オオエドパンツァー

えいとら

1章 パンツァー

1話 パンツァー1

 突然こんなことを聞いてすまないが……



 あんたは、どんな「死に方」が良いだろうか?



たとえば、歴史に名を残して死にたいだろうか?

たとえば、愛する者に見守られて死にたいだろうか?

もちろん、「特にこだわらない」ってのも悪くは無い。


「生き方」と一緒で「死に方」も十人十色だからな。



 ちなみに、だが……

俺にも希望する「死に方」が、あった・・・



俺の希望の死に方は、つきなみだが……


「畳の上で穏やかに死にたかった」


それ以上は求めないし、それ以下も求めない。


俺は、ただ……無難に生きて、無難に死にたかった。



 しかし、どうやら”千手観音せんじゅかんのん菩薩ぼさつ様”は、俺のそんな「ささやかな願い」すら、拾ってくれないみたいだ。



 なぜなら今の俺は、畳では無く……

アスファルトの上で、仰向けになり、全身から大出血しているからだ。


 つまり今の俺は、誰がどう見ても、もうすぐ死体になる状況だったって訳だ。


 ちなみに俺の横に転がっている――酒瓶や、刀や、偽腕は、すべて俺の物だ。


それらの物は、俺が「キチク芸能者のホログラムトラック」に轢かれた時に、道路に散らばった物だった。



 しかも、ついでに、最悪なことに、今日のオオエドシティーは雨。


さらに加えて、歩くことすらままならない程の“クソ大雨”だった。


だから俺は、雨水と出血で確実に体温をうばわれ、急速に生命の温もりを失いつつあった。



 濡れたアスファルトにまげを押し付けた俺は、中指をたてながら言う。


「ぐぼっ! げぼっ!!

絶対に……けて出てやる……からな……

げほっ!!」


 もちろん、そんな”苦情”がムダな事は、俺だって分かっている。


なぜなら俺は、くだんのホログラムトラックに芸術的なまでの「き逃げ」をされたからだ。



 そんな感じで俺は、


絶望に抱かれ……


無価値で無意味な肉の塊として……


アスファルトの上で、ゆっくりと、しかし確実に……


死んでいった………



—————


————


———



【某所】



「男、29歳。浪人。軍歴あり。

電脳と左義腕以外は生身です。

まだ死んでいません。やりますか?」


「おお!俺コイツ知ってるわ。ウケるんだがww」


「お知り合いですか?どうします?」


「やってみようぜ?これもご縁ってヤツだ。

バズる動画撮れるかもしれねぇしww」


「それでは開始します。

 あ、まずいですね。拒絶反応が凄いです」


「死ぬ?」


「え… えっと… あ。死にました」


「ウケるwww」


「仕方無いですね」


「おもろい企画だと思ったんだが、コイツも捨てるかww」


 そして、真っ白で坊主頭で赤目の男は、悪意を凝縮させたようなひきつった笑顔をつくった。



———


————


—————




【オオエドシティ病院】


 看護師のお姉さんが、平手を振り上げながら言う。


「この!変態男!!」


 彼女はすばらしいフォームで、俺の頬をシバいた。


「いった!!」


 お姉さんの平手打ちは、想像の2倍ぐらい痛かった。


 俺のその様子を見ていた主治医が、ヌルっとした顔で俺に聞く。


「いかがでしたか?

 私の説明……信じて頂けましたか?」


 俺は、頬をさすりながら答える。


「ま、まあ……。

 一応は、信じるしか無いみたいですね……

 俺のこの電脳の…………”フザケタ新機能”」


 


 ここは、オオエドシティ病院の診察室。


確実に死んだと思っていたんだが……実は俺は生きていた。


――どうやって生き返ったのか?


――誰が、ここまで運んだのか?


 いろんな事が分からなかったが、”企業秘密”との事で誰も教えてくれなかった。


「マジかよ!お前の主治医ヤブじゃん(藁)」と、お前たちは思っているかもしれないが、俺もそう思う。


 しかし、仕方がないんだ。

俺のような貧乏人が、オオエドシティーでまともな医者に診て貰える可能性なんて、ほぼ0に等しいからな。



 とにかく、俺の主治医でありヤブ医者である彼は、俺に説明を続けてくれる。


「”フザケタ新機能”だなんて、とんでもない!!

 ナユタさんの電脳は素晴らしい性能です。

 いかがですか?

 医学の発展のために、あなたの電脳を提供しませんか?」


「やめておきます。

 てか……電脳を提供したら俺、死にますよね。

 とにかく、どうにかなりませんか?

 ”フザケタ新機能”を取り除いて欲しいんです」


 そんな俺の答えを聞いた瞬間、担当医はガラッと態度をかえる。


「あっそ。

 じゃあ、電脳手術なら……1億両ですね」


「たっか!!

 実質ニートの俺にそんな額、はらえませんよ。

 ていうか、いくらなんでも高すぎませんか?」


 担当医はめんどくさそうな顔のまま、壁掛けのネオン時計をみる。

18:04だった。


 今の時刻を知った彼は、もっと不機嫌な顔になり、俺に言う。


「実際、困ることってありますか?」


「え?」


「あなたの超感覚”パンツァー”……。

発動するシチュエーションは、あまり無いでしょう?」


「まあ……たしかに、それはそうですが」


「なら、問題ないですね!

 とにかく、私はいそがしいんだ。

メガザイバツに借金があって、1秒でもおしいんです。

 さあ、帰った帰った。」




 そうして俺は、守銭奴でヤブの医者に診察室を追いだされた。



 ため息をつきながら俺は、待合室の椅子に座った。


 今から俺は、アホみたいに高額な、入院費用を支払わなければならない。

ヒノモトの病院のほとんどは、海外の資本を受けている。要するに、ボッタクリって事だ。


 おそらく今回の支払いで、俺のクラウドマネーの残高は0に限りなく近づくはずだ。


「マジで、これからどうしよう……」


 そんな悲壮感満載な俺が、顔をあげると……


壁掛けのモニターの中で、派手な着物のDJが、オオエドシティのニュースをつたえていた——


「電脳ヤクザが旧軍のヘリを手にいれた」とか、

「流行りのアイドルは誰か?」とか、


——そんな感じだった。



 そして俺は、やたらと大きな待合室の窓から、外の景色を眺める。


「タバコ……やめないほうが良かったかな」


 と独り言をつぶやいていると、超高層ビルのあいだに黒光りする物体がみえた。


 ホログラム?


 いや、あれは…


 ヘリ?


 軍用ヘリだ!!!!!


 そして、その軍用ヘリに乗った頭ヤバそうな奴らは俺のほうを向き、いきなりロケットランチャーを発射する。


 俺は考える前に、とっさに、床にふせる。




 爆音。


 空中を舞うガラス。


 弾け飛ぶコンクリート片。


 灰になる受付カラクリアンドロイド


 煙。煙。炎……。




そしてことの、場違いなまでに穏やかなBGMだけが残った。


「ヒャッハあああ!!病院だあああああ!!」


「奪え!殺せ!犯し尽くせえええええ!!」


ヘリからは、瞳孔が開ききった“ヒャッハー”が6人・・、降りてきた。


 そのうち四人が、俺をふくめた客達に銃口を突きつける。


 残り二人の”ヒャッハー”は、滅茶苦茶になった病院内に入っていった。


 病院は、悲鳴で満たされた。


 そして俺の近くにいた女が、理不尽にも撃ち殺された。


だから、俺が居る部屋の客は3人のだけになった。


「大人しくしろよぉ? 大人しいやつからぶっ殺すからよぉ? イヒヒヒ!」


 ここで俺は、「どうしてこんなにツイていないんだ?」と思った。


  ――トラックに轢かれ、

  ――知らない間に電脳をいじられ、

  ――変な超感覚”パンツァー”をいれられ、

  ――ロケランで病院が吹っ飛び、

  ――しかも問題の”パンツァー”は肝心な時には使えない……。


 「この世はクソ」と言わず、なんて言うんだ?

