第69話 末路

「ご気分はどうですか? 雷丈正人」


 プレイアズ王城地下室。手術台のように冷たく無機質なテーブルに両手両足を縛り付けられた状態で正人はプレイアズ王国女王――プライア・プレイアズにそう声をかけられた。


 正人たちはマギサに捕らえられてから魔符警察のブタ箱で蘇生され連日過酷な取り調べを受けた。拷問を交えたその執拗な取り調べにもうこれ以上吐くことがないほど情報を吐きつくされ、最終的に多用すると心を壊す恐れがある禁止カードで脳を洗われ情報の精査を行われた。そしてその最終工程を経て取り調べは一先ず終わった。


 憔悴しきった正人は、だが精神を休める寸暇すら与えられず、手錠をかけられ目隠しをされ魔符警察にオラつかれながら別所に護送された。


 そこがこのプレイアズ王城地下室だった。そしてテーブルに四肢を縛り付けられて女王と対面させられた。


 プレイアズ王国女王プライア・プレイアズはいつ見ても、80歳という高齢にも関わらず20歳の女性にしか見えない程若々しく、美しかった。金色の頭髪は光のようで、白磁の肌も光のよう、そして金色の眼も光のようで、要するになんか光のようだった。その人間離れした透明感のある雰囲気と年齢不相応な美貌の秘密はプライアの種族特性にある。


 プライアは精霊人だった。精霊人――つまり精霊と人の相の子。その種族特性がプライアの容姿の秘密だった。見た目老いずいつまでも若々しいままでいられるという精霊の特性を引き継いでいるのだ。ただし寿命は人間の特性を引き継いでいるので、若い見た目のまま老衰して死んでいく。プライアもいつ死んでもおかしくない。正人の学生時代からの思い人、プライア・プレイアズ。エルロード聖国と手を組んで国家転覆させてまで死ぬまでには犯したかった、憧れの人。


 そのプライアが、20歳の美貌に、80歳の貫録を乗せて、正人に分かり切った気分を問うてきた。正人は吐き捨てるように言った。


「最悪だ」


「でしょうねぇ。でもこれからもっと最悪になるんですよ」


「……何を、する気だ」


 正人は声の震えを押さえられなかった。テーブルに四肢を縛り付ける。それは女王への無礼の抑止以上に、正人が四肢を振り回して抵抗したくなるようなことをするという予告に他ならない。自分も同じようなことをしたことのある正人にはよく分かった。


「ふふ……みなさん、入ってきてください」


 プライアの声を合図にぞろぞろと入口からたくさんの亜人が入ってくる。正人は顔を引きつらせた。


「……雷丈家には随分国を掻き回されましたからねぇ。生半可なことはしませんとも。恨みも溜まっています。私も、この方たちも」


「ま、まさか、その亜人たちは」


「ええ、アマルティアンです。何人かは知った顔もいるんじゃないですか?」


「いや、一人も知らん」


「ざけんじゃねぇ!」


「へぶっ!」


 蝿の頭をした女性が正人に近寄って顔に拳を振り下ろした。プライアは止めなかった。


「私の大切な娘はあんたたちに奪われた! 返せ! 返せよぉ! 私の娘を返せよぉ!」


「娘……? あ!」


 ナックルに捧げた亜人の中に蝿頭の女がいたことを思い出し、声が出た。


「まさか、まだ生きてるのか?」


「え? い、いや……死んでる、けど、私も望んでいたわけじゃなくて」


「う――うぉぁああああああああああああああああ!」


「おぶ、びゅへっ! や、やめ」


 あっという間に正人の顔が血に塗れる。プライアが静止をかける。


「そこまでにしなさい」


「で、でも……!」


「復讐は、一人ずつ、回復魔法で癒しながら、順番に、です。またあなたの順番も回ってきますから安心してください」


「……はい!」


 蝿頭の女はキッと正人を睨みつけて集団の後方に並び直した。いつの間にか集団は列をなしていた。その意味を察せれないほど正人はバカではない。むしろ天才で経験も豊富だ。これから自分に行われる行為の候補が一瞬で100も200も思い浮かんだ。血に塗れながらもそうと分かる程正人の顔が青くなった。


