5話 外回り
「アイドルって何なんだ…… ?」
俺は、デスクのモニターと向かい合い、この世の真理に迫る深淵なる問いに思考を巡らせていた。
俺は今、月影シノブのプロデュース方針を考えている。
方針が決まっていないまま彼女に任せていれば、「ちょっと怖い変な配信動画」が出来上がるに決まっている。
だから、まずは根本となるプロデュース方針……つまり、簡単に言うと「アイドル月影シノブのキャラ設定」について考えている訳だ。
その参考の為に、今俺はオオエドシティーのアイドル達の配信を見ている。
俺はモニターの中の美少女達を見ながら呟く。
「姫様アイドル、女子攻生アイドル、侍アイドル、忍者アイドル、芸者アイドル…… それに、仏僧アイドルとか越後屋アイドルとかもいるんだな。
いや、越後屋アイドルってなんだ?」
「楽しそうね?」
と万錠ウメコが俺の後ろから声を掛けて来た。
彼女は、和柄の紺のスーツにタイトスカートに黒タイツのいつもの格好だ。
彼女が屈んだ事で、俺の左腕に彼女の青色のロングヘアーが当たる。微かな香水の香りがした。
「俺は、月影シノブのプロデュース方針で悩んでるんだが… 楽しそうに見えるか?」
と俺は言い、彼女に向かい合った。
彼女は笑いながら言う。
「楽しそうに見えるわ。
だって、モニターの中に可愛い女の子が一杯じゃない?」
それは否定しない。みんな可愛い。
続けて彼女は言う。
「暇だったら、付き合ってくれない?」
「暇じゃないんだが?
この仕事は、いま俺の目の前に居る、所長様、直々の命令なんだが?」
「デスクで悩んでいても答えなんて出ないわよ。
私と外の空気を吸いにいきましょ?」
「年中スモッグのオオエドシティーの空気をか?」
「うだうだ言わないの。外回りも立派な仕事よ。
さあ、準備して?」
と言った彼女は、俺の
そして俺達は、事務所の地下の格納庫に向かう。
アイドル事務所に格納庫?車庫の間違いじゃね?と思う奴もいるかもしれないが、俺は間違っていない。
アイドル事務所の地下格納庫には、銃や刀やロケットランチャーやVTOL《空飛ぶ車》や装甲車がある。さらに屋上には軍用ヘリまである。
ディストピアなオオエドシティーの平和を守る為には、ちょっとした軍隊レベルの装備が必要らしい。
まあ、とは言え、俺もここの装備は過剰だと思う。予想するに多分、所長の趣味だ。
その万錠ウメコは、ヒールの音を格納庫に響かせ、奥に停めてある紫色のスポーツカーに向かう。そして上開きのガルウィングドアを開け俺を手招きする。
この……HOYODA社製GT3000 Type Zは、万錠ウメコの愛車だ。ハッキリ言ってカッコ良くて羨ましい。
彼女が運転席に、俺が助手席に座ったところで、彼女は車のキーを回す。
エンジンが甲高い唸り声を上げ、俺達は事務所を出発した。
新街道2号をしばらく走ったところで、万錠ウメコが俺に聞く。
「仕事には慣れた?」
そう言いながら、彼女はシフトレバーを4速に入れる。彼女の美脚を包む黒タイツは、40デニールだった。
「仕事には慣れたが、業務が多過ぎる。死にそうだ。
それに、軍に居た時は男しかいなかったから、何か落ち着かないな。」
「落ち着かない?そう?
