第24話
黒竜の迷宮までは、電車と徒歩で合わせて二十分ほどだ。
「あっ、私が通っている学園はあっちですね」
そういって凛音が指さしたほうには、学園の敷地を示す外壁が見えた。
冒険者学園の規模はかなりのものだ。俺が住んでいるのは千葉県だが、かなり東京に近く、冒険者学園は東京と千葉を跨ぐようにして作られている。
昔、この辺りで発生した迷宮爆発によって、ちょこちょこ日本地図の形は変化しているが、俺がいる地域もそんな感じだ。
「ここからだと、結構色々な迷宮が近いよな」
一応車も持っているので、それで行くのもありかもしれない。
車で移動するより、走ったほうが速いことのほうが多いのだが、日中だと目立つからな……。
それに、停められる場所を探すのも時間帯によっては苦労するので、俺は基本的に電車で移動している。
車に乗るのは買い出しに行くときくらいか。
「冒険者学園はいざというときの避難所になりますからね」
「迷宮爆発とかが起きたときに、駆け込みやすくするってことだよな」
学園には常に生徒と教師がいるので、Cランク迷宮くらいまでの魔物ならば対応可能だろう。
生徒によっては、教師よりも強い子もいるだろうしな。
「そうですね。まあ、学園内にも迷宮はあるので同時に迷宮爆発が起きたらどうなるか分かりませんけど」
「学徒出陣ってやつだな。いざってときは町の平和を守ってくれよ」
「いや、お兄さんが真っ先に来てくださいよ」
「俺は麻耶の安全確保に忙しいからな。第一、Gランク冒険者だし」
「もう、お兄さんもランク検査は受けたほうがいいですよ」
ただ、高ランク冒険者になると色々と仕事が増える可能性がある。
例えば、海外から救援の依頼があった場合、冒険者協会を通して個別にSランク冒険者たちに依頼が出される。
参加希望を取られ、参加者たちは日本を代表するチームとしてテレビなどでも取り上げられる。
では、断ったらどうなる? どんな理由があるにしても臆病者、などと言われることが多い。
だから俺は検査を受けるつもりはなかったのだが……今だともう知名度もあるから意味ないんだよな。
麻耶も高校生になったし、一人でお留守番もできるようになった。
Sランク冒険者は特に依頼を受けずとも特別手当がちょっとは出るし……ランクの再検査はありかもな。
「それで、何階層に行くんですか?」
「黒竜に会いに行くぞ」
「はい!? 今から何分かかると思ってるんですか!?」
「一時間もあれば着く。お姫様抱っことおんぶ、どっちがいい?」
「……ど、どういう、ことですか?」
「俺が運ぶから、ほれ早く選んでくれ。選ばなかった場合は肩にのせて運ぶからな」
「それは絶対いやです! えーと……えーと……! …………お、お姫様抱っこで」
「了解」
俺はすぐに彼女を抱きかかえると、凛音は俺の体を控えめにつかんでくる。
とても恥ずかしそうではある。……ただまあ、そんな表情はすぐに引っ込むだろう。
「ちゃんと捕まってろよ。あと、話すなよ。舌噛むからな」
「へ?」
俺はそれから、全力の身体強化を発動し、迷宮を走りだした。
「ひぃっ!? あぶ!?」
舌を噛んだようだ。
腕の中にいる彼女は涙目で俺にしがみついている。
黒竜の迷宮は草原、遺跡など様々な階層がある。
また、中ボスもいる。
中ボスがいる階層は結構適当だ。
12階層にいたと思ったら、次は18階層。なんなら、次は34階層……のようにだ。
特に法則性はなさそうだが、迷宮側としては何か意図があるのかもしれない。
まあ、どれもワンパンである。
そうして、予定通り一時間ほどで黒竜がいる95階層に繋がる階段まで到着した。
「ふう、重りがあるといい運動になるな」
「重りっていいました?」
「やっぱ、トレーニングは一定の負荷が大事だな」
「ちょっと怒ってきちゃいましたよ。私、怒ってきちゃってますよー」
俺は少しかいた汗を引かせるために片手で自分を仰ぎつつ、95階層へ視線を向ける。
まだ階段地帯で休憩中だ。あと二つほど階段を下りて進めば、黒竜と対面できる。
ちらと凛音もそちらを見て、頬が引きつっている。
「……ここ、お兄さんの……というか麻耶ちゃんの配信で見た部屋とまったく同じなんですけど。本当にここにきて何をするつもりですか?」
「おまえに黒竜と戦ってもらう」
「はう!? い、いや何言っているんですかお兄さん! 私なんか何もできませんよ!」
「ああ、知ってる!」
「じゃあなんでここに連れてきたんですか!」
「それは、その目で確かめてくれ!」
「何かあってからだと問題だから聞いているんですよ! ああ、もう! どうなっても知りませんからね!」
キャンキャン叫ぶ彼女とともに、休憩を終えた俺は95階層へと降りる。
少し歩くと、迷宮の中央に霧が集まっていく。
……やがてそいつは、黒竜へと姿を変え、俺たちを見下ろしてくる。
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