「まずは私からですね」


 列の先頭に立つプライアが言う。想定外の事態に正人の頭の中が真っ白になった。


「――プライア。お前まで、私を、いじめるのか」


「は?」


「俺たち、同じクラスで一緒の授業を受けたよな。同じ食堂で飯を食ったよな。同じ空気を吸ったよな。俺たち――少なくとも、友達、だったよな? なんで、そんな友達に、こんな、酷いことを……!」


「いや、私たち友達でも何でもなかったじゃないですか。ただ1学年同じクラスになっただけじゃないですか、友達とか、やめてください。想像しただけでキモ過ぎて吐き気がします。うわ、蕁麻疹が……」


「貴様ァアアアアアアアアアア! 俺の純情を弄んだのかッ! 俺は、俺はずっとお前のことを……!」


 ガタガタと拘束された体を揺らして喚く正人。プライアは吐き気でも堪えるかのように口に手を当ててこいつマジかという目で正人を見た。


「うっそでしょあなた。私にそんな感情抱いてたんですか? やめてくださいよいやマジで死にたくなるじゃないですか。あなた自分の容姿分かっててそんな言葉吐いてるんですか? ああ、分かってるから亜人の奴隷にあんなことしてたんですね。全く、ドン引きですよ。本当、救いようがないですねあなたは」


「黙れッ! 私は私以外の人間はどうでもいいんだッ! 当り前だろ! 人間は自分を一番愛するのが一番正しい! だから私はここまで成り上がった! 馬鹿な息子が私を売らなければお前なんて近い将来私の下でひぃひぃ言ってたんだ! くっそぉ、くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「――本当、屑ですね。あなたは。昔はもう少しマシだったのに。家督をついでからひたすら悪化していきました。人間身分不相応な権力は持たない方がいいという好例ですね。あああと、サンダージョーは別にあなたを売ってませんよ」


「え?」


「あなたの秘密をリークしたのは別の子です」


「……誰だ、それは」


「教えません。死にゆくあなたには不要な情報ですから。もどかしさの中で死んでいってください」


「教えろ! 誰だそいつは! 誰だぁああアアアアアアア!」


「じゃ、私もうあなたに付き合うの疲れたので退室させていただきますね」


「教えろ! プライア! 絶対そいつは地獄に――」


「じゃ、永遠にさよなら」


 プライアは扉を閉ざした。







「どうですかー? 終わりましたかー? あら」


 頃合いを見て、同室に再来したプライアは正人の末路を目にした。壮絶なダイエットだった。腹回りの肉がすっきり削ぎ落されている。尻や太ももは言うに及ばず、男にしては膨らんだ胸もまるまるっと。四肢も入念に贅肉を削ぎ落し、丸々した顔も骨のようにガリガリに。


 というか骨が見えている。顔だけじゃなく、他の箇所も。徹底した痩せようだった。狂気的な執念だった。骨と赤身しかもう正人の体には残っていなかった。ただ一つの例外の、ストレスで真っ白になった頭髪を除いては。


 当然生きてるはずもなかった。


「うっわえっぐ。こんな酷い死体初めて見ましたよ。どれくらい嬲ってたんですか」


「ほんの数十分前まで。これだけ長時間嬲られた人は初めてです。普通は加害者に理性のセーブが働いてそこそこで切り上げるんですがね。余程恨まれていたんでしょうね。みなさん全く手を緩めませんでした。死なないように調整するのが大変でした。それにこっちの精神がおかしくなりそうでしたよ」


 プライアの部下の回復魔術師の一人が答える。顔がやつれている。酷な仕事をさせたなと思いながらプライアは言う。


「ご苦労様です。次の人と交替していいですよ」


「はい」


 回復魔術師たちが退室する。しばらくしたら別の回復術師たちが交代で入ってくるだろう。


 そしたら次が始まる。




「次はあなたの番ですよ? ゴルド・ジョンソン」




 部屋の隅、四肢を縛られ猿轡を噛まされたゴルド・ジョンソンはプライアと眼が合った瞬間失禁した。

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