第26話
黒竜の迷宮を脱出したあと、私はお兄さんとともに寮まで戻ってきていた。
寮の前まで到着したところで私が振り返ると、お兄さんは手を振ってくる。
「それじゃあな。無理やり付き合わせて悪かったな」
「いえ……大丈夫です。良い経験ができましたから……ここまで、ありがとうございました」
「それじゃあまた学園のときは頼むな」
「はい。それでは、おやすみなさい」
「おやすみー……って、うげ。麻耶に連絡するの忘れてた。そんじゃあな!」
そう言ってお兄さんは空を跳ぶようにして帰っていった。
……そういえば、前に麻耶ちゃんが配信で言っていたかも。
お兄ちゃんはたまに跳ぶって……。
凄まじい光景を目の前で見せられていた私だけど、脳裏に渦巻く考えは迷宮でのことばかりだ。
私自身、魔法が使えない原因に、心当たりはあった。
魔法が使えなくても、順調に冒険者として成長できているからいいと思っていた。
でも――自分が本気を出しても、倒せない魔物がいることを、教えられた。
それなのに、自分で制限をしたままで、立派な冒険者になれるのだろうか?
うずうずと迷っていた私が寮の自室へ向かっていた時だった。
背後からばしっと肩を叩かれる。
「凛音! 帰り遅かったじゃない!」
寮の同室の真奈美ちゃんだ。
見ると、彼女はコンビニの袋をぶら下げ、アイスを片手に持っている。 ちょうど買い物帰りのようだ。
「あっ、真奈美ちゃん。ただいま」
「もう、どうしたのよ? あんたがこんなに遅いなんて珍しいじゃない」
「あはは……ちょっと事務所に呼ばれてて」
真奈美ちゃんは、私の配信活動について知っている。というよりも、学園のほとんどの人が知っていると思う。
実際事務所に所属はしてないけど、配信活動している冒険者は数多くいる。
今の時代、スマホ一つでできて、冒険者の配信は需要もあって多くの人に見てもらえて、小遣い稼ぎができるからだ。
そう答えた私に対して、真奈美ちゃんはじろーっと探るような目を向けてくる。
「へぇ、事務所の人? それじゃあ今日、迷宮内で男性? と一緒にいたっていう目撃情報があったみたいだけどそれはどういうことなのかしら?」
からかうような様子で私を肘でぐりぐりと突いてくる。
……見られていたんだ。
やっぱり、学園が近くにあるからそこそこ学園生もいるよね。
学園内にも迷宮はある。
けど、気軽に行きやすいということもあり、学園の迷宮は混雑することが多い。
だから、近隣の別の迷宮に足を運ぶ生徒も少なくない。
「その人は事務所の人なんだ。色々と次の配信について打ち合わせをしててね」
「へぇ、そうなのね? まあ、そういうことにしておいてあげる。てかてか……事務所の人っていうなら、お兄様の次の配信予定とか分からないの!?」
ドキリ、とした。
……真奈美ちゃんは、お兄さんの大ファンである。
初配信、麻耶ちゃんの配信のときは見逃してしまったらしいけど、それ以降すべての配信を追いかけている熱心な……熱心すぎるファンだ。
お兄さんのファンのうち、本当に厄介な人たちはお兄さんのことを『お兄様』、と呼んでいる。
「……うーん、私別に交流ないからなぁ」
……まだ学園で指導をする話などはオフレコだ。
それは友人の真奈美ちゃんでも話すことはできない。
「えー……最近じゃあんまりマイシスターの配信にも出てないからなぁ……」
……麻耶ちゃんのこと、マイシスターと呼ばないでほしい。
お兄さんの影響で、麻耶ちゃんの登録者数もかなり伸びている。
最初はお兄さんのおかげ、かと多くの人に思われていたみたいけど……今ではその多くの人たちの妹として、人気になっている。
麻耶ちゃんのほのぼの配信をみて癒され、お兄さんのぶっとんだ配信を見てドキドキして、また麻耶ちゃんのほのぼの配信で癒される……これを繰り返すと、ととのうらしい。
そういうわけで、お兄さんと麻耶ちゃんは相乗効果でどんどん登録者数が伸びていた。
「まあ、でも……その、そのうち配信するかも? お兄さんも今日事務所にいたし……」
