第15話 焼芋狩り
「1年B組出席番号76番畑耕士(はたけたがやし)。あのシャツが汗で蒸れてそうなかっぺが俺のカモだ」
「かっぺ……」
1年B組の教室の前。謎に扉横のスペースに身を隠して顔だけ覗かせて玄咲と、あとシャルナもB組の教室の様子を伺っていた。とりあえず建物の中に入る時は身を隠して様子を伺ってから。長年の軍隊生活で身についたその癖を無意識に発揮した結果だった。
玄咲の視線の先にはシャツが汗で蒸れてそうな丸々としたジャガイモ顔の坊主頭の男子生徒がいた。窓際の席に座って、無駄に無邪気そうなつぶらな黒い大きな瞳で窓の外の雲を頬杖を突きながら眺めている。田舎で畑でも耕していそうな純朴そうな雰囲気の体とお腹の大きな男子生徒だった。
(くくっ、畑耕士。序盤の稼ぎの要である焼芋狩りのキーパーソン。レベルは17。普通に戦えば序盤にしてはかなりの実力者。だがこいつには開発者から仕様として設けられた穴がある。その穴を突けばこの試験はただの稼ぎ場に代わる。勿論俺は突かせてもらうぜ。お前の、穴をな)
「くく、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
シャルナに見送られて玄咲は玄咲は教室の中へと足を踏み入れた。まだ教室にいる幾人かの生徒が玄咲に気付き「あっ、こいつは」みたいな顔をするが玄咲は全く気にしなかった。一直線に畑耕士の方へと進む。畑耕士はまだつぶらな瞳で雲を見上げている。玄咲の接近に気付く様子もない。
(こいつのこの試験での使用カードはジャガイモ・アタック。MP消費3で威力20の攻撃を2~5回行う強力なカード。CPU専用カードの常として主人公の使用カードより明らかに強く設定されており、この試験で主人公が選べるカードの中で最強の攻撃力を誇るダーク・スラッシュの威力60を軽々超えてくる。だが、ジャガイモ・アタックはアイス・バーンで完全封殺できる。アイス・バーンを使うと畑耕士は『ジャガイモが飛び出さないっペ~』と『どうすりゃいいんだっぺ~』の2種類の特殊ボイスを話すだけのサンドバッグと化し通常攻撃を連発しているだけで簡単に倒せる。しかもこいつはポイントをNPC最高レートの5000ポイント賭けてくれる上にレベルが高いから経験値も稼げる。開発者からある種のお助けキャラとして用意されたキャラだ。こいつを利用した焼芋狩りはプレイヤーなら誰もがお世話になる鉄板の稼ぎ。使わない手はない。畑耕士。お前に恨みはないが俺の
畑耕士の席の前に立つ。畑耕士はようやく玄咲の接近に気付き、黒くて丸いつぶらな瞳を玄咲に向けた。視線が合う。間近で見ると思ったより目にパワーがあって不気味だった。「あれ? 壊れちゃったっペ?」と、無邪気にそんな台詞を言いそうな底知れない怖さがあった。ゾウアザラシを思わせる瞳。少し気後れしながらも、仲間の拷問死体を見るよりはマシだと自分を叱咤し玄咲は話しかけた。
「おい。俺とカードバトルしろ」
「え? 嫌だっペ」
「……?」
聞き間違いかな? そう思い玄咲はもう一度尋ねてみた。
「俺とカードバトルをしろ」
「だから、嫌だって言ったっペ。聞こえなかったっペ?」
「な、なぜ……?」
「あんたあの痴漢魔の天之玄咲だろっぺ。顔と言い所業と言い100%悪人だっぺ。おら悪人嫌いだっペ」
「ちょっとまってそれは勘違いだ俺は痴漢魔じゃないし悪人じゃないだから俺とカードバトルしろ」
「理由はそれだけじゃないっぺ。正直あんたが悪人ってだけなら別カードバトルしてもいいっぺ。ただでさえ悪人顔で信用ならないあんたが試験開始直後に何の面識もないおらの元に来たってのが怪しすぎんだっペ。何か企んでますって白状してるようなもんだっペ」
「うっ!?」
クリティカルだった。玄咲は取り繕う事も出来ず呻いた。畑耕士はふん、と鼻を鳴らした。
「あー、やっぱりだっぺ。分かったっペ。あんたオラが田舎もんだからカモにできると思ったんだっペ? そうはいくかっぺ!」
「違っ、俺はただ純粋に君とカードバトルしたくて――」
「カーッ!」
あまりにも見苦しい言い訳をする玄咲の足元に、
「ペッ!」
畑耕士は唾を吐いた。さらにゾウアザラシのようにつぶらな瞳で凄んでくる。
「んな嘘に騙されるかっペ。あんま田舎もん舐めんなっぺ」
「ちょっと待ってくれ! お願いだから俺とカードバトルしてくれ!」
「うわっぺ!」
玄咲は畑耕士の肩を勢いよく掴んで、前後に揺すりながら本気の涙目で懇願した。
「俺は君と3日間毎日1日中ポイント5000賭けでカードバトルをすること前提でカードを選んだんだよ! 今更変えられないんだよ!」
「!? あんた頭おかしいっぺ!? んな条件誰も飲むわけないっペ!? 大体その5000ポイントどこから湧いてくる計算なんだっペ!?」
「頼むよ! 俺とカードバトルしてくれ! 俺を退学にしないでくれ!」
「触んなっペ!」
「うっ!」
突き飛ばされる。その隙に「ガチキチだっペ……怖いっペ……」と言いながら畑耕士は逃げて行った。その背に手はもう届かない。それでも玄咲は手を伸ばす。希望に手を伸ばすは人の性。そしてすり抜ける様を見て絶望し全てを諦めるのもまた人の性だった。
「……」
無言で玄咲はシャルナの元に戻る。開口一番シャルナは玄咲に問うた。
「どういう、つもりだったの」
「アイス・バーンは彼の使うジャガイモ・アタックの特攻カードなんだ。彼とだけ戦ってれば簡単に試験に合格できるはずだったんだ。おかしいな……」
「……」
シャルナは白い目で玄咲を見る。そして、大袈裟にため息をついて見せ、
「ド」
から、一泊措いて、
「馬鹿」
と、そう言った。
「…………」
返す言葉もなかった。
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