第6話 新しいAD
グルグルが作業机の引き出しをゴソゴソ漁っている。そして2枚のカードを取り出して玄咲たちの元へと戻ってきた。2人に渡す。
「はい。これがお兄さんのカードで、こっちがシャルナちゃんのカードね」
「武装解放シュヴァルツ・ブリンガー!」
「はやっ!?」
実はずっとむずむずしていた玄咲。今日の玄咲は90%テンション。シャルナが突っ込む間にもカードが光に変化する。そして――。
玄咲の理想を120%体現したADが手中に顕現した。
「お、おお……」
――それはスタンダードな拳銃型のADだった。一番使い慣れているタイプの銃を。そんな玄咲の要望に応えた結果だ。
色合いは黒と赤の2色。だが、黒を基調としている。赤はあくまでアクセント。赤と黒が滅茶苦茶に混ざり合った玄咲のデザイン画と少しデザインが異なる。だが、玄咲はイメージ以上のデザインだと一目で気に入った。
黒の中に点々と赤が散りばめられたその色遣いは闇深い地獄を連想させる。黒と赤がメリハリ良く使い分けられており、要所要所のワンポイントが全体を引き締めるとともに禍々しさを強調している。特に銃口付近の、黒で縁取られた鋭い赤は悪魔の――本気を出したバエルの目のように見える。それが外観上の一番目目立つポイントで、玄咲が最も気に入ったポイントでもあった。その眼が、銃に胎動する生の息吹を吹き込んでいる。獣の生々しさを宿している。息を吞む迫力を産んでいる。玄咲は思わずごくりと唾を飲み込んだ。童心を刺激されて小学生のような感想が零れ出る。
「か、かっちょいい……」
「気に入ってもらえた?」
「気に入ったなんてもんじゃない! 最高だ! グルグル博士! やはりあなたは世界一の魔工技師だ!」
「ふ、ふふふ。もっと褒めていいよ。コスモちゃんにもそう褒められたし、僕って意外と凄い奴なのかもなぁ」
グルグルはちょっと調子に乗った。グルグルにはすぐ調子に乗る楽天が裏返った悪癖があった。
(まぁ別にその認識も間違っていないけど。実際自分の想像の100倍は凄い奴だし。でもたまに調子に乗ってとんでもない失敗をするからやっぱり悪癖か……)
腰に手を当ててドヤ顔をするグルグルを何とも言えない目で見る玄咲。その背中をシャルナがカードの角でちょんちょんと突っつく。
「見てて玄咲! 今度は、私が武装解放、するね!」
「ん? ああ。シャルナのADはどんな感じかな。楽しみだ」
「うん。いくよ」
シャルナがカードをちょっと格好つけて人差し指と中指で挟んで胸の前に構える。
「武装解放――エンジェリック・ダガー!」
そして、詠唱した。
(――う、美しい……)
玄咲はそのADを見た瞬間シャルナの分身だと思った。
――それは白亜の身に漆黒が織り込まれた短剣型のADだった。シャルナの種族を知っているものが見れば一目で堕天使――いや、シャルナをイメージしたADだと分かる、そんな仕上がりだった。
片刃の白い剣身に黒羽の紋様が刻まれている。白い鍔の片側から黒翼を象った繊細な意匠が鮮やかに伸びている。カードスロットで底膨らみしたグリップは前部が黒、背面が白で着色されている。ぴったり真ん中で2等分されている訳ではなく、上部との色彩バランスを考えて着色されている。白い体に黒い翼、そのコンセプトが短剣全体に貫かれている。中でも一番目を引くのは黒翼の意匠。羽の一枚一枚に至るまで丁寧に作り込まれており、遠目から見ても凄いと一目で分かる仕上がり。狂気的な作り込み。これを3日で、玄咲のADも含めて作ったなど到底信じられなかった。それくらい凝っていた。
シャルナ・エルフィンの分身――玄咲がそのADに一見で抱いた印象は、全体をじっくり見分したことでむしろ強まった。玄咲の意図を完璧以上に汲み取った仕上がりだった。完璧なまでのオーダーメイドだった。玄咲もシャルナも感嘆の吐息を漏らしてそのADに魅入った。シャルナはエンジェリック・ダガーをくるくると眺める。
「わー……」
愛おしげに撫でて、刃先をつんつんして、黒翼の意匠に顔を近づけて、子供の眼でしばらく眺めたあと、天高く掲げて、はしゃいで言った。
「すごい! すごい! 格好いい! グルグル! すごい! 天才だ!」
「ああ! こんなにデザインセンスがあるとは思わなかったよ。シュヴァルツ・ブリンガーより断然気に入った! 実にシャルナらしいADだ! 俺の想像の純度100%の具現化だ!」
「え、えへへ。まぁそれほどでもあるかな。気に入ってもらえて何よりだよ」
