第39話 「真犯人は誰だ?」🔥🔥


 鈴木がブザーを押し事務所ドア前で声を張り上げると、ガチャリとロックの解除される音がした。遂に対決である。俺は鼓動の高まりを感じつつ息を整えた。ダウンジャケットの下から汗がじわりじわりと押し寄せている。

 鈴木がドアを押し開け入る。そこは中小企業の営業所のような事務机が並ぶ部屋だった。机の山が眼の前。左方向を見ると隣部屋から複数人の男がドカドカと足音を立てながら近づいてきた。虎徹こてつが俺を分け入って鈴木の直ぐ右脇に立った。鈴木と虎徹が前方。後ろに二列縦隊的に俺と吉田が並び、押し寄せる男衆と向かい合った。

 「そこを開けろ!!」

 鈴木の鬼気迫る威圧感が半端ない。彼に今歯止めは有るのか?もし炎紋会が事件の首謀者だと分かったなら鈴木は誰かを殺してしまうのではないか。

「な、なんだてめえ〜〜?」

 声と共にパンチが飛んできた。鈴木に殴りかかってきたのは、先頭にいた派手な青柄シャツの男だ。

「ワッ」「バシッ」「ワッ」

 最初の「ワッ」はシャツの男が向かって来た時の俺の悲鳴。次の「ワッ」は男が吹き飛ばされた際の俺の驚きの声だ。鈴木がグーで青シャツを殴り飛ばしていた。

 「て、てめえ!」

 「おりゃ〜〜!!」

 続くのは縦縞シャツと赤パーカーだ。二人の男が鈴木と虎徹めがけて同時に突撃する。

 「バシッ、ドカッ、バシッ、バーン」

 パンチと蹴りのコンビネーション。二人とも恐ろしく強い。虎徹は小柄で身体も細い。意外だった。次から次へと襲いかかる男衆。鈴木と虎徹のこぶしは、その男達に向かって何の躊躇ためらいも無く繰り出された。それも一撃か二撃必殺なのだ。倒れた男は戦意喪失して直ぐ動けなくなる。顔から血をダラダラと流す男達。倒れる男達のしかばねを避けながら少しずつ僕らは前に進む。

 「オオ〜〜〜!!」

 「バシッ」「ドカッ」「バシッ」

 「この野郎〜!!」 「バシッ」 「ドカッ」

 「麻生に用事がある。道を開けろ〜!!」

 「何だ何だ。騒がしいですね」

 その時だ。男衆を分け入って奥から青山がゆっくりと歩いてきた。

 「青山、オレは、笹崎という男に聞かなきゃならないことがある。いや、笹崎と麻生、アンタ達の組に聞かなゃならない事があるんだ!」

 鈴木は、青山をにらみ付ける。青山がスマートフォンで麻生に連絡を取っているのが分かる。それからふうと息を付いて云う。

 「奥の部屋だ。付いてこい」

 僕らは、奥の突き当たりの部屋、ソファが取り囲む部屋に通されたのである。

 ソファには複数の幹部たちが座っていた。正面の上座に麻生が居る。青山も麻生の隣に腰を掛けた。彼らのソファと僕らの間には殴られて酷く歪んだ顔の太った男がしゃがみ込んでいた。笹崎だ。

 ソファの幹部達は恐ろしい目付きで一斉にこちらを睨みつけている。異様な光景、殺気立った空気感の中で、俺達は真っ直ぐ前を向いて立つ。


 「四人だけで殴り込みとはいい度胸だな?  菊桜会のボンボンじゃねえか。コッチは今取り込み中なんだ。やかましくしやがって。一体、何の用だ? この笹崎がどうしたって?」


 「麻生、単刀直入に言うぞ。お前達が俺をはめたのか? 池袋の事件のことだ!」


 「…何の話だ」


 「シラ切りやがって。池袋の多目的トイレで見つかった女の殺しのことだ」


 「勿論、お前の事件は知ってる。しかしそのが分からん。何の夢を見てる?」


 「証拠はある…」


 「す、鈴木、俺が襲われた当事者だから話すよ」

 鈴木は俺にわかったと目で合図した。

 「僕は大塚の木村という探偵です。二週間前、そこに居る男が俺を待ち伏せして襲ったんだ」

 俺は前方の男を指さして話を続ける。

 「襲った奴は、他に二人。笹崎はリーダーだ。一度みた顔を俺は絶対に忘れないんだ。間違いない! そしてその男は俺に『池袋の事件から手を引け』って言ったんだ! なぜ、アンタの組の人間がそんなことを言う必要がある? 理由はひとつしかないじゃないか? 説明してもらおうか?」

