第43話 穏やかな戦前会話
(シャルの全力を発揮できる遮蔽物のない地形……リュートにも思惑があるんだろうが、決戦の場としてはこの上ないか)
山頂。人為的に平らにならされ茶色い肌が剝き出した戦闘フィールド。そこでC組とG組が距離を取って対峙している
この対決がイベント最後の対決になる。先にリーダーを倒した方が勝者となる。自然、両陣営の生徒の気も表情も引き締まる。だが、G組の生徒の表情の方が鬼気迫っている。16対80という5倍の人数差のせいもある。だが、それ以上に、経てきた修羅場の数のせいだ。特にリーダーの差が歴然だった。リュートは冷や汗を流して、50メートルの距離を置いて対峙する天之玄咲の戦鬼の貌を見た。
(また、一皮剥けたな。何があったのか。ただ立ってるだけでうっすらとオーラが漏れている。ランクアップでもしたのか? だとしても、全然驚かない。すごい迫力だ。彼が先頭にいるから、後ろにいるクラスメイト達も全然びびってないんだろうな。ん? いや、眼鏡の彼――え? 何で罅割れた眼鏡かけてるんだ? 逆に見づらいだろうに――ま、まぁ、とにかく、眼鏡の彼はちょっとビビってるな。天之玄咲に。……味方にまで恐れられる、か。大体、どういう方針で引っ張ってきたのか、想像がつくな。強さと畏怖で引っ張ってきたんだろう。……面白い。それでこそ君だ)
リュートは武者震いした。そのリュートの姿に……というかリュートがここにいる事実に、改めて少々の驚きを覚えながら、玄咲は声をかけた。
「炎条司に勝ったのか」
「ああ」
「意外だ。俺は彼が勝つと思っていた」
「君の見立ても間違っていない。僕も、1週間前までなら、勝てなかった。だけど、君に勝つために自分を0から鍛え直した1週間が僕を強くした。だから勝てた。ありがとう。天之玄咲。君が僕を強くしてくれた」
「……なるほど。そういう理由か」
リュートはゲーム開始当初は、己の努力に驕り、家柄さえ時に振りかざす、嫌みなところもあるキャラだった。それが、リュートをライバル視して何かとうざ絡みしてくる大空ライト君と時を重ねるうちにだんだんと成長し、嫌みと驕りが消えて見た目だけでなく中身までパーフェクトイケメンになるキャラ。精神的な成長幅はCMAでも屈指の、男の中ではトップクラスの人気を誇るキャラ。それが光ヶ崎リュート。人気投票順位は14位。21位の大空ライト君の格上だ。
今のリュートは、ゲームでは一学期卒業時点のリュートを彷彿させる性格をしていた。この世界の異物である玄咲との出会いがリュートの中で何らかの化学反応を起こし、劇的な成長に繋がったようだ。その結果が、ゲームではこの時点のステータスでは10回に1回も勝てない、ストーリーでは絶対敗北を喫する炎条司の撃破なのだろう。ついでに玄咲はゲームでのクラス対抗ストラテジーウォ―のことを思い出した。ほとんど反射だった。
(ゲームではクラス対抗ストラテジーウォーは最大3組を相手に4人の味方キャラを操作して戦うチームバトルだった。固定枠に大空ライトと神楽坂アカネ。そして選択枠に水野ユキ、大岩ガッツ、光ヶ崎リュートの3人がいた。もちろんブ男(玄咲比)のガッツを省き、リュートとユキを選ぶのが最適解。俺は自分からガッツを選んだことは一度もない。4人のパーティはなるべく美男美女で埋めたいからな。ガッツなど願い下げだ。
ただ、リュートには致命的な欠点がある。ザ。器用貧乏な大空ライトくんは勿論、依怙贔屓気味に優遇された神楽坂アカネをも超えるクラス最高戦力を誇る代わりに、炎条司を相手にすると一人でタイマンを敢行しHPと魔力を半分削って敗北してしまう。虹色の魔力の可能性を見るためというやたら強引な理由で大空ライト君がリーダーになったのはこのためだったのかと納得したものだ。以後リュートは使えなくなる。キャラ設定を反映しすぎた、ブ男の大岩ガッツを強制加入させられる糞イベントだった。だから俺はリュートが負けると思っていたんだが、リュートはその予想を覆した。でも、思ったより驚きはない。なんとなく、こうなる気はしてたんだよな……)
