第82話

 バスから降りて旅館に向かいながら一人で語る。


「選抜合宿、それは冒険者ランクの高い高校生が100人招集され、半強制的に夏休みを奪われ、田舎にある旅館やホテルに泊まり、冒険者があまりやってこないハザマ施設でハザマ狩りを行う体のいい奴隷制度!そんな中、初級冒険者レベル7の俺がまさかの参加となった!くわ!」

「フトシ、そろそろ旅館に入るから、変な人だと思われるよ?」


 ユイが俺を止める。


「だが俺はそこに希望を見出す!そう、これは旅行、旅行なのだ!ハザマ狩りをし放題!そしてみんなと遊んで温泉に入り美味しいご飯を食べる!一日に3回以上温泉でくつろぐのもいいだろう!移動費も飲み物も食べ物も宿泊費もすべて無料!そう、無料なのだ!くわっ!」


「フトシ君、旅館に入るわよ」

「あ、はい」


 旅館に入るときれいなくつろぎ空間が広がっていた。

 レイカさんとアマミヤ先生がチェックインの手続きをする。


 落ち着く環境だな。

 プライベートルームに取り入れよう。

 写真を撮っておくか。


 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ!


 入り口には他の高校と思われる男組が俺達を睨んでいた。

 いや、レンが睨まれている。

 はいはい、イケメンのレンが美人と一緒にいるのがむかつくよな?

 わかるわかる。

 男たちがレンの前に立った。


「レンだな?俺はパーティーイノシシの牙、リーダーのイノツカだ!」


 うわああ、突っ込んできそうないかつい顔をしてる。

 

「最近レンパーティーがネットや取材でちやほやされているが、女をはべらせて調子に乗るなよ!」


 パーティー名を決めないとリーダーの名前が自動的にパーティー名になる仕組みだ。

 俺はすかさず笑顔で間に入った。


「まあまあ、レンに対抗したい気持ちは分かる。そこでだ、ででん!!ここは納品金額で競ってみないか!? パーティーで納品した金額がランキングされるだろ?  勝敗は1人当たり換算の納品金額でレンのパーティーと競うのはどうだろ? さすがに喧嘩をすれば問題になる、正々堂々と勝負で競うのはどうだろうか!」


 男たちがニヤッと笑った。


「いいじゃねえか!やってやるよ!だがなあ、負けたらどうする?」


 そう言ってユイやリナさんたちを舐め回すように見た。

 俺はイラっとしたがレンを制しておどけて言った。

 喧嘩になるのはまずい。


「うむ~、ジャッジのわたくしとしては高校生同士の賭博行為は感心しませんなあ!ここには学校の先生やモンスター省の官僚も来ておりますので!うおっほん!スポーツマンシップにのっとり、勝敗のみを競い合う、足の引っ張り合いは無しでただひたすらに勝敗のみを競う!それが一番ですなあ!」


 俺は面白いダンスを踊った。

 レイカさんとアマミヤ先生がやって来た。

 更にスタッフもやって来る。


「エリートである中級冒険者が騒ぎを起こしてしまうと、最悪事件に発展してしまいます。どうか問題は起こさないようお願いします」


 スタッフが頭を下げたがこれは脅しだ。

 更にレイカさんが言った。


「どうも、ダンジョン省の氷月レイカです。何かあればとして動かなくてはいけません。どうかもめ事はやめてくださいね?有能な高校生を刑務所送りにはしたくありません。この旅館には監視カメラがたくさんありますから」


 レイカさんの言葉は結構露骨だけど、きれいな笑顔だ。

 凄い、これが官僚のやり方か、怖い!


 男たちが焦って立ち去ろうとするが俺はそれを止めた。


「あー待って待って! 犯罪はダメだけど勝負はいいと思う。さっきのルールで、嫌がらせとかは無しで勝負するか? レンのパーティーと1人当たりの納品金額で競い合うか? それとも無かった事にするか?」


「「やってやるよ!」」


 男たち6人がが立ち去って行った。

 俺はふっと素に戻る。


「さて、部屋に行こう。温泉もサウナもあるんだろ?押せば無料で出てくる自販機もある」

「フトシ、ありがとう。助かったよ」


「そうね、レンは正論で返すから間に入って貰って助かったわ。フトシってこういうのがうまいのね。レンとユイの言っている事が分かって来たわ」

「ん?」


 いつもとみんなの反応が違う。


「紳士のようにすっと人を助けて爪を隠す。レン君の言う通りだねえ」


 ユズキさんが感心した表情をした。


「んん?」


 やっぱりいつもと違う。


「オオタ、良い対応だった。真正面からぶつからず、うまく対応し事件を避けたか。気を使えるところはとてもいい」

「フトシ君、大人の女からモテモテね。今のはいのりの好感度アップよ」


「あ、あれ?いつもだと、馬鹿なことやってないで行くぞ!とかなりそうなのに。皆でそんなに褒めるってなんかおかしくない!?」


 レイカさんが優しく言った。


「中学生や高校生だとフトシ君のやさしい行動や意図に気づかない人が多いかもしれないわね。でも、ここにいるみんなは気づくわ。それだけよ」


 心が温かくなった。

 周りを見渡し、他の生徒を見渡すと分かった。

 イノシシの牙のような人間は少数派だ。


 地道な努力を重ねたような人間、苦しくてもそれでもハザマに潜り続けるような努力派が多そうだ。


 今回の選抜合宿は居心地がよさそうだ。


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