑顔“を追うように手を伸ばす。


 右手に鉄骨の確かな感触が伝わる。


落下寸前のギリギリで、コンクリート壁から突き出た鉄筋に、なんとか捕まった。


ブーツを踏み込み、急勾配となったコンクリートの壁で姿勢を保持する。


「なんとかなった……か?」


 と少し安堵した視界に、瞳を赤く発光させたSABIさびちゃんが現れた。


「こんなところに居たのね!?

ナユタッ!!

 私をたぶらかして!!ブッ殺してやるんだからッ!!」


 コアも赤く発光させたSABIちゃんは、明らかに普段とは雰囲気が違っている。


『い、意味がわからんが……なんかヤバいぞ!?』


 ……と思った俺は思わず振り返る。


そうすると、上空の織姫ココロと俺の視線が合った。


 TSした水色ツインテールのココロは、妖しくもゾッとするような笑顔で一瞬ほほえんだ。


『こ、これはヤバい!!とにかくヤバい!!!』


 慌てて俺はコンクリートの壁を蹴り上げる。


身体を右手だけで、必死に持ち上げる。


 紫色のホログラムが浮かんだ。


【 夜神ニュクス接吻せっぷん 】


 織姫ココロの手と首の金色の鎖がもの凄い勢いで伸びて、こっちに向かって来る!!


「うおおおおおおおお!!」


 足は滑るが……しかしブーツのお陰でなんとか「壁の上」を走れそうだ。


俺は中腰の間抜けな格好で、壁を必死の形相で走る。


 すぐ後ろに爆裂音が迫って来る。


必死で走る。


「おおおおおおお!!!!」


さらに轟音と爆音が押し寄せて来る。


振り返るな!!俺!!


一瞬の油断で、死ぬぞ!!!


 もはや怖いってもんじゃ無い。


生きているのを後悔するレベルだ。


「ぬわああああああああ!!!!!」


無我夢中で走る。


しかしついに足元の壁の全てが、爆発した。


「うがッ!!!!」


 背中に巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が伝わる。


 目の前が真っ白になる。


音も消えた。


『死んだ??いや間違いなく今度こそ死んだ!?!?』


 と思った俺だったが……衝撃と焼けるような痛みが肩に伝わり、自分が死んでいない事が分かった。


 廃墟の上を滑る裸の上半身が、激しい摩擦で痛めつけられる。


「あだだだだだだだだ!!!!」


 『このままでは大根おろしになってしまう!』と思った俺は、壊れた義腕で体を支え、転がる勢いを止めた。


視線を必死で動かし、自分のボロボロの五体が無事なのを確認して、俺はちょっとだけ安心した。


 ふたたびSABIちゃんが現れる。


その緑のツインテールのロリ顔は、やっぱキレていた。


「ナユタのクセに生意気っ!!

よくもココロの『金縛きんばくの鎖』を避けたわね!!」


 俺は流石にツッコむ。


「無茶言うな!!

避けないと死んでいただろ!!??

 ていうか……『緊縛きんばくの鎖』だって……?

やっぱそういうプレイのつもりだったのか……ココロは……」


 WABIちゃんがSABIちゃんと入れ替わりで現れる。


「ナユタ様!!!

 この先20mの瓦礫の山まで退避して下さい!!

あの場所なら、なんとか織姫ココロ様の攻撃を避けることが出来ます!!」


 それを聞いた俺は、走り出しながらもWABIちゃんに礼を言う。


「助かる!!

 やっぱWABIちゃんは俺の味方なんだな!!」


 WABIちゃんは、いつもの美人笑顔で言う。


「もちろんでございます。

今ナユタ様がお亡くなりになってしまっては、元も子もありませんので」


 WABIちゃんのそのセリフには、かなりの違和感を持ったが……とにかく今は、それどころじゃ無い。いつココロの鎖が飛んでくるか分からないんだ。


 だから、とにかく走って瓦礫の山まで退避しようとした俺だったが……「地面から生えた腕」に掴まれて、全力でぶっ倒れた。


 ヤバい角度で顔から落ちた俺は、ヤバい感じの声を発してしまう。


「ぐがべッ!!!」


 『次から次になんなんだ!?』とツッコむ暇も無く、俺は自分の足を掴む存在に肝を冷やした。


俺の足を掴んでいるのは、タスクフォースのゾンビだった。


 何がどうなってるのかすら分からないが、床の割れ目から這い出たゾンビは俺の脚をつかみ、黒い頭蓋骨の奥で目を光らせてる。


 そんなゾンビ達が床を突き破り、次々と這い出てくる。


 全員がこっちを向いて不気味で、なおかつ完璧な敵意がうかがえる。


「やばいやばいやばいやばい!!」


 ピンチの連続過ぎる!


 危機一髪の大売り出しのバーゲンセールだ!!


「しつこ過ぎるぞお前ら!!どこまで追ってくるんだ!?!?」


 と言った俺は、足を掴むゾンビの頭を拳銃で3度撃った。


体制が維持できず手元が狂い、2発の弾丸が明後日の方向に飛んでいく。


拳銃のスライドが開く。残弾がゼロになってしまった。


 その間にもゾンビの手は、俺の脚を強く締め上げ、ふくらはぎの骨が「メキメキ」と悲鳴を上げる。


「いだだだっ!!!

 クソ!らちが空かない!!」


 今は死ぬ訳にはいかない。


愛する女シノブの為に通信アンテナを破壊しなければならない。


つまり……迷ってる場合じゃないんだ!!


