第62話 夢の中へ
サンダージョーの声が決闘場中に迸った。ずっとエクスキューショナーもろとも虚脱状態で地面に内股で座っていたサンダージョーがようやく気を取り直したのか立ち上がり肩を怒らせて玄咲たちの方へ向かってくる。
マギサは呆れかえってため息をついた。
「信じられん。生まれて初めてだよ。決闘後にこんなことを言い出してきたバカは。私が決めた校則で学内決闘の死者は蘇らせることにしてる。けど、こいつに限っては例外にした方が良かったようだねぇ」
「あんなものを決闘と呼んでたまるか! ただ精霊神の力で蹂躙しただけじゃないか! 魔符士の風上にも置けない! ああ、醜い醜い! あの精霊の戦い方はまるで貴様の魂を体現したような醜さだったぞ天之玄咲ゥ! 決闘に異物を持ち込みやがってッ!!!」
「いや、あんただって同じようなことをしようとしていたじゃないか。そもそも先に決闘にエクスキューショナーとかいう異物を持ち込んだのはあんただろう。何言ってんだいこのバカは。ブーメラン発言も大概にしなよ」
「ぐっ……! ああ言えばこう言ううるさいババアめ! このチートが……ッ! そうだ! あれを見ろ!」
サンダージョーが指さす方向を全員が見る。その時計の時刻は4時59分。サンダージョーが笑う。
「見ろ! 決闘はまだ始まっていない! 決闘開始時刻は5時だからなぁ! あんたが時を巻き戻してくれたお陰で決闘自体がなかったことになった! だったら再決闘しなきゃ筋が通らないだろうが! ハハハハハハハハ! ざまぁみろ糞婆が! チート染みた力に溺れるから付け入る隙ができるんだ! おら、かかってこいよ天之玄咲! 特別に1対1でやってやるよ。あれだけの力を持つ精霊だ。再召喚はできないだろう。公平で尋常なカードバトルで今度こそ正々堂々お前を」
「ぶち殺すぞクソガキが。ああ、それがいいそうしよう。もう1回死んでもらうことにしよう」
「え?」
「
マギサがカードケースから取り出した3枚のカードを閃くようなカード捌き――玄咲が今まで見た中で間違いなく最速――でADに挿入し、ADの矛先をサンダージョーに向けた。
「
「ッ! ――――?」
反射的な動きだろう。両腕を交差して体の前面を庇ったサンダージョーが何も起きないことにキョトンとする。
「な、なんだ? なにも起きないぞ? ハ、ハハ、さては、雷丈家に楯突くのが怖いから虚仮脅しを仕掛けたんだな? 臆病者が――」
「いや、今から起こるよ」
「え?」
せせら笑いながらマギサを指さしていたサンダージョーの右手首から先が突如として鋭利な断面を晒した。右手首が明後日の方向に吹っ飛んでいく。その軌道はどこか見覚えがあるものだった。この決闘場の全ての人間にとって。
サンダージョーが手首を抑えて叫んだ。
「い、いぎゃぁああああああああああああああああああああああ!」
「そぅら起こった」
「な、なんっで、なにも、されてっ、あっ! いぐぅ……ないのに……!」
「これからあんたの体の時は巻き戻る。つまり未来に向かうのさ」
サンダージョーの動きが止まった。痛みすら忘れた。そんな表情でゆっくりとマギサの方を向く。
「魂が滅ぶまでね」
「――そんな、やめて、それは人の所業じゃない。悪魔の所業だ。あんたにも人の心があるだろう。どうしてそんな酷いことができるんだ。僕には全く理解できない。なんでだよぉ! なんでそんな酷いことができるんだ! これが、これが人間のやることかよぉっ!! あんただって僕と同じ人間のはずだろぉ!? ……いや、違う。僕は神の子だ。神の子だぞ! フェルディナ神様に選ばれた特別な人間なんだぞ! 正人おじさまがそう言ってたんだ! あんただって、あんただって僕には及ばないんだ。ぼ、僕は最強なんだ。特別なんだ……! 誰よりも特別な人間なんだ……! 誰よりも、特別な、天才な、神の子なんだよぉ……!」
「なるほど、あんたの本質は幼児的万能感の化物だった訳だ。今際の際の言葉を聞いてよく分かったよ。思ったより数百倍くだらない男だった。興味を一気に失ったよ。こんな奴が本当の意味で強くなれるはずがない。でも、ここまで狂えるってことはある意味ではそれだけ純粋だったんだろうね。だからここまで洗脳された。全く、せっかくの逸材を正人はよくもまぁ洗脳して駄目にしてくれたもんだ」