この世界は既にゲームとは大分異なるルートに入っている。玄咲が転生した時点で、シャルナが隣にいる時点で今更だが、玄咲は改めて実感する。実感しながら、リュートに告げる。
「君は俺の想像以上のスピードで成長してるんだな。最初から思ってたよ。この学年で一番怖い男はお前だと」
「……そ、そうか。それ程、買ってくれていたのか」
リュートは物凄く嬉しそうな顔で鼻の頭をさすった。
「ああ。俺は君を買っている。その強さをよく知っている。買わないわけないだろ」
(天下壱符闘会の結論メンバーだからな)
とまでは口にしない。リュートは物凄く嬉しそうな顔でADを握り締めた。
「そ、そうか。そこまで、か……」
「ああ。だから油断しない。全力で倒しに行く」
「……望む、ところだ」
リュートは物凄く嬉しそうな顔で、紅潮した面貌を頷かせた。
「そうだよな。君は僕のことをストーカーするくらい、最初から警戒していたものな」
ざわ……。
え? こいつそんなことまでやってたの? 言いたげな視線が敵味方両方から注がれる。玄咲は真顔になった。なぜ今更そんな大昔のネタを引っ張って、このタイミングで口にするのか。リュートが天然だからだ。よく分かるだけに、何も言えなかった。この状況で何を言っても、逆効果になりそうだったからという理由もある。
「……ねぇ、玄咲。男に興味、ないよね?」
シャルナが玄咲の袖を引く。
「な、ないよ。当たり前だ。俺はいたってノーマルなんだ」
「う、うん。そうだよね。女の子、命、だもんね」
「……あ、ああ。だから、リュートに興味なんてない」
「……? やけに、素直に認めるね」
「自分の
「……何が、あったの」
「え、それは」
「さぁ! そろそろやろうか! もう言葉は必要ないだろう!」
リュートが星紡剣ステラの切っ先を玄咲に向ける。アカネやユキ、他のG組の生徒たちも。どうやらもう雑談を交わす暇はないようだった。玄咲は会話を切り上げて、頭を戦闘モードに切り替えることにする。
「ああ。そろそろ始めよう。顔を見合わせているのもいい加減間抜けだろう。ここから先はこいつで語ろう」
玄咲はシュヴァルツ・ブリンガーの銃口をリュートに向ける。シャルナもその隣でエンジェリック・ダガーを構える。他のG組の生徒たちも。
もういつでも開戦できる。
「……」
なのに、リュートは動かない。応じない。どころか剣を下げる。訝しがる玄咲の視線の先で、リュートが何かを言い躊躇っている。うじうじもじもじしている。トイレに行きたいなら待ってやる。そこら辺の茂みでしてくるといい。そんな台詞をリュートを心配した玄咲が吐きかけたその時、
「彼と1対1でカードバトルしたいんでしょ? 言うだけ言ってみればいいじゃない」
リュートの本音をあっさり看破した神楽坂アカネがあっけらかんとそう言った。
「――え?」
「リュートがあなたと1対1でカードバトルしたいんだって。受けてくれる?」
間抜けな声を出した玄咲にアカネがてきぱき尋ねる。リュートが慌てる。
「ちょっと待てアカネ! 話を勝手に進めるな!」
「なによ。あなたの代わりに聞いてあげたんじゃない」
「だからと言って僕を無視して」
「でも、やりたいんでしょ? カードバトル」
「――うん」
リュートは一度は躊躇うも、結局は素直に頷いた。アカネが笑う。
「やっぱり、それが本音よね」
「何で、分かったんだ」
「見ればわかるわよ。ね、ユキ、ガッツ」
「う、うん。バレバレ」
「やっちまえよ! 天之と!」
「で、でも、僕はリーダーとして、みんなを勝利に導かないと――」
「馬鹿ね。そのみんながあなたに素直になってほしいって言ってるのよ。みんな、あなたについていくわ」
「――え?」
リュートはC組の面々を見渡す。誰もがポジティブな意識。ネガティブな視線は一つもない。リュートは涙した。
「……みんな。ありがとう」
感涙にむせぶリュートの背中をアカネが叩く。C組の生徒たちがその様を微笑まし気に見つめる。玄咲は眩し気に目を細めた。
(……C組らしい。青臭い程の純粋さ。真っすぐさ。青春の輝きが裏テーマのクラスなだけある。でも、ちょっとノリについていけないかな。甘痒すぎる。やっぱり俺にはG組くらいが丁度いいのかもしれない。まぁ、シャルがいればどのクラスでもいいんだが)
「――天之玄咲」
リュートは改めて玄咲に向き直って告げた。
「僕と1対1のカードバトルをしてくれ」
「あ、うん。いいよ」
玄咲は即答した。人数差を無視して1対1でやれるのは玄咲にとってもありがたかったからだ。
「! よし! やろうか! 僕は、ずっと君と1対1で戦いたくてうずうず――」
「待った」
シャルナが待ったをかけた。
「……シャル、なんだ」
「私も、戦いたい」
「リュート、悪いが1対1はなしだ。普通にやろう」
「ちょっと待て! お前正気か!? 軟派過ぎないか!?」
「な、軟派……かも、しれないな。ああ。その通りだ。俺はなリュート。いつだってシャルを最優先にするんだ。リュート、お前のことは嫌いじゃない。でもシャルと比べたら死ぬ程どうでもいい」
「そんなっ! そん、な……」
リュートがへなへなと地に膝をつく。玄咲は申し訳なく思いながらも己の判断を曲げない。その玄咲に、シャルナが赤面した顔を俯かせて言う。
「……あのね、玄咲、早まらないで。なんか、私が、凄い、恋愛脳の、人でなし、みたいになってて、恥ずかしい」
「えっ」
「話、まだ、終わってない」
「……ごめん」
「いいよ。あのね」
シャルナが、玄咲に耳打ちする。
こしょこしょ。
「え?」
「伝えて」
「う、うん」
玄咲はシャルナの言葉を大声でリュートたちに伝えた。
「シャルが、俺とリュートを除いたC組とG組で前哨戦をやらないかと言っている。もちろん、全員でだ」
「――」
静かな衝撃が駆け巡る。
シャルナの言葉はこう言っているに等しい。
すなわち。
全員でかかってきても、勝てる。
「……なるほど」
アカネがワクワク一杯のその胸には負けるが大きな瞳をパチクリさせる。それから、シャルナを見て、笑った。
「面白いわね。あなたも立派な魔符士だったのね。凄い自信。それに、そんなに戦いたいんだ?」
「というより」
コクリ。シャルナは表情を変えずに頷いた。
「ポイントが、欲しいなって」
「あ、うん。意外と、じゃないけどドライなんだ。でも、いいわ。受けて立つ。私もさ、ここまできてお預けは、ちょっと萎えるかなーって思ってたの。やっぱり最後はカードバトルよね! ラストバトル、全力で花咲かせてあげる! ね! ユキ!」
「え? い、いや、別に私は戦いたくは」
「ユキ?」
アカネは尻をつねってユキの怯懦を吹き飛ばす。
「うぅ、花咲かせようね……!」
「それでいいの。ガッツ、他のみんなも、いいわね?」
「ああ! 最後だからな! 全部出し切るぜ!」
「1位は取れないけどクララ先生にG組への勝利報告を届けるんだ!」
「俺、G組に勝ったらクララ先生に告白するんだ……!」
「俺たちの友情を見せつけてやろうぜ! クララ先生に!」
C組の生徒たちが盛り上がる。リュートに戦いを譲りながらも、ユキ以外の生徒は自分たちも戦いたくてうずうずしていたらしい。アカネが満足げに頷く。
「いい返事ね! じゃあ、やりましょうか! シャルナちゃん! こっちはいつでも準備OKよ」
「うん。じゃ」
シャルナがエンジェリック・ダガーを構える。
「始めよ。玄咲に、いいとこ、見せたいの――ブラック・フェザ―」
そして、詠唱した。
「フュージョン・マジック――
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