第10話 サンダージョー
「――ば、馬鹿な……なぜあいつが……」
玄咲は思わず声に出して驚いた。本来ならいるはずのない男が入室してきたからだ。
「――すみません。遅れました」
木造の扉をガラリと開けて。
全く悪びれた様子のない鷹揚な口調でそう言いながら。
目が線になるほどの笑顔を浮かべているにもかかわらず拭い難い不気味な雰囲気を携えて。
その男は入室してきた。
「――遅いぞ。入学初日に遅刻をするとは中々いい度胸をしているな」
教室の生徒の大半が一斉にクロウを見た。お前が言うのか。軽度の驚きとともにその内心を表情に張り付かせて。生徒たちの反応とクロウの血塗れの服装を訝しむ様子を見せながらも、入室してきた男はあくまで笑顔でクロウに応じた。
「家業が長引いたもので。だからすみませんと申しているではありませんか」
「口だけの謝罪は逆効果だと学ぶべきだな、
「僕もあなたの担任になるとは思いませんでしたよ。全てはフェルディナ神の導きの成果也。この機会にあなたも一冊どうです?
「いや、いい」
「そうですか。残念」
(え? 知り合いなのか?)
2人には玄咲の知らない因縁があるようだった。当たり前のように懐から取り出した黒い装丁の分厚い本をまた懐に仕舞う男。その男を、生徒の一人が震える指で差して叫んだ。
「サ……サンダージョーだ!
ピリッと。
叫ばれた、サンダージョーという名前をトリガーにして。
教室に、一瞬で鋼糸を張ったかのような緊張感が満ちた。
「サンダージョーって、うちの3年生も参加したカードバトル大会で圧倒的な大差をつけて優勝したっていうあのサンダージョーかよ。ヤバさ全ブリバリじゃねーか……」
「一家揃ってエルロード国の国教のエルロード聖教の敬虔な教徒でその教義に従ってアマルティアン狩りを子供の頃からやってるらしーゾ。雷丈家はエルロード教国と繋がりがある強大な貴族だから国も手が出せねーんだ」
「天下一符闘会で優勝を狙える逸材らしーヨ! あいつとのカードバトルは避けるのが賢明だネ……!」
「噂ではアマルティアンに限らずただの亜人も狩ってるらしいわ。あくまで噂だけどね……でも、本当でも驚かないわ。あいつ屑だもの」
口々に、武名、悪名、風聞、醜聞――サンダージョーに関する噂逸話を生徒たちがやり取りし合う。等しく、畏怖と情報が籠められた会話達。それらをしっかりと耳で拾いながら、玄咲もまた視線をサンダージョーに釘付けにされていた。胡散臭い笑顔。金メッキみたいな髪色。質の悪い詐欺師のように外面だけ綺麗にコーティングされた顔。ゲームの印象そのまんまだった。
(……サンダージョー。3学期に復学して主人公の前に立ちはだかる学園編のラスボス。さっきはなぜこのタイミングでと驚いたが、逆だ。入学間もない今だからこそ現れたんだ。サンダージョ―は入学早々事件を起こして長期停学をくらっていたという設定で復学する。だが、その事件の詳細がゲーム中で語られることはない。一体、何が――)
「なん、で」
(ん?)