 俺は拳銃を投げ捨てる。電脳刀サイバーカタナの鯉口をきる。


電脳で、”例の奴“を発動させる。


【 久遠多無クオンタムモード起動 】


 網膜ディスプレイのUIが赤く染まり、【ナユタ様の魂の残量 /// 79%】と表示された。


 カタナケースツバの隙間から、まがまがしい赤い光がまぶしく漏れる。


 俺は電脳刀サイバーカタナを抜き放ち、横に払った。


「ぶおん」とうめく光刃レーザータマハガネは、バジェラ合金の首を豆腐のようにで斬った。


残心ざんしんが赤い軌跡をえがき、光刃レーザータマハガネは「きいん」と残響した。


 頭蓋ずがいが無くなったゾンビの締め付ける手が弱まる。


すぐに俺はゾンビのむくろ足蹴あしげにして、立ち上がる。


 UI上の文字が変化する。


 【ナユタ様の魂の残量 ///79 → 59%】


 見た瞬間、全身に冷や汗があふれた。


「……俺の人間性がまたしても20%喪失した……。

 コスト高過ぎないか?チート暴力」


 しかし今は構っていられない。


右手で電脳刀サイバーカタナを正眼に構えた俺を、4体のゾンビ達が取り囲んでいたからだ。


 そして、ジリジリと俺とゾンビ達の間合いが詰まり始めたとき……空間を裂くようにピンク色のホログラムが浮かび上がる。


【 災婆魚雷サイバーギョライ 】


 同時に4体のゾンビ達が爆散する。


 刀を持った右手で、とっさに顔を守る。


 直ぐに爆煙はおさまる。


ゾンビ達の色んな物が飛び散り、辺りはさらなる地獄の様相を呈しているが……ともかく助かった。


 すぐに、 紺色のふんどしのシノブの声が聞こえる。


「ココにゃんッ!!!!

ついでにナユタをっちゃおうとしたでしょ!?!?

 マジでふざけ無いで!!

ナユタが死んだら何もできなくなっちゃうじゃない!!

 てか、まじでくそ邪魔なの!!

ナユタといちゃいちゃしたいの私!!!!」


 白色の股間スク水の、ココロが答える。


「残念だがしのぶくん。

あたくしの被虐趣味にNTRは含まれ無いんだ。

 あたくしが殺し合いたいのはしのぶくんだけだ。

だから……“邪魔な羽虫“は潰すに限るだろ?」

 

 それを聞いた俺は……『ココにゃん?羽虫を潰すとか、TSしたとは言え物騒過ぎませんか?』と思ったが……しかし彼女(彼?)の言うとおり「危機一髪の死にゲー」はまだ継続中だ。


俺は二人の美少女から目を引き離して、急いでWABIちゃんの言っていた廃墟の物陰に隠れる。


 そして荒い息のまま、網膜ディスプレイのWABIちゃんに愚痴る。


「は、走って飛んでのクソゲーに加えて、ゾンビの襲撃に、ココロの『緊縛の鎖プレイ』、そして削られる俺の魂……俺の命の価格はどんだけ安いんだ?

 基本無料か?……」


  しかしWABIちゃんは、どこか嬉しそうに言う。


「ご安心ください。ナユタ様。

お身体がお亡くなりになる前に、魂が量子化すればなんら問題はございませんので」


 若干冷静になった俺は、WABIちゃんの美人笑顔を見ながらもいぶかしがる。


「やっぱWABIちゃんはWABIちゃんで……さっきから発言が“ちょっと“って言うか、“かなり“怖いんだがな……」


 そんな俺の言葉を無視してWABIちゃんは言う。


「しかし……ナユタ様。

 どうなされるおつもりですか?

このままでしたら通信アンテナに向かうどころか、シノブ様のお命すら危うい状況です」


 さっきから思うところがあった俺は、WABIちゃんの言葉に質問を返す。


「やっぱ……そうなのか……?」


「はい。

シノブ様とココロ様の戦闘能力は完全に拮抗しております。

 よってこのまま戦闘が続けば、良くて相打ち……最悪の場合は、シノブ様がご落命される可能性すら考えられます……」


 それを聞きながらも俺は、シノブの様子を眺めた。


 彼女は表情は笑ってはいるが、布面積の少ない衣装の汚れはさらに増していて、肩で息をしているようにも見える。


「やっぱそうか……残された時間はあまり無いんだな?」


「ええ……。

 EQ様の配信の状況も鑑みると……やはり、通信アンテナの早急さっきゅうの破壊の必要がございます」


 俺は、ボロボロになった袴の帯を締め直す。


 そして塵が舞うグレイの空気の中、ぼんやりと浮かぶ通信アンテナを睨みつける。


「やっぱ……『虎穴にいらずんば虎子を得ず』って訳だな……?」


「『虎穴にいらずんば……』?

 どういう事でしょうか??」


 俺は、傷だらけで煤だらけのまま笑顔になり、WABIちゃんに伝える。


「ナユタおなじみで恒例の……『作戦』ってヤツをやろうと思う。

つまり……」


 そして、できる限りの良い声イケボでいう。


「……パンツの時間ってわけだ」


 それを聞いたWABIちゃんは驚きの表情を作ったが、すぐに頬を染め、恥ずかしげで美人な表情になる。


そんな「俺達の最高の二次元嫁」は、俯いて自分のボディースーツの裾をいじりながら言う。


「もう、ナユタ様ったら……。

 でも……

ワタクシの準備は……

いつでもできていますから……」


 そう言ったWABIちゃんのボディースーツから覗くグリーンの太ももは、長くもパツパツで、完璧なエロスをたたえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る