「なんだとクソババァ! てめぇに俺の何が分か――今、なんて」
「あんたは正人に洗脳された哀れな
サンダージョーの表情が凍った。
それから、マギサに魔法の効果を説明された時よりも、再殺を宣告された時よりも、ずっと悲壮な表情をした。「嘘だ、嘘だ」と手首から血の噴水を垂れ流しながら泣き言を漏らす。泣き喚く。
「嘘だぁあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! ア“ア”ア”ア“……ウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! ア”ア“ア”ア“ア”ア“ア!」
泣き喚く。その理由に、途中から物理的痛みが加算される。血を噴き出す手首から腕にかけて表皮がゆっくりと捲れていく。人の皮が剥がれていく。血に塗れた白い中身が剥き出しになっていく。ピンク色の泡や、肉粒や、骨片が、時々腕から削れ落ちてゆく。強引な作業でそれが行われたことを見せつけられる光景だった。肩口まで捲れた。それでやっと始まりが終わった。そして次が始まる。
「ア“ア”ア“アア”ア“ア”ア”ア“ア”ア“ン! ア“ア”ア“アア”ア“ア”――やめ、僕の、玉――」
子供――いや赤ちゃんのように泣き喚くサンダージョーが無事な左手で「いや……いや……」と手を振りながら、赤い右手で股間を握る。より正確に言えば金玉を。次に何が起こるのか誰にでも理解できた。
「ストップ」
マギサのその言葉を切欠にサンダージョーの体の異常が止まった。サンダージョーは体をガクガクと震わしてマギサを見上げた。
マギサがサンダージョーに頭上から声を降らす。
「魔法の進行を一時だけ止めてやった。ぶち殺そうと思ったがいいことを思いついた。私の言うことに素直に答えてくれたら止めるだけじゃなくて巻き戻してもやろう。無事な体にね」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、素直に本当のことを答えてくれたらね」
「こ、答えます。何でも答えますからぁ……もうやめてください……狂ってしまいます。僕が狂ってしまいます……」
「よし、じゃ、聞こう」
マギサがADをサンダージョーに突き付けて尋ねる。
「雷丈家はアマルティアンでない亜人の誘拐・売買を行っているという噂があるのは知ってるね」
「う、ううぅ……はい、根も葉もない噂です」
「いいや、私は事実だと思っている。不自然な事例は多すぎるんだ。けど、なぜか証拠が全く掴めない。だからあんたに直接聞こう。雷丈家は何を隠しているんだい? どうやって亜人を誰にもバレずに攫って、誰にもバレずに売買しているんだい? 教えてくれよ、ジョー坊……」
「ひっ! な、何も知りません! ら、雷丈家は何もやってません! 本当です! 聖人に誓って本当です! 正人おじさまに誓って本当です! フェルディナ神に誓って本当です! 信じてください!!!!!!!!!!」
「…………」
マギサがサンダージョーの瞳をじっと見る。数秒後、ため息をついた。
そして烈火の勢いでまくし立てた。
「私を舐め腐るんじゃないよ! この傲慢なクソガキが! 何を隠してるかいいな! ああ!? 決闘の敗北も認められない敗北者、いや、逃亡者以下の卑怯者が! 貴様の言葉なんて誰が信じるか! いいから白状するんだよこのサンダージョーが!」
「し、知りません! 何も知りません!」
「……」
何度も何度も知りませんと繰り返すサンダージョー。マギサはため息をついて言った。
「どうやら本当に何も知らないようだね。もういい。治してやろう。ア――」
サンダージョーの口元に笑みが浮かんだ。
「プレイ」
サンダージョーのズボンの股間部にトマトが潰れ弾けたみたいに赤い染みが一瞬で広がった。サンダージョーが叫んだ。
「ン“っ、ヴォっ、ィ“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“!」