「なんで、あいつが……」
――シャルナがただでさえ白い肌をさらに生白くしていた。蝋人形のよう。ペンを握った右手がカタカタと震えている。玄咲はサンダージョーを見て、それからまたシャルナを見た。
(……この2人にも、どうやら俺の知らない因縁があるようだ。入学早々退学になるシャルナと、入学早々停学になるサンダージョー……ちょっと無関係とは思えない)
「――で、使い方はこうだ。そして今は先程説明した試験のパートナー選びを行っているところだ。分かったな」
「はい。感謝いたします」
クロウがサンダージョーにSDの使い方と試験の説明を終える。説明を聞き終えたサンダージョーがパートナーを見繕うと教室を見回し机と机の間の狭路に足を踏み入れる。
「さて、僕のパートナーは――」
「おい」
「ん?」
そんなサンダージョーの前に1人の男が立ち塞がった。パンチパーマに、猿顔。ヒロト・オライキリだった。ヒロトが首を捻り下から抉り上げるようないい角度でサンダージョーにメンチを切る。
「テメー、サンダージョ―だか惨殺ショーだか知らねーが入学早々遅刻した阿呆んダラの分際であんま調子ノってんじゃねーぞ。あんまヤンチャこいてっと誘拐犯みたいに誘拐してお前をブタ箱まで連れてっちゃうぞ。こエーか? んんー? こエーっていってみろよアアーン!」
「……やれやれ」
サンダージョーが左右に首をゆるりと振る。そして、自らヒロトへと歩み寄り距離を詰めていく。ヒロトに手を伸ばす――。
「お? なんだ? やんのかこのスカシパッキンが――」
「死になさい。この薄汚いバナナモンキーの亜人が」
ゴシャ!
サンダージョーが無造作に、素早く掴んだヒロトの頭を近くの机へと顔面から叩きつけた。血の華が咲く。悲鳴が上がる。席に座っていた女性徒が椅子から滑り落ち、そのままケツで床をずりながら距離を取る。サンダージョーは尚もヒロトの顔を机へと叩きつけ続ける。机に溜まった血が飽和し、端からポト、ポトと床に垂れ落ちてゆく――。
「ガハッ! ブヘッ! オブッ! や、ヤベベッ!」
「エルフや天使ならともかく、バナナモンキー如き下等な亜人が人間様に歯向かっちゃいけないでしょう? そんなことも分からないのですか? ああ、分からないからバナナモンキーなんですね。なら、分かるまで躾けてあげましょうね。あと30回くらい叩きつければその小さな脳味噌でも――」
「ダークバレット」
朗々とした声が響く。サンダージョーはヒロトを手放し、手を声のした方へと向けた。黒い光の弾丸が勢いよくその手にぶつかる。それだけだった。手に当たった瞬間光は霧散し、あとには傷一つつかず。
「――ランク1程度の魔法では傷一つつかず、か。噂通りの化物だな」
「――なんですか?」
笑顔のまま、サンダージョ―がゆっくりとクロウの方を向く。
「そこまでにしておけ。サンダージョー。やり過ぎだ」
「……
「サンダージョー」
クロウは短剣の切っ先を向けたまま、猛禽のような眼光でサンダージョーを睨む。雷丈はしばらく沈黙したあと、おどけたように肩をすくめて、両平手をあげて首を振ってみせた。
「――おお。怖い怖い。流石はラグナロク学園の教師。すごい圧だ。分かりましたよ。矛を納めましょう。こんな奴どうでもいいですしね」
サンダージョーがヒロトから離れる。クロウはすぐさま言った。
「誰か回復魔法に適性があるものはいないか」
「は、はい! 私適性あります!」
「カードはあるか」
「はい!」
「頼む」
「はい。アクアヒール!」
女性徒の1人がヒロトに駆け寄り、携行したカードとADで回復魔法の【アクアヒール】を発動する。何度か発動するとヒロトの傷はすぐに癒えた。
「あ、あれ……俺、気絶して……」
ヒロトが目を覚ます。そして、状況確認のため辺りを見回して、サンダージョーを見つけた。
「う、うわぁああああああああああああああああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
すぐさま土下座。そして何度も頭を地に打ちつける。サンダージョーがヒロトに近づく。ヒロトの肩がビクっと震えた。
「ご、ごめんなさい……」
――そっ。
サンダージョーはヒロトに新約創界聖書をそっと優しく差し出した。ヒロトがサンダージョーを見上げる。
「え?」