 声が頼りなく震えていた。


 「舞花を殺ったのはどいつだ?絶対に許さん。ぶっ殺してやる!!」

 俺の頼りなさをフォローするかのように鈴木の感情が爆発する。その時、青山が麻生に耳打ちした。麻生はそれを聞いて頷き、悟ったように話し出した。


 「成る程な…。最近サツがウチを嗅ぎ回っているのは知っていた。つまりこういうことだな? 菊桜会とウチの抗争の中でお前の女をウチの組が殺しその罪をお前に着せた。更に笹崎を使って事件を探られないよう探偵のお前を脅したと…」


 「そのとおりだ! 違うのか?」


 「何を…。飛んだ濡衣ぬれぎぬだ!! 但し笹崎が襲った事が事実なら疑われても仕方ない部分はあるな。ううん。笹崎よお、まさかお前、女を殺ったのか?」


 「や、やってません。じ、自分は全くそんな女知りやしませんよ。知る訳もないじゃないですか。何のことやらサッパリで…」

 笹崎は激しく動揺して、しどろもどろになる。


 「やはりな。ならお前を指示した奴は誰だ? 隠してることがあるな。吐け」


 「カネ払いがいい依頼主で…。その探偵をビビらせろって。でも理由なんて知らないんです。確かにやりましたけど、金欲しさに、雇われてやっただけなんです…」


 「だから誰から頼まれたんだと聞いてんだろうがテメエはよお!!」


 「す、すいません!! 自分のアカウントにDMで突然に依頼があって。SNSで遣り取りをしてたので、依頼主の素状が自分にも全くわからんのです。最初に三十万。やった後三十万。報酬も郵便受けに入れられて顔も分かりゃしませんでして…重ね重ね、申し訳ございません〜!」


 「そういう絵か…。つまりだ。その何者かが笹崎を炎紋会の者と分かって依頼しているとするなら、私達に罪を着せようとしている人間がいる。そういうことなんじゃあないですか?」

 直ぐ様反応したのは青山だった。


 「成る程。鈴木よお、この馬鹿が紛らわしいことをしたのは謝る。しかしそういうことだ。ワシは一切知らん。これ以上でもこれ以下でもない」

 鈴木と僕は顔を見合わせる。潔い麻生の語りっぷりが嘘とは思えなかった。笹崎の話も具体的で信憑性しんぴょうせいがある。


 「…疑って悪かった。。では誰が一体…」

 鈴木は、言葉に詰まる。


 「そうよ。ウチの組に濡れ衣を着せようとした野郎が居る。ウチにも面子が有る。タダで済ます訳にゃいかねえんだ…。探偵よお、ここ迄調べて来たのなら余程腕の良い探偵なんだろうよ。俺からも頼む。必ず、真犯人を見つけてくれ。必要ならば、幾らでも手を貸そう。何でも言ってくれや」




 こうして調査は又振り出しに戻ってしまう。鈴木浩生でも無く、炎紋会で無ければ、犯人は誰なんだ?誰が一体脅しをかけた?掴み掛けたかのように思えた解決という名の青い鳥は、また遥か遠くへ飛び立ってしまった。そんな空虚感に襲われる。俺達は一気に疲れが押し寄せ、ガックリとその場で肩を落とすのだ。

 しかし、組事務所のドアを開け外に出ると、ちょこんと行儀よく座る猫が一匹。なんだお前、待ってくれていたのか…。ホッと心癒やされる僕らなのであった。しゃがんで猫の頭を撫でる。ヨシヨシまた頑張るさ!!



 此処は大塚、俺は街の優しい探偵だ。



優しい探偵RE

2024年11月25日掲載


六章・「炎紋会」編・完


 



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