落ち込んでしまっていた真奈美ちゃんが、ファン離れを起こさないようにと私は少しだけ情報を流す。
……さすがに、まだ公式で発表されていないため、言えるのはここまでだけど。
「うえ!? ほ、ほんと!? ってことはそのうち配信来るわよね!? まあでも、この放置プレイされている時間も楽しみというか……ああ、早く来てほしいわぁ!」
「……お、落ち着いて……今人に見せられない顔してるよ真奈美ちゃん」
「い、いけないわ……涎が……そうとなれば、配信を振り返っておかないとねっ。それじゃあ、あたし部屋に戻るわ!」
「あっ、その真奈美ちゃん。ちょっと聞きたいことあるんだけど……」
「え? 何? お兄様のこと?」
「いや真奈美ちゃんのことだよ……。真奈美ちゃんってどうして冒険者を目指そうと思ったの?」
「金よ」
「え?」
「冒険者になって億万長者になってやるからよ!」
「お、億万長者!?」
真奈美ちゃんの目はお金の形になっている。
あまりにも理由が生々しかったけど、でも冒険者を目指す人の多くがお金を理由にしていると思う。
私も明白ではないけど、理由の一つはお金だ。児童養護施設出身の私だと、本来高校に行くのも結構大変。
でも、冒険者学園であればすべて無償だ。
それは、国が冒険者として戦える人を多く用意したいかららしい。
それにお兄さんだって、麻耶ちゃんのことがあったとはいえ、冒険者を目指したのは理由はお金を得るため、だし。
「ええ、あんたの理由とは違うわね」
「私の理由……?」
「そうよ。あんた言ってたじゃない。自分のように、魔物の被害で苦しい思いをする人を減らしたいって。あんたの考え聞いた時はあたしは自分が恥ずかしくなったわ」
「そんな別に私は……実践できているわけじゃないし」
……そういえば、そうだったかもしれない。
昔、まだ私が小学生くらいのとき、児童養護施設に来た人にそう言われたんだった。
『冒険者を続けたいなら、何でもいいから夢を持ったほうがいい』、と。
そのときの私は、無邪気に答えられていたと思う。
『皆を守れる冒険者になりたいです!』って。
でも、そのあとすぐに魔法を使って暴走させてしまって……。
今はもうこのありさま。
「私もあんたの話を聞いて、夢を大きくしたのよ! 小遣い稼ぎができる程度の冒険者から、億万長者の冒険者に!」
「……は、はあ」
「もういい!? あたし今、お兄様への想いが溢れんばかりなのよ! そういうわけで、今すぐに戻るわ!」
同室なんだけど、真奈美ちゃんはダッシュで部屋まで向かう。
私も真奈美ちゃんから少し遅れる形で自分の部屋についた。
私たちの冒険者学園寮は二人部屋だ。
それぞれの個室には小さいがキッチンとリビング、さらにそれぞれの個室がある。真奈美ちゃんはもう自分の部屋に引きこもり、何やら興奮しているような声をあげている。
……うん、触れないでおこう。
私は汗を流すた、めシャワーを浴びながら今日のことについて振り返っていた。
「……私は皆を守れる冒険者になりたかったんですよね」
先ほどのやりとりと、お兄さんの言葉。
そして――黒竜との戦いを思い出す。
お兄さんの協力というか……強制によって全力の魔法を打つことができた。
……ただ、あれでも私は、黒竜を少し足止めすることしかできなかった。
もしも、あの黒竜が迷宮の外に出てきたら?
迷宮爆発では、迷宮の魔物が外に出てくる現象だ。一定時間、迷宮から魔物が出てくるのが止まらなくなる。
その現れる魔物の対象は、黒竜だって例外じゃない。
……私が魔法を使いこなせるようになっても、黒竜を倒せるわけじゃない。
……鍛えれば、身体強化だけでもお兄さんのようになれるかもしれない。
でも、きっと魔法を使えた方が、もっと強くなれるはず。
「私は――」
体を洗い終えた私は、タオルにぎゅっと自分の顔を押し付ける。
だけど……魔法について考えると、どうしても上手く使えている姿が想像できない。
頑張らないと、だよね。
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