「分かればいいのですよ。己の分際というものが。私の気持ちが伝わったようですね。これからは新約創界聖書で定められた亜人ランク最下位から2番目のイェロウマンキーの下等亜人らしく、分際を弁えて生きなさい。
「は、はい。ありがとう、ございます……」
「よろしい。これからは決して人間様に逆らったらいけませんよ。特に、神の子たるこの僕にはね」
「さ、逆らいません……ダルシーも実行します」
「うん。いい返事です。これからは己の分際を弁えて生きなさい。変にイキったりせずに、ね」
一応、歪んだ形ではあるが場が納まった。クロウは渋面を作り、額を抑えながら、それでも生徒に、指示を出した。
「とりあえずパートナーを選べ。それが学園長の指示だ」
学園長へのそこはかとない畏怖が仄見える発言に、クロウに何か言っても仕方ないのだろうと生徒たちは諦め、ペア作りを再開した。
玄咲は瞬きも忘れてずっとサンダージョーを見つめていた。
(……やっぱり、許されるのか。あいつはいつも許される。国際法よりも校則が優先されるラグナロク学園の特異性で、回復魔法で治せばオッケーという学園長のガバガバすぎる傷害判定で、学園街では雷丈家の権力で、少々贔屓され過ぎなくらいに。裁かれるのは学園編のラスト、主人公が一騎打ちの【決闘】でサンダージョーを打ち倒したあとのイベントでようやくだ。それまでひたすらプレイヤーにストレスを与えてくる。そのせいでプレイヤーから総スカンをくらった悪役というよりは嫌われ者という表現がしっくりくるゲームの欠点呼ばわりされる程の不快キャラクター。非公式人気投票で2位に50倍差をつけて1位を取った伝説を持ちCMAの売り上げを10万本は減らしたと言われるキャラクターで、俺も一番嫌いなキャラクターだ……。なにせあいつ最後はクララ先生の顔をぶん殴って骨まで折りやがった本物の悪魔だからな。しかし)
サンダージョーならおかしくない。思いつつも、玄咲はサンダージョーの凶行に少し違和感を覚える。
(なんかこいつ、ゲーム以上に凶暴じゃないか? ゲームでは一応最低限人前では本性を抑えるくらいの理性は持っていたはずなんだが……む?)
「さて、僕一人でも試験なんて合格できるのでパートナーなんて誰でもいいのですがね。どうしますかねぇ。顔で選ぶとしますか。だ、れ、に、し、よ――お」
教室を練り歩いていたサンダージョ―が玄咲の方へと近づいてくる。身構える玄咲を華麗にスルーして。
サンダージョーはシャルナに声をかけた。
「これは、これは。お美しい。さしずめゴミ箱に捨てられた一輪の花。どうです? 合格させてあげますから僕とパートナーになりませんか? あぁ、勘違いしないでくださいよ。この世に神の子たる僕と釣り合う女性なんていないのでプライベートでは絶縁状態でお願いします。変な勘違いは僕に失礼だとまず理解してください。僕は神の子。あなたはただの人間。まずその格の違いを理解。Do You Understand?」
どうしたいんだこいつは。誘ってるのか? Disってるのか? どっちなんだ? 混沌とした言動に戸惑いサンダージョーへの対応を決めあぐねる玄咲の前で。
「――しかし、それにしても人間の中ではマシな容姿をしている。試験中の眼の保養に丁度いい。実に美しい。特にその」
シャルナの白い髪にサンダージョーが手を伸ばす。流石に髪へのタッチはなんか生理的に許容できなかったので即座に玄咲は止めにかかった。
「ちょっと待――」
「白い
サンダージョーの手にペンが突き立った。
掌の中央に、深々と、銀色の先端が埋まった。
シャルナが刺したものだ。
「あなたが、触れないで」
サンダージョーの手に手を伸ばしかけた中途半端な姿勢のまま玄咲は凍り付く。サンダージョーは眼を見開きシャルナを見たあと、ペンから手を慌てて引き抜き呻きながら逆の手で出血ヶ所を抑えた。
「殺す」
(殺意――)
シャルナの白い瞳の中に玄咲は真っ黒な本物の殺意を見る。シャルナがペンを振りかぶる。そしてサンダージョーの首元目掛けてペンを振り下ろした。
「許さない」
(ゲームと、アムネスの亡霊と、同じ台詞――)
「――それはこっちの台詞だクソアマが」
サンダージョーが裏拳を振るった。シャルナの反応速度を遥かに超えた豪速。玄咲も突然のことなので対応しきれなかった。シャルナが手首を抑える。ペンが床でカラカラと転がる。
「殺してやんよ。僕に楯突いた罪でな」
(ッ! 敬語が崩れた。サンダージョーの激昂――いかんッ!)
