第26話 ブラック・フェザー

 バトルセンター2号館13号室。


 トレーニングモードに設定した安心安全空間で玄咲とシャルナは20メートルの距離を開けて、という訳ではなく、対戦をする訳ではないのでごく至近距離で向き合っていた。


 玄咲の手に握られているのは銃タイプのADではなくダガータイプのAD。グルグルからもらったAD【ドミノ・ダガー】だ。名前の由来はAD作成時グルグルが食べていたピザの名前。ネーミングエディット機能など開発する割に適当な名前。何百何然と発明を繰り返しているとそういう気分になる時もあるらしい。


 対するシャルナの手に握られているのも同じくドミノ・ダガー。ただし、少しだけデザインが異なる。使用パーツの差だが性能は同一。補正値は両方ともに30。スロット数は3。適正属性は全属性1ポイント。運よく全属性適応のジャンクADを2対拾えたからだ。なので魔法の発動に支障はない。その由来を知らない玄咲は全属性適応ADをさらっと作るなんて流石グルグルだなと感心する。デバイスショップで新入生に無料配布される、補正値30スロット数3までは共通だが適応属性が1属性1ポイントのゲームでの初期装備【ルーキー】シリーズのADよりもずっと性能のいいAD。不満などあろうはずもなかった。


「それじゃ、行くよ!」


「ああ!」


 シャルナがうずうずと言う。そして、ADに先程カードパックから当てたカード――ランク5・闇属性・黒翼魔法・ブラック・フェザーをインサート。そして、なんとなく天高く掲げて、叫んだ。



「ブラック・フェザー!」


 

 短剣が光る。魔法を発動する。一旦短剣に送られた魔力が短剣内部で魔法を発動し、魔法現象としてシャルナに逆流し、シャルナの体内で魔法を発動する。黒い翼が生える。肩の下の、本来翼があった場所に、魔法現象として発現した黒い光の翼が。


「わ、わわっ!」


 黒い光の翼をはためかせて、何度も背中から伸びる両側の翼を見回して、シャルナは最後はやはり玄咲にその笑顔を向けた。


「見てー! すごい! 黒い翼、黒い翼だーっ! 私、また黒い翼が生えてる! すごい! すごい! すごいっ! 魔法って、すごいーっ!」


「ぐすっ。そうだな、魔法は凄いな。本当に、凄いよ。魔法は。奇跡を起こせる。そんな都合のいい力が実在するなんて、この世界は本当に何て素晴らしいんだっ……!」


 色んな意味で感極まって泣きながら玄咲はシャルナと話す。当分はまともに戦闘などできそうになかった。本当に珍しいことだが、それくらい玄咲は心が揺れていた。シャルナの幸せが玄咲の幸せ。つまり、それだけシャルナが今幸せを感じているということ。玄咲はシャルナとうっすらと魔力共鳴現象を起こしている。感情の半同化現象を起こしている。余程相性のいい人間同士でしか起こらない現象だが玄咲とシャルナは運命で縁結ばれた余程相性のいい相手。玄咲の、あるいはシャルナの知らぬ間にシャルナと玄咲は感情を、感動を共有していた。ハウリングして増幅していた。


 シャルナが翼を何度かはためかせる。そして、うん、と頷き玄咲へと手を挙げて合図する。


「それじゃ、今から、飛んでみるね。楽しみっっ!」


「ああ。世にも珍しい飛行魔法。そもそも適性がないと扱えないカードではなく使い手自体が希少な魔法。どんな魔法なのか見るのが俺も楽しみだ!」


「うん! じゃあ、飛ぶね! えっ、と、こうして、こうすれば――っ! わっ」


 黒翼がはためき、その度にシャルナが浮かび上がっていく。空に浮かび上がっていく。空想上の天使や堕天使のように本当に空を飛んでいる。その光景に感無量と涙を堪える玄咲の目がシャルナの致命的な隙を捉えてクワッ! と開かれた。


 致命的な隙はスカートの中にあった。


「シャルーッ! 早く降りてくるんだーッ!!!」


「? どうしたの? 急にそんな慌てて」


「スカート、が、その、スカートがッ!!!」


「――――」


 シャルナは最初のスカート、の言葉の時点で全てを察していた。恐る恐る下を向く。玄咲と眼が合う。いや、合ってない。

 

 玄咲の眼はシャルナのスカートの中に向けられていて――。


「ひゃ、ひゃぁあああああああああああああああああああああああん!!? あ、あわっ、わわわっ――!」


 シャルナの体が空中で泳ぐ。飛行魔法の制御を失っている。顔を真っ赤にしてそれでもシャルナから目を離さない、いや、離せない玄咲は、魔法の制御故どうともアドバイスすることができず、ただ宙できりもみ飛行をしたり、逆さになってスカートを抑えたり、猛スピードで天井に滑空したり、そのまま落っこちて床の少し上の壁にべちゃっとぶつかってようやくスピードが止まり、地にズルズルと落ちて行くシャルナに駆け寄って――っ。


 そして、今度もクワっと目を見開いた。致命的な隙を晒しているシャルナを見て、鼻血が垂れる。


 シャルナのスカートがまるっと捲れていた。壁に激突した勢いで上半身へと完全に逆上がっていた。そしてシャルナは壁に頭からぶつかった姿勢で降りてきた。つまり、めくれ上がった部分を遮断してくれるものは何もない。


 尻を突き出すような格好でシャルナは床と壁の直角の狭間へと頭を突っ込んでいた。その頭をバッと上げて即座に後ろを向いて下半身の惨状を眼にして、


「きゃんっ!」


 いつもの少し中性的なイントネーションを残した声でなく完全に女の子の悲鳴を上げて、尻を下げてスカートをかたくななまでに強く握って尻の下に敷きながら尻に強く押しつける。スカート越しにぱっくりと色濃く影が浮き上がる。形のいいお尻がその全型を余すところなくスカートに映し出す。玄咲は気絶しかかる。鼻血をだらだらと流す鼻を抑える玄咲を振り向きシャルナが涙声涙目で、


「玄咲ぅ……今度から、私、戦闘中は、ハーフパンツ履くぅ……」


「ッ――! (ブン! ブン!)」


 玄咲は首が取れる程に何度も頷いた。

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