せっかく生き返ったばかりなのに、頭のおかしいヒャッハー達に殺されてたまるか!!


 そんな感じで、俺がキレ始めた時……



 美少女が、飛び込んで来た。


その美少女は、薄紫のセミロングに大きな緑の瞳で、場違いなまでにキラキラのアイドルっぽい衣装を着た美少女だった。


 そしてその美少女は、ピンクのフレアミニスカートをひるがえして言う。


「私は、西奉行所の新人アイドル・・・・・・月影シノブ!!

正義の忍者アイドルとして”御用改め”にまいりました!

あなた達!悪い人はブっとばします!!」


 自信満々のポーズで、その美少女―― ”月影シノブ”は言った。


そして、ポップでキラキラな月影シノブを見たヒャッハー達は、恐れをなして言う。


「クソ! ツイてねぇ!アイドルだ!!」

「ひぃ!アイドルが来やがった!オワタ!!」

「怯むな!コイツ”新人アイドル”とか言ってたぞ!ワンチャン雑魚だ!」


 アイドルが修羅場に登場し、悪人がビビる構図を変に思う人がいるかもしれないから説明するが……


オオエドシティのアイドルは、ただの美少女じゃない。彼女達は戦う。


強い事が彼女達の”存在価値”であり、”人気の秘訣”だ。


 そんな月影シノブは、かなりあせった様子で反論する。


「だ、誰がクソ雑魚アイドルですか!?

 失礼ですね!救援をよびますよ?

 あわよくば、援軍もよびますよ?」


 彼女はそう言いながら、しかし、細い足はプルプルと震えていた。


 これは、マズイ。

新人アイドルの彼女は、どう見ても戦い慣れしていない。


 そう思った俺は、ヒャッハー達に気付かれないように匍匐前進ほふくぜんしんで、彼女の足元に近づく。


そうすると……

彼女のフレアミニスカートの下に、眩しいまでにきめ細かい肌の太腿が見えてきた。


これが世に名高い、絶対領域と呼ばれる聖域だ。


 『もう少しだ……。

  あと、もう少しで……

……”見える”!!』


 しかし最悪のタイミングで、ヒャッハーが1人、俺達の部屋に戻って来た。


 マズイ!! 状況がより悪くなる!!!


「なんだぁ? 女の声が聞こえなかったかぁ?犯されたいのかぁ?」


 ヒャッハーの声を聞いた月影シノブがふり返る。

その瞬間、フレアスカートは良い感じにひるがえったが……

……しかし!”見えない”!!


「その声!他にも悪い人が居るんですか!?」


 と月影シノブは言いながら、俺から遠ざかる。


 クソ!!!

その角度と距離じゃ全然ダメだ!!!


 もっと”スカートの中”を、こっちに向けてくれないと……


“見れない”じゃないか!!



 だから、ここで俺は、意を決して立ち上がった。


そして、月影シノブのスカート目掛けて俺は突進する。


 俺の必死の形相におどろいた月影シノブは、大きなグリーンの目を見開く。


「え?え!?な、なに!?

 あ、あなた、どうしたんですか!?

……てか、誰??」


 念のため言っておくが……

俺はロリコンではない。あえて言うならクール系美女が好きだ。

ただし、絶対領域は別格だ、大好きだ。


それと、これは大切なことだが——

俺の今からの行動は個人的趣味ではない。

あくまで“自己防衛行動”であり”人助け“だ。


「すまん!!」


と俺は言い、月影シノブの正面に仁王立ちになる。


 間髪入れず、俺は勢い任せに彼女のピンクのフレアミニスカートを まくり上げた。



 俺の目のまえに——



【白地にピンクの横ストライプ】



——があらわれた。



 もしかして、スカートと色を揃えるタイプか?



「ぎゃああああああああああ!!!!」


 という月影シノブの絶叫とともに……


世界はモノクロになり、

音は消え、

完全な静寂が訪れる。



 彼女のまくり上がったスカートは、空中に固定され、全てが停止する。


【パンツを見たら時間が停止する】


それが俺の超感覚————“パンツァー”だった。

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