アイドル事務所は美女ばっかりで良いでしょ?」
アイドル事務所には、臨時の職員もいる。格納庫のエンジニアや、サイバーMODのエンジニアや、その他諸々だ。そして、何故か全員が女性だった。
俺は彼女に聞く。
「美女ばっかりって……自分のことも言ってるのか?」
万錠ウメコは首を傾げて笑う。
「さあ?どうかしら?」
ネオン信号機が赤になる。彼女は振動も無くスムーズに車を停めた。
そして、おもむろに顔をこちらに向け、彼女は言う。
「あなたの電脳の超感覚『パンツァー』。
私は信じるわ」
「俺が働き始めて2週間は過ぎたが、まだ信じてくれてなかったのか?」
「シノブはまだ疑っているわ。『プロデューサーさんはパンツが大好きな変態さんですからね。』って、事ある毎に言ってるもの」
月影シノブの俺に対するネガキャンが激しい。
まあ、勝手にスカートをめくる俺が悪いから仕方が無いが。
それと、今更だし、お前達も既に知ってるかもしれないが――月影シノブと万錠ウメコは実の姉妹だ。
俺は力説する。
「俺の変態疑惑について、この際だから言っておくが……女の子のパンツを嫌いな奴なんていない。 世の男の90%以上が女の子のパンツに夢を見て生きてるんだ。 だから、俺は変態じゃない」
「ふふ。そんな事を力説するの? ナユタ君って面白い人ね。
それと、私にその持論を説明しても仕方ないわよ? シノブに直接言わないと」
「月影シノブに説明したら、もっと変態扱いされるじゃないか」
俺をからかうような表情で彼女は、言う。
「女の子に罵られるのが好きなんじゃないの?」
どうやら、俺の変態疑惑はなかなか根が深そうだ。
ネオン信号機が青になる。
万錠ウメコは美脚でペダルを踏み込み、シフトを1速に入れ再び車を走らせる。
「そもそも、一人で6人の暴漢を一瞬で倒すなんて、普通の人間には無理よ。
むしろ、サイボーグやアイドルでも無理だわ」
「だから、俺のパンツァーが本物だと?」
「そうよ。 あの状況を一人で切り抜けるには、特殊な能力が無いと不可能だわ。
だから、私はナユタ君のパンツァーを信じるの」
「意外と、柔軟なんだな?」
「私は柔軟では無いわ。ただ、合理的に考えただけよ」
「なるほど。合理的か」
万錠ウメコは、運転しながら前を向いたまま言う。
「だから、もし何かあった時は、ナユタ君が私を守ってね?」
俺は驚いて彼女に聞く。
「という事は、あんたと二人の時にパンツァーを発動しても問題ないって事か?」
「ええ。そうね。問題無いわ」
「という事は、俺は、あんたのその……パンツを見ても良いのか?」
「必要があればね?」
必要があれば黒タイツ美女のパンツを見ても良いのか?俺は黒タイツ越しのパンツが大好きなんだ!!と言いそうになったが、グッと堪えた。
そんな俺の気持ちを見透かしたように彼女は言う。
「でも、もちろん。私のパンツを見て良いのは必要な時だけよ?
元軍人のあなたなら分かるでしょ?」
「不必要な時に見たら、どうなるんだ?」
万錠ウメコは微笑しながら答える。
「然るべき責任を取って貰うわ」
「責任……?」
「ええ。そうよ。『責任』よ。
社会人として成すべき責任よ」
彼女のその言葉を聞いた俺は、シフトレバーの横の黒タイツの太腿を見ながら、深く考えた。
「責任」ってなんだ? 怖いよ?
俺がそんな感じで、頭の中を煩悩で一杯にしているうちに目的地に着いたらしく、万錠ウメコは車を歩道脇に停め、サイドブレーキを引いた。
車から降りると「電脳街」とネオンで描かれたデカい看板が見える。
当然、今は昼なので灯りは付いていない。
万錠ウメコは言う。
「今日の外回りは電脳街よ」
「悪名高いアキヴァルハラのスラム街だな。
何度か来た事がある」
「ますます心強いわね?
それじゃあ、外回りを始めましょ?」
と言い、颯爽と歩き出した万錠ウメコに俺は付いて行った。
そして、彼女の青色のロングヘアーで見え隠れする、タイトスカートの尻を見ながら俺は考える。
「責任」って何なんだ……?
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