サンダージョーは激昂すると敬語が崩れ暴力に躊躇いがなくなる。ヒロト・オライキリにしたような暴力は本来ならこの状態でしか行わないのだ。この状態に入ったということはサンダージョーの
玄咲は一瞬も迷わずシャルナの味方をする決断を下した。
サンダージョーがシャルナの落としたペンを爪先で蹴り上げ手でパシッと掴む。そしてそのまま手首を翻し何の躊躇もなくシャルナの頬へと振り下ろした。シャルナは一切の反応を示さない。速すぎて反応できていないのだ。動きを先読みして差し込んでいた手で玄咲はサンダージョーの手をペンを指の間に外しながら受け止めた。
(!? 強――)
想像より遥かに力が強い。そう無意識領域で感じ取った時点で半ば本能的に玄咲は受け止めるのを諦め、軌道を逸らしながらもう一本の手をサンダージョーの腕を掴み猛烈に引き込む。そしてサンダージョーの体に肩を潜り込ませて設置しそのままサンダージョーの攻撃の勢いをも利用して縦の回転をかけて投げ飛ばした。サンダージョーの足が天井を向く。
一本背負い。
サンダージョーの背中が床に強かに打ち付けられる。
「かはっ!」
遅れて、シャルナが反応を示す。背後に投げられたサンダージョーと、次いで玄咲を驚きの目で見た。
「なんて奴だ――一切の躊躇がなかった。信じられん。このクズめ」
「き、貴様。何故、僕ではなくそのクソアマの味方をする。普通逆でしょうがッ!」
「?」
よろめき立ち上がりながらサンダージョーが言う。玄咲は理解不能なものを見る目でサンダージョ―を見た後、言った。
「冗談だろう。お前みたいなクズの味方、聖人だってするはずがない」
サンダージョ―から表情が消える。声と、体を震わしながら言う。
「聖人、聖人と、僕が、聖人さまに見放された罪人だと、貴様、そう言ったのか。貴様、貴様……」
「いや、誰もそんなことは」
「貴様ぁああああああああ! シャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!
サンダージョーが腰につけたカードケースからカードを抜き放ち叫んだ。サンダージョーの手の中に禍々しい黄金色の鞭が現れる。さらにカードケースからカードを抜き放ち、黄金色の鞭に挿入しようとする。その手の動きがピタっと止まった。
「そこまでだ」
いつの間にかクロウが漆黒の短剣をサンダージョーに向けて玄咲の背後に立っていた。サンダージョ―に歩み寄りながら言う。
「このADの中にはお前を殺せるカードが挿入されている。ダークバレットみたいな授業用の雑魚カードじゃない。俺が仕事で使うカードだ。殺されたくなければ武装を解除しろ」
「くっ、ぐぅうううううううううう! ……不良教師め。魔符士の風上にもおけない。この学園でなければそれは犯罪行為ですよ」
「ADを平気で人に向ける奴に言われたくはないな」
現在進行形でADを人に向けているクロウの正気を玄咲は一瞬疑った。が、どうやら味方してくれているようなので細かいことは気にしないことにした。
「……
サンダージョ―がADをデバイスカードに戻した。クロウも戻す。
「……ふぅ。お前が誰かとパートナーを組んだら問題しか起きなさそうだ。雷丈。お前は一人で試験を受けろ。別に構わないだろ」
「構いませんよ。こんなお遊戯会みたいな真似に付き合わされるのも阿呆らしいですからね……」
そう言って教室を出ようとしたサンダージョーにクロウが声をかける。
「ああ、ちょっと待て」
「まだ、なにか」
