第20話 冷や冷や
(最短で距離を詰める――)
玄咲はSDから音が鳴ると同時、真っ直ぐ突っ込んでいく。その眼で水野ユキをしかと見据えながら。
(集中だ。集中するんだ。殺す気で集中するんだ。敵を屠るために集中するんだ――)
水野ユキが杖型のADにカードを挿入する。ADを向けてくる。カードを詠唱する。
「アクア――」
(軽く、フェイントをかけて――)
視線をやや右に向ける。体を僅かに右に傾ける。左半身に重心を残したまま。見た目だけ、体が右に傾ぐ。次のアクションで右足で地を踏まねばもうバランスを維持できない――きっと水野ユキは意識上で、無意識化で、あるいはその両方でそう判断するだろうと思いながら。
さらに、ダメ押しで心までもを傾ける。玄咲は水野ユキのアクア・ボールを右方へ回避しようと一瞬だけ本気で思い込んだ。
(右だ。俺は右に回避するんだ――!)
視線に、身体に、意志という名の力が宿る。
「ボール!」
――果たして水野ユキはフェイントに引っ掛かった。
右に傾きかけていた力の流れを左足を軸に弧円を描くようにしてやや無理矢理直線軌道に戻す。体が軋んだが痛みはなかった。素晴らしい空間だった。真っ直ぐ走る。バッティングセンターのピッチングマシーン並の速度で飛来したアクア・ボールが頭の横を通り抜ける。
(――クララ先生のアクア・ボールよりずっと遅い。これなら見てからでも回避余裕だったか)
そう思いながらスピードのギアを上げる。最初から全速力で走ってもどうあがいても水野ユキに到達するまでに魔法の発動される。それよりは、どれほどの効果をあげられるか知らないが変速というイレギュラーを挟んで少しでも相手の動揺を誘うべき。そして、変速が最大の効果を発揮するのはスピードに慣れ始めてその認識を前提とした対処を行い始めた頃合い。となると、魔法発動後、そしてついでに回避の動揺を広げられればと考えてのことだった。
水野ユキの動揺は思ったよりも大きく一気に距離を詰められた。もたついた動作でADを構えてくるがもう遅い。スピードを可能な限りパワーに転換し、突き上げるように右拳を振り抜いた。
「アクア――」
腹に拳がめり込んだ。
「ぼっ、ばっ!?」
(!?)
信じられない程深く腹に拳が、腕までめり込んだ。どうせ死にはしないしレベル補正の影響がどれほどのものか分からないからと全力で殴ったら、拳が背中に触れた。赤ちゃん並みの腹筋だった。玄咲は水野ユキのことが心配になった。
(もう少し鍛えた方がいいのでは――いや、魔符士だから別にいいのか?)
「あ、ぶ、あ」
(!? いかんっ! 喋らせては――ッ!)
玄咲は慌てて左手を水野ユキの口に突っ込んだ。そして滑舌の元となる舌の根っこを掴んで、右手を腹から抜いて太腿を掴み――。
「ひっ」
(!? 柔――意識するなッ!)
腹にも通ずる太腿の柔らかさを意識から追い出し、口を圧し下げ、太腿を持ち上げ、水野ユキの体をひっくり返す。
「おがっ!?」
床に首を叩きつける。喉の奥に左腕が深くめり込む。少し引き摺り出して舌の根っこをがしっと掴む。またがり腕を足で拘束する。その際、胸が足に触れたが戦闘中だからと鉄の理性でその柔らかさを玄咲は意識から追い出した。玄咲は完全に水野ユキを拘束した。
それでも水野ユキは抵抗をやめなかった。涙を流しながら、回らない舌で、詠唱を試み続ける。
「――ぉ、あう。おー、あう。おー、あう」
(!? なんて、闘争心だ。あう、おー――つまりアクア・ボールと言おうとしているのだろう。入学直後だからメンタルが弱い。失礼な決めつけだった。水野ユキは元々芯は強い人間。その芯の強さは今の時点から既に輝きを放っている――!)
水野ユキの手元を見る。未だにADは手放されていない。闘争心の塊。不屈のメンタル。玄咲は感嘆と、それと同じだけの憐憫の情を同時に抱いた。
(……さっさと止めを刺そう。いたぶるのは趣味じゃない)
「
動きの邪魔になるという理由で武装解放していなかったベーシック・ガンのカードを右手でポケットから取り出し、玄咲は武装解放した。右手に白い銃が握られる。
(さて、あとは通常攻撃で――)
そこではたと気付く。通常攻撃とはどうやればいいのだろうかと。
(えっと、通常攻撃は通常攻撃で、カードコマンドとは別にMPを消費せずに発動できるステータス依存の低威力の攻撃でえっと――えっと?)
さらに気付く。戦闘画面に当たり前に存在する通常攻撃というコマンドがストーリーでは深堀りされていないことに。なんとなくシステムとして馴染みが良いから疑問に思わなかったが、よく考えたら通常攻撃という概念そのものが設定としておかしいということに。
(もしかしてCMAの製作者、凄い初歩的なところで設定ガバった? いや、もしかしたら戦闘システムのテコ入れにストーリーの帳尻合わせが間に合わなかったのかもしれないし、触れられていないだけで遠大な設定があるのかもしれない。いや、今はCMAの擁護などどうでもいい。ど、どうすれば――!)
試しにベーシック・ガンのグリップで頭を殴ってみる。信じがたい愚行を目撃したと言わんばかりに水野ユキの眼が見開かれた。呆れてものも言えないのか詠唱まで止まった。玄咲はその反応に少し心をやられながらSDのHPゲージを見る。水野ユキのHPゲージは1mmも減っていなかった。
(ADで攻撃すればいいという訳ではない、か。と、なると、もうこのゴミカードしかないか……)
ベーシック・ガンを床に置き、ポケットからアイス・バーンのカードを取り出す。そして、グリップ底のスロットに右手だけでカードを挿入せんと苦心する。手間取ったがなんとか成功する。
「よし」
玄咲はベーシック・ガンを水野ユキの背後の地面に向けて
「アイス・バーン」
引き金を弾く。その瞬間、身体の奥底から何かがベーシック・ガンに流れ込む不思議な感覚に襲われた。
(これが、魔力というものか……!)
ベーシック・ガンのスリットから青い光が漏れる。そして銃口から青い光弾が放たれ地面に着弾。地面が瞬く間に凍り、1メートル四方の氷の地面が出来上がった。
(なる、ほど。自分から何かをした感覚はない。勝手にADが全てを制動してくれた。そんな感覚だ。そして、魔力量。見るまでもなく体感で分かる。ステータスにMPの項目がないわけだな。そんなものなくても使えば体感で分かる。そういうものなのだろう。おそらく)
実際にカード魔法を使ってみたことで、玄咲の中でこの世界でのカード魔法への理解が急速に進む。改めてカード魔法について学び直す必要を高揚感とともに玄咲は抱いた。
(と、浮かれてる場合じゃない。早く試さないと)
玄咲は水野ユキの眼を覆うようにして右手で顔面を掴んだ。泣いている姿を見るのはあまり気持ちがいいものではないからだ。なんとも偽善的だと自嘲しつつ玄咲は水野ユキの後頭部をアイス・バーンでできた魔法の氷に叩きつけた。
(――どうだ?)
これで駄目なら万事休す。祈るようにSDを見る。水野ユキのHPゲージを確認する。
――僅かに、しかし確かに、HPゲージは減少していた。
「――やった」
笑みが、零れた。
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