高圧電流でも流されたかのように全身を痙攣させてビクンビクンとのた打つサンダージョー。正視に絶えない光景だった。その場の全員が引いていた。引いてないのは執行者たるマギサくらいのものだった。
「本当に何も知らないのかい?」
「知ら、ない、許、して……」
「雷丈正人は糞野郎ですって言ってみな」
「雷丈正人は、糞野郎です……」
「どうやら本当に何も知らないみたいだね。エクスキューショナー――は、例え知ってても拷問にかける訳にはいかないか。怪しいってだけで拷問していいならとっくに正人にしてるしね。アヘッド」
サンダージョーが悲鳴をあげながら元の体に戻っていく。戻る過程でも痛みは発生するらしく聞くに堪えない獣の悲鳴がしばらくの間静まり返った決闘場内の唯一の音源であり続けた。
(……ゲームでも怒った学園長が主人公に決闘で負けたサンダージョーに同じことをするのだが実際に目にすると大分きついな。いや、主人公とは比べ物にならないくらいバエルの加虐が残酷だからというのもあるが……学園長があそこでやめてくれて助かった。あれ以降の光景を目撃したらもしかしたら俺のバエルを見る目は変わっていたかもしれない。あれくらいならギリギリ許容範囲だ。うん。もっと酷い光景も見たことあるし、俺がやったことと大して変わらないし。……でも、あれ以上のこともやったんだよな。バエルってもしかして俺が思っているより悪性の存在なのでは……いや、俺がバエルを信じなくてどうする。世界の誰がバエルを否定しても俺はバエルの善性を信じるぞ! 俺の愛する大事な相棒だからな!)
「ほら」
「む」
マギサが玄咲にカードを投げ渡す。ゾディアック・サンダーのカード。玄咲が思考に没頭している間にサンダージョーから回収したらしい。
「アンティカードだ。受け取りな。新入生には過ぎた代物だがね。あんたもレベルが大きく上がっただろう。もしかしたらもう使うだけなら使えるかもね」
「えっと、そうですね。はい」
すっかりアンティカードの存在を忘れていた玄咲は棚から牡丹餅の気分でゾディアック・サンダーのカードを見る。ランク9の雷属性のカードの中では最高峰の性能のカード。それを見て玄咲は思う。
(……サンダージョーのお下がりだと思うとなんか触れたくもないな。売ろうかな)
そう思いながらも結局はカードケースにいそいそとゾディアック・サンダーのカードを仕舞う玄咲。なんだかんだでヒロインだけでなくCMAのゲーム性も好きな玄咲は、序盤から強力な性能の高ランクカードを手に入れたことにちょっとワクワクしていた。既に活用するプランを頭の中で立て始めている。
(……しかし、サンダージョーが情報を持っていなかったのは予想外だったな。ゲームだとここでサンダージョーから雷丈家の秘密を聞き出してイベントが進行するんだが、やはり時期尚早だったってことか……まぁ、いい。俺が学園長に情報を吹き込んで帳尻合わせをしよう。……信じてくれるかな)
「学園長。少し秘密のお話が」
「なんだい」
「実は」
マギサに歩み寄って耳打ち。
こしょこしょこしょ。
「なんだって! それは本当かい!?」
「ええ。信じて頂けるかは分かりませんが。その、情報源は訳あって明かせないので……」
「……いや、信じよう。あんたは得体が知れないからね。得体のしれない情報源を持っていてもおかしくない。あんなカードを持っているくらいだ。そんな情報を持っていても驚きはしないよ」
「……信じてくれるのですか?」
「ああ。覚えときな。あんたが思ってる以上に私はあんたのことを買っている。これから先。何か自力じゃ解決できそうにない問題があったら言うだけは言ってみな。多少の贔屓はするよ」
マギサが玄咲にウィンクをしてくる。気持ち悪い。これがシャルナやバエルだったらどんなに嬉しかっただろうと思いながら玄咲はマギサに礼をする。
「ありがとうございます。あともう一つ。……絶対外せないことが」
マギサが声を潜めて言ってくる。
「なんだい」
「バトルポイントの譲渡をしてください。ちゃんと条件通り、敗者のポイントを勝者に全部。サンダージョーだけでなく、岩下若芽などの決闘に参加した学園の生徒のポイントも全部です。もちろん勝者である俺とシャルに半分ずつ。そういう条件だったでしょう?」
「……呆れるやら感心するやら。あんたあの時点でそんなことまで考えていたのかい。もしかして未来でも見えているのかい」
「見えませんよそんなもの。見えていたら俺はシャルをあんな目に合わせなかった。ただ持ち合わせている情報を活用して、それがたまたま上手く嵌まっただけです。失敗の方が多いです」
「凄い説得力だ。確かにあの子に狂ってるあんたがサンダージョーの暴虐を見過ごしたりするはずないか」
「……」
やはり人前で天使だなどと言うものじゃないなと玄咲は思った。
「そういやあんた普通に敬語使えるんだね。学園長室ではあんな生意気だったのに」
「俺は最低限の常識は弁えていますよ。望んだものではありませんが軍隊生活が長かったので」
「軍隊生活?」
「……」
最後の最後でやらかしたなと思いながら玄咲は無言で眼を逸らした。
「なるほど。あんたの強さの秘密の一端が見えたよ。本当に一端だけだけどね。全く謎の多い男だよ」
「はぁ」
「他に何かあるかい」
「いえ」
「私からもない。じゃあもう帰りな。あんな強大な精霊を召喚したんだ。眠くて眠くて仕方ないんじゃないのかい?」
「俺は不眠不休で1週間動けます。眠たいですが問題ありません」
「あんた本当に何なんだい……でも、あの子はそうじゃないみたいだよ」
「え?」
玄咲は背後を振り向く。シャルが正座して地に腕をついて舟を漕いでいた。慌てて駆け寄る。
「シャル! 大丈夫か!」
「う、うん。眠い、だけだよ。凄く、眠い、けどね」
「歩けるか?」
「た、多分、大丈夫。あ!」
立ち上がったシャルナがバランスを崩す。その肩を玄咲は支えた。
「あ、ありがと……玄咲は、眠く、ないの?」
「眠いけど問題ない。あと1日は起きていられる。1日だけだけどな」
「……凄い、ね。じゃ、一つ、お願い」
「なんだ」
「んっと、ね」
シャルナが玄咲の肩を抱き寄せる。肩と肩をピトッと密着させる。昨日、ほとんどずっとそうしていたように。
玄咲の脳裏に一晩をシャルナと共にした記憶が蘇る。
シャルナが耳を赤くして言う。
「……私を、部屋まで、送って、欲しいな」
「……分かった。送っていくよ」
玄咲はシャルナと肩を組んで歩き出す。決闘場の出口を目指して。
「天之玄咲」
背中から、学園長の声。玄咲は首だけで振り返る。
「――退学試験合格おめでとう。そしてラグナロク学園にようこそ。あんたが立派な魔符士になってくれることを私は心から期待しているよ」
「――はい」
そして、自由な左手を上げて、応じた。
右手は決してシャルナから離さない。
決闘場の出口。短いトンネル。
決闘者以外立ち入れない場所。そのトンネルの終点。外へと繋がる出入り口の目前でシャルナは立ち止まる。
玄咲も扉の取っ手に手をかけた状態で立ち止まった。
「どうしたんだシャル。眠いのか?」
「うん、眠いよ……ねぇ、玄咲」
「なんだ」
「ここって、夢の、中、なのかなぁ」
「いや、現実だよ。どこまで行っても現実さ。この世界はな」
「でもね、死んじゃう、って、絶対、死んだ、って、思ったのに」
「……うん」
「まだ、玄咲が、隣に、いるよ?」
「え?」
シャルナが足りない背を補うため。
つま先立ちになる。
「――シャ、ル」
――シャルナらしい、優しい熱が灯る右の頬を押さえて。
玄咲は、シャルナに魅入られる。
熱に潤んだ瞳でシャルナは玄咲を見上げる。
「ねぇ、玄咲、私、まだ、頭が、ふわふわ、する」
「……そんな、こと、言われても、俺だって」
「きっと、これ、夢、だね」
「あ、ああ。夢というのもある意味では間違っていないな。これは楽園の夢だよ」
「じゃあ、さ」
「なん、だ」
「夢なら、どこまで、だって、行けるね」
シャルナが玄咲の手に手を重ねる。そして扉を開く。
真っ白な光が二人に浴びせかけられた。
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