グルグルが鼻の下を指でさする。
「初めての仕事だからちょっと不安もあったけど、2人の反応を見るに杞憂だったみたいだね」
「グルグル博士! あなたは天才だ! 実は俺はグルグル模様をデザインのどこかに勝手に組み込んでくるんじゃないかとちょっとだけ不安視していたんです」
「!? な、何言ってるのかなお兄さん? 僕がそんなことするはずないじゃないか。あ、あはは……」
初めての仕事だから趣味を抑えて真面目に作って本当に良かったと安堵するグルグル。シャルナがポツリと小声で、
「……ディアボロス・ブレイカーの趣味悪いデザインはそういう理由だったんだ……」
「まぁ僕にかかればこんなもんだよ。……ところでさ、ちょ、ちょっとだけ今回のAD制作について語らせてもらっていいかな? 誰かに話したくて話したくて……」
「どうぞどうぞ」
「ありがと! じゃ、ちょっとだけ制作裏話。今回はさ、やる気が段違いだったのもあるけど、そもそもモチーフがよかったんだよ。明確化しやすかったし、キャッチャーだった。それがクオリティに繋がった。ボク史上最高の出来栄えだよ」
「グルグルにとっても会心の出来だったのか」
「うん。ちなみに僕もエンジェリック・ダガーの方が気に入ってる。シュヴァルツ・ブリンガーは僕のレパートリーにはないデザインだったからね、お兄さんの没名前案からもイメージ膨らませて頑張って作った。でも、結果的にはあっちもかなりお気に入りの出来上がりになった。ボク史上トップ5に入るね」
「そうだったのか……ところで、モチーフは何なんだ?」
「見たまんま天使と悪魔さ。分かりやすくてキャッチャーでしょ? そういうのって作り手としても作りやすいの。既存のサンプルも多いし、何よりイメージを膨らませやすいからね」
「……なるほど」
言われてみれば確かに瞭然だった。改めて己のシュヴァルツ・ブリンガーを見る。悪魔を――バエルを連想させる色使い。玄咲はなんだか急にシュヴァルツ・ブリンガーのことが愛おしくなってきた。バエルの分身にさえ思えてくる。頬擦りし撫でまわしたい欲求を人前なので必死にこらえて、代わりにギュッと握る。
「……改めて気に入った! ありがとうグルグル! 最高のADだよ!」
「うん。最高のAD。グルグル、ありがとう!」
「んー……なんか胸にじわっと暖かいものが広がる。自分の発明で人に喜んでもらうのっていいなぁ……」
グルグルは眼鏡から漏れた涙を一粒拭った。今回は眼鏡を外さない。2人とも安心した。
「じゃ、こっからは軽く機能説明ね。といっても新しい説明はないけどね」
グルグルから機能面の説明を受ける。言葉通り新しい知識は特になくほぼおさらいの形。あとでバトルセンターで確認することにする。
「これで契約書に書かれていた仕事は全部終わりっと。ふー……ようやく肩の荷がおりた。流石に初依頼は緊張したなー。神経は図太い方だし作品にも自信はあったけどね。やっぱりひやひやした」
「やっぱりそんなもんか」
「やっぱりそんなもん。あ、他に何か質問あるなら個人的に受け付けるよ? 何でも聞いて」
「……そういえば」
玄咲はずっと気になっていたことを尋ねる。
「グルグル。虹色の魔力はどうなったんだ」
「ああ。あれは研究中。虹色の魔力を活用したギミックのイメージは湧いてきてるけど、形にするにはまだ知識もデータも足りないかな。未知数過ぎてね」
「ギミック、だと」
ゲームにはない、玄咲にとっても未知数の展開。
「その内形にするから待っててよ」
「あ、ああ……」
(……もしかしたらグルグルは俺の想像よりも遥かに天才なのかもしれない)
ゲームと現実の違いを玄咲はまた一つ目の当たりにした。慄く玄咲の袖をシャルナが引っ張る。その表情はうずうずしてる。
「玄咲、バトルセンタ―、早く行こ。試したい」
「ああ、俺もだ。じゃ、グルグル。ありがとう。また必要になったら、今度は改造を頼みにくるよ」
「うん。待ってる! いつでも来てよ!」
本当に心の底から待っていそうな表情でグルグルが玄咲に視線を合わせて告げる。その人懐っこさに微笑ましさを覚えながら、玄咲はシャルナに強く袖を引かれて退室した。余程試運転が楽しみなようだった。
「あ、そういえばお弁当、まだだった。バトルセンター行く前に、いつもの場所で、一緒に食べよっか! 今日は、凄いよ!」
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