「そこの青髪の女生徒、ちょっとこい」
「うえっ!? は、はい」
「治してやってくれ」
「うえぇ……」
ヒロトを治したのと同じ女生徒が心底嫌そうにサンダージョーの怪我を治す。
「……ふん。一応礼を言っておきますよ」
サンダージョーは今度こそ教室を出て言った。クロウは髪を掻き結構な量のふけを落としながら言った。
「はぁ……今年は面倒くさい1年になりそうだな……あ、あとお前。ついでにこいつの手首も頼む」
「はい……」
青髪の女生徒がシャルナの腫れた手首にアクアヒールをかける。シャルナが礼を言う。
「ありがとう」
「あ、あんま、関わらないでくれるかな。サンダージョーに睨まれたくないし」
「うん……ごめん……」
青髪の女生徒が変な噂が立ってはいけないとばかりにさっとシャルナの元を離れていく。サンダージョーが余程恐ろしいのだろう。この世界でのサンダージョーは、あるいはゲーム以上に恐れられているように玄咲には見えた。
沈んだ表情のシャルナにクロウが告げる。
「……名前はなんだ」
どうやらまだ生徒の名前を把握していないようだった。シャルナが名乗る。
「シャルナ・エルフィンです」
「そうか。シャルナ・エルフィン。ああいった真似は感心しない。そりゃサンダージョーは見てるだけで殺したくなるような男だがな、それでも教師としては注意しないわけにはいかない」
「はい。すみません……」
「何か事情があるんだろうがな。深く聞くつもりはない。凄い面倒ごとの気配がビンビンするからな。俺は深く関わりたくない」
「……はい」
「まぁ別に俺個人は怒っていないし、次から気をつけてくれればそれでいい。それだけだ。……このクラスのトラブルは俺に責任が付き纏うんだ。本当、頼むよ」
クロウの台詞は純度100%の本音だと確信できる信頼感に満ちていた。早くもクラス全員と築きつつある濃厚な負の信頼感に。
「話はそれだけだ。ああ、あと、天之玄咲」
クロウは玄咲の名前はばっちり憶えていた。良くも悪くも早速有名になってしまったなと玄咲は
「サンダージョーの暴行を止めてくれてありがとう。流石に俺も女生徒の頬にペンが突き刺さる場面なんてのは見たくなかったからな。責任とか関係なしに素直にそう思う」
「恐縮です」
「それと、先程は見事な隊捌きだったな。流れるようだったぞ。何かやっていたのか」
「まぁ、色々と……」
誤魔化しではなく、特定の武術や技術体系にルーツがあるわけではないので本当に自分でも色々としか言えなかった。強いて言えば実戦で磨き上げたオリジナル戦闘術ということになる。それはそれで過去の断片を明かすことになるので、それと恥ずかしいので、言うのが躊躇われた。
クロウが勘違いをする。
「そうか……まぁ言いたくないならいい。なるべく手の内は隠しときたいだろうしな」
「まぁ、そうですね」
手の内は隠しておきたい。カードケースの中のカードのことを思いながら玄咲は同意を返す。
「――だがな、天之玄咲」
珍しく真剣な表情をクロウが作る。
「サンダージョーには気を付けろ。あいつは多分お前が想像しているより危険だ。でないとその子を庇ったりなんてできなかったはずだからな。礼は言ったし本心だが、危うい真似をしたなとも正直思っているよ」
「そう、でしょうか」
「ああ、そうだ。……お前には少し浮ついた雰囲気がある。万事、どこか物事を軽く考えているようなそんな雰囲気だ。あまり良くない傾向だ。改善した方がいい」
「……そう、かもしれません」
クロウの言葉に思い当たる節は多