第13話 ラップバトル3 ―アルルVS玄咲―
キュルキュルキュル、キュン!
ラップバトルの開幕を告げるスクラッチ音が鳴り響く。広々としたバトルルーム内に障害物に遮られることなく反響する。スクラッチ音が鳴り終わると同時軽快なバトルビートが流れ出し、アルルがライブ・マイクのヘッドを覆うように持ちながら――スピーカーに音を集めるためのMC特有のマイクの持ち方。アルルのADはスピーカーいらずだがこの持ち方が癖になっている――バースを蹴り出した。
I am アルル・プレイアズ! 吐き出すラップPremium! 癖になる!
巧みなRyme and kaleido Flow! 格下相手だって戦闘Mode!
Daydream 天下壱符闘会の優勝! 絶対にするラップをこの国の伝統芸能!
アルルがバースを蹴っている間玄咲はずっと真顔だった。音ノリが違う。フロウが違う。ついでに韻も違う。音符一つに早口でどれだけ言葉を詰め込むのか。そして何故流れるように歌い回せるのか。アルルはフロウは得意でライムはそこまでらしいが完全素人の玄咲からしたらどっちも天上人だ。勝てる気がしない。どころか同じ土俵に上がることすら失礼に思えるほどのレベルの差を既に玄咲は察していた。逃げ出したくて手が震える。なのに4小節はあっという間に終わる。気づけば玄咲のターン。
Rep!
肉じゃがにしたい程憎々しいジャガイモ声に蹴飛ばされて玄咲はバースを吐き出した。
お、俺の名前は、天之玄咲。気になったら名前を検索
えっと、俺のヤバさLike a 電卓 みたいなもんだぜ
とか言っとくぜ いや、その、まるで意味分からん その、するな細かい詮索
えっと、取り合えずDISっとこう やめろ売れない音源制作
途中まで微笑まし気な笑顔で聞いていたアルルの表情が最後の玄咲のバースを聞いた瞬間、凍った。玄咲の表情も凍った。
(し、しまった。取り合えずラップバトルだからDISっとこうという連想から弾みでアルル最大のコンプレックスを刺激してしまった! 糞ッ! ダミ声のおっさんの曲がハイテンポ過ぎるから……!)
アルルは即興のフリースタイルは上手いが音源制作のセンスはない。音楽が作れないのは勿論リリックのセンスが壊滅してるのだ。即興で音ノリするのは得意だがじっくり腰を据えて曲を作るとなると並のラッパー以下になる。アルルの最大のコンプレックスだ。アルルルートで度々相談される悩みであり、ゆえに玄咲もよく知っていた。口にするつもりはなかったが、即興の混乱が失言を産んだ。
Rep!
玄咲が後悔している間にターンが切り替わる。アルルが笑顔でマイクにDisを吐き出す。
Disり合いがしたいんだ? なら付き合うよ糞Mother Fucker
下手すぎ痛過ぎキョドり過ぎ恥ずかしがり過ぎ韻踏み滑り倒し過ぎ。あと
「ご、ごめ」相手のバース中に謝罪会見? 腹痛いね
あとなにそのジャンキーみたいな目付き? トラックじゃなくドラッグ好きなの? Wack MC!
アルルの口から次から次にDisが飛び出す。かつて大好きだったヒロインからの無遠慮な言葉のマシンガン。玄咲のメンタルは一瞬でボロボロになった。
Rep!
ボロボロのメンタルで、それでも玄咲はマイクにバースを吐き出す。
……えっと、まずはごめん そうさ俺は無様な男いっそ殺せ
俺なんて所詮この程度 誰が言ったか唐変木
昔からそうだった 戦い以外何もできなかった
俺のプライベート なんてゲームして寝る程度
本当にそれだけの低能……
ビートを少しはみ出して玄咲はバースを締めくくった。そのせいで最後のバースが無音のバトルルーム内にやたらと空しく響いた。玄咲にとって地獄のような時間がようやく終わった。
「……」
「……」
「ハァ、ハァ」
アルルはしばらく何も言わなかった。ついでにシャルナも口を挟まなかった。心臓を抑えて息を荒げる玄咲にアルルが少し躊躇いがちに声をかける。
「……その、バトルとはいえ言い過ぎた。ごめん。謝るよ。僕が未熟だった。でも、あくまでバトル上のDisだから、そこまで本気でいった訳じゃないよ。だから落ち着いて? ね?」
「ほ、本当か? 本当なんだな?」
「う、うん……あと、君さ。なんか、自虐入ってからキレが上がったね? 毎小節コンスタントに韻踏んでたし。内容は、暗かったけど……」
「……そうだな」
「なるほど、それが君の自然体な訳だ。うんうん、君はそういう人間か。セルフディスが君のラップの真骨頂なんだね。なるほどなるほど……ラップバトルには不向きな人間だね」
「……」
バトル終了後も緩くDisられて玄咲は俯く。アルルは気まずそうに言った。
「その、勝敗なんだけど、僕の勝ちってことで」
玄咲は膝から崩れ落ちた。異論はなかった。1バース目で既に勝敗はついていた。2バース目は思い出したくない。悔しさはない。ただただいたたまれなさだけがあった。
シーマの言葉が脳に過る。
『私ね、玄咲のフリースタイル、大好き。それでね、玄咲のことは、もっと大好きだよ……』
(うぅ、ごめん。ごめんシーマ。俺のフリースタイルなんて所詮こんなものだ。本当は分かってたんだ。君の基準が2つの意味で俺に甘々なだけだって……!)
涙が零れる。シーマとの思い出が穢れた。もう玄咲は純粋にあの言葉を思い出せない。必ずこの惨めな気持ちを同時に思い出してしまう。それが悲しくて、シーマに申し訳なくて、玄咲は涙を一粒零した。
「……」
シャルナが立ち上がる。お菓子袋をバッグに仕舞い、つたつたと玄咲に歩み寄り、
「貸して」
「え? シャル……?」
玄咲から奪ったマイクを勢いよくアルルに突き付けた。
「次は、私が、やる」
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