第12話 A to D

 ラグナロク学園の校舎の横には2つの建物が並んでいる。

 デバイスショップとカードショップだ。


 店の名前の通り、デバイスショップではADを、カードショップではカードを取り扱っている。どちらの店も白い外装に店名が書かれた黒い看板が出入り口の上にかかっただけのシンプルな外観をしている。客寄せをしなくても学園の生徒がいくらでも押し寄せるので外装に凝る必要がないのだ。店のサイズは大きく両店とも横幅が30メートルを優に超えている。どちらも国内有数の品揃え。だが、在庫自体はどちらもカードなのでかさ張らない。店が大きい理由は単純にそれだけ多くの生徒を一度に収容する必要があるからだった。


「すごく、大きい」


 シャルナが玄咲の隣で、両店を見上げながら感嘆の声を上げる。玄咲は現在、試験で使うADとカードを買うためにシャルナと二人で店の前まで来ていた。シャルナと同様、店を見上げながら思う。


(大体ゲームで描写されていたのと同じ校舎との縮尺比。アスペクト比。だが、目の当たりにすると、思ったより大きいな……)


「入ろ」


 シャルナが言う。


「えっと。どっち」


「んー……こっち」


 シャルナは右――校舎から見ると奥の店を指さす。


「デバイスショップからか。分かった」


「行こ」


 シャルナに先導されて、玄咲はデバイスショップの生徒でごった返す出入口へと向かった。





「すごい、量」


 デバイスショップに所狭しと並べられたショーケースと、その中に飾られたADを見てシャルナは入店するやいなやそう言った。並んでいるADは数はもちろん、その種類も多岐に渡った。剣、短剣、刀、矛、槍、レイピア、斧、ハンマー、グローブ、薙刀、水晶、鏡、人形、壺、本、鞭、杖、弓、銃、パチンコ、砲、楽器……玄咲にも挙げ切れないほどだった。


(CMAって無駄に武器の種類が多いんだよな。プレイヤーの使える武器は8種類だけだけど、キャラの個性付けのためかプレイヤー以外のキャラは性能コンパチの奇抜な武器をバンバン使ってくる。トランプ型のAD使ってくるモブとかいたけどあれどういう仕組みになってんだろ……)


「見て」


「ん?」


 シャルナが人だかりのできているショーケースを指さしている。玄咲はそちらに視線を向けた。


「ああ、あれか」


 言いながら玄咲は人だかりに近づいていく。シャルナもついてくる。2人で人だかりの向こうから遠巻きにショーケースを眺める。ショーケースの中には白色のADが幾種類も飾られていた。


「あれはベーシック・アームド・リード・デバイス。この試験で使う特殊なADだよ。癖がなく全てが低水準で纏まった使いやすいADだ。試験の公平を期すためどの武器も性能は平均化されている。俺たちはあれを使ってこれから戦うんだ」


「白だよ。真っ白」


「飾り気がないのも仕方ない。この試験でしか使わない低性能ADだから余計な費用をかけていられないんだろう。新入生の数は膨大だしADの開発は金がかかるからな……」


「いっぱい、作るんだ」


「ああ」


「ふーん……」


 ADから玄咲に視線を移してシャルナは言う。


「詳しい、ね。説明、なかったのに」


「え? あ、ああ。下調べをばっちりしておいたんだ。それだけだ」


 本当はゲーム知識の流用だがそう誤魔化しておく。シャルナは納得したのかそれ以上深く突っ込んでは聞いてこなかった。玄咲はほっとした。


(そういや説明なかったな。クララ先生は説明してくれるのに。忘れてたん、だろうな……。クロウ・ニート。ゲームの印象のまんまだ。最低限のことはやるしできるが根本的に授業にやる気がないからか爪が甘い……)


「玄咲のADの、武器種は?」


「俺か。俺は……」


 シャルナの質問に玄咲は迷う。


(正直、このチュートリアルイベントはプレイヤーが使える8種の武器、剣、短剣、刀、斧、パチンコ、杖、弓、銃のどれを使っても簡単にクリアできる低難度イベント。どれでもいいという意味で悩むな――待てよ。ゲームでは大空ライトくんがこいつらが俺にあってると言って常に8種の武器しか選択肢に提示してくれなかったが、今はそうじゃない。他の武器も選べるんじゃないか?)


 試しに玄咲はシャルナに尋ねてみる。


「トランプ、とか選んでもいいかな」


「正気?」


「いや、冗談だ」


 正気を疑われただけだった。この世界でもやはりトランプを武器にするというのは狂気の選択肢らしい。そもそもシャルナに8種の武器以外を使えるか聞いて何になるのか。血迷っていたことを自覚した玄咲はそれ以上のシャルナへの質問をやめて思考をフラットに戻す。


(……落ち着け。例え使えたとしても使い慣れていない武器を選ぶことはデメリットでしかない。今は8種の武器から選ぶのが最善。どれでもいい。が、使い慣れてるという観点から考えるとここで俺が選ぶべきは――)


 疑問形ではなく、今度は断定系でシャルナに告げる。


「――銃だ。俺はずっと銃を使ってきたからな。銃がいい」


「うん。使い慣れた奴が、いいと思う」


「シャルナは何を選ぶんだ」


「剣」


「何?」


 玄咲は思わず聞き返した。聞こえなかったのかな? そんな風に小首を傾げたシャルナがもう一度言う。


「剣」


「剣……か」


 玄咲は戸惑った。ゲームでの知識と相反していたからだ。


(ゲームの彼女の武器は短剣。そしてそれを扱うに特化したステータスをしている。剣なんて彼女の長所を殺す選択肢だ。なぜ、)


「なぜ、剣を」


 思わず玄咲はそう尋ねていた。シャルナは素直に答える。


「まず、剣は、最も使われている」


「そうだな。最も使用者数が多い武器だ。ボリュームゾーンである初心者層での使用率が高いからな」


「次に、性能に、安定感がある」


「そうだな。尖った所のないオールマイティーさが売りの武器だ。長所が薄いとも言えるがな」


「最後に、以前読んだ本で、よく知らないけど、説得力のある言論を、展開する作者が、剣万能論を唱えてた」


「……そうか」


「つまり、剣は最優。最強。間違いない」


「……」


 玄咲は額を抑えようと頭に伸びかける手を腰の横に固定するのに結構な精神力を要した。一見、正しいことを言ってるように聞こえなくもない。なのに頭痛が痛いばりに聞いてると頭が痛くなってくる。発言に、何かが致命的に欠けていた。


 玄咲の脳裏にふとある疑問が浮かぶ。それをそのままシャルナにぶつける。


「シャル。君は何故G組に配属されたんだ」


「……その、成績が」


 そこでシャルナは言葉を一旦切った。


「成績が?」


 中々続きを話さないシャルナに玄咲が問う。それでようやく、恥ずかしそうに俯きながらシャルナは続きの言葉を口にした。


「筆記、試験の、成績が、最下位、だったから」


「……なる」


「なる?」


 シャルナはジト目で玄咲を睨み上げた。


「ほど」


「ほど……」


 止めようと思ったが言いかけた言葉を急に止めることはできず、結局玄咲は最後まで言い切った。シャルナがしゅん……とうな垂れる。


「……その、ラグ学に入った、時点で、世間的に、私はエリート」


 少し強い口調でシャルナは断じた。


「バカじゃ、ない」


「……」


 別にバカとまでは言っていない。ただ一度深く頷くにとどめて玄咲はその言葉を呑み込んだ。



 結局シャルナは剣型のADを、玄咲は銃型のADを購入して、デバイスショップを退店した。

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