第84話






 お兄様の大ファンである私が、彼を見間違えるはずがなかった。


「おまえ、何者なんだ? その魔力、まるで迷宮そのものみたいだけど?」

「……」

「その心臓にある魔石。それ迷宮の魔石だよな? 何か言ったらどうだ?」


 お兄様が指摘した先には、確かに迷宮の心臓部にある魔石と似たようなものが埋め込まれていた。

 だが、ヴォイドと名乗った魔物はお兄様のありがたい問いかけに答えない……っ。


「我が名はヴォイド。この世界を支配する者だ。貴様がこの世界の支配者か?」

「この世界の支配者?」

「世界でもっとも強い存在だ。俺は支配者として、そいつを殺す必要がある。もう一度問おう、貴様は支配者か?」


 ……支配者。

 再び同じ問いを投げるヴォイドに、お兄様は私の背中を軽く押してから答える。

 ……私たちが避難するための時間を稼いでいるんだ。


 見れば、九階層に繋がる魔力の壁が破壊されている。

 ……お兄様が、破壊したんだろう。

 さすがお兄様ですぅぅぅ。


 私は負傷している体を引きずりながら、ヒーラーの子に治療してもらう。


「世界でもっとも強い存在が誰かは分からないが、支配者は知ってるぞ」

「なに?」

「麻耶だ」

「何者だそいつは?」

「世界で一番可愛い俺の妹だ。そりゃあもうネットで世界を支配してるな」

「……ねっと? それで世界を支配しているのか?」

「ああ、そうだ」

「その者のところに案内しろ。私がそいつを殺し、ねっとの支配者となる」

「ちょい待ち。ねっとの支配者になる前に一つ大事なことがあるんだよ」

「大事なこと? 悪いが私は気が長いほうではない。さっさと案内しろ、殺すぞ」

「これが最後だから、そう怒るなって。ほら、動画投稿サイトにアカウント作ってな? 自分のチャンネル作って。名前なんだっけ?」

「ヴォイドだ」

「じゃあ、ヴォイドチャンネルっていうのを作って配信やればいい。そうすれば、そのうち世界の支配者になれるかもだぞ?」

「そのうち? ……くだらん。さっさとマヤという支配者のもとに案内しろ。そいつを殺せば済む話だ」

「それはできないな。さっきも言っただろ? 麻耶は俺の大事な妹だ。殺すっていうのなら――こっちも黙ってみてるわけにはいかないんだけど?」

「……それならば、止めてみるがいい!」


 ヴォイドが咆哮をあげると同時、拳を振りぬいた。それをお兄様は、すっと体を傾けてかわした。

 ……嘘でしょ。

 私が、まったく見切ることさえできない攻撃を、あっさりとかわした。


「少しはやるようだな」

「まあ、ちょっとだけな」


 お兄様は冗談めかし親指と人差し指で少しを示すように動かした。


「み、御子柴さん……な、なんでお兄様が……?」

「あなた、もしかして……お兄様のファンかしら?」

「え? ああ、はいそうですけど……部屋はお兄様の写真で壁一面覆われていますけど」


 私は家一面よ。

 ファンとしての格の差を内心で見せつけていると、同行していたアナウンサーが震えながら声をあげる。

 ……この状況でもマイクとカメラを構えているあたり、根性は確かだと思う。


「あ、あの人って今ネットで騒がれている……えーと確かこの前Sランク冒険者になった……なんでしたっけ……」

「「「お兄様です? は? 知らないんですか?」」」

「そ、そうですよね……えーとあまり詳しくはないのですが……」


 同行していたアナウンサーはまだ少し恐怖しているようで解説ができそうになかった。

 だから、私がお兄様のファンとしてお兄様の代行を務めさせてもらう。


「正確には、鈴田迅というのが本名よ。『リトルガーデン』という配信者を支援する事務所に所属していて、今は迷宮の配信や雑談などを行っているわ。妹にマヤという同じ事務所の子がいて、とても可愛い子だわ。きちんと、マヤチャンネルも登録しなさい。もちろん、お兄様のチャンネルもよ」

「え、ええ……そうなんですか! み、皆さん! 偶然現地に居合わせていた鈴田迅という冒険者が助けに来てくださいました! なんと彼は今ネットで話題沸騰中の冒険者でしてなんと冒険者ランクはSランクです! 先日、災害級として評価されていたお兄様が助けにきてくれました! これは協会からの指示でしょうか!? 御子柴さん、これなら安心ですね!」


 ……今も生放送は続いているはず、これで私もお兄様に貢献できたはずだわ……っ。

 アナウンサーが一生懸命解説をしようとしていたので、私もそれを手伝わせてもらう。


「……ただ、あのヴォイドという魔物も底がみえないわ。……はっきりいって、二人の次元が違いすぎて……私には判断ができないのよ」


 お兄様が強いのは分かっている。

 だけど、それ以上にヴォイドの底が、見えないからだ。


「マヤとやらを殺す前に、おまえから殺したほうがよさそうだ」

「ああ、そうだな。全力でかかってこいよ」


 ヴォイドが魔力を放出する。その魔力が生み出す衝撃に、私は思わず顔を覆う。

 転びそうになったアナウンサーを支えていると、同じように今度はお兄様から魔力が放出された。


 その圧倒的な質量は、ヴォイドを貫き私たちのもとまで届く。

 ヴォイドの魔力を悪意に満ちたものだった。

 だが、お兄様のその魔力は……あれ? なんでだろう?

 なぜか、マヤちゃんの笑顔が脳裏に浮かんだ。……チャンネル登録しろ、とばかりに。

 な、なにこの謎技術は……っ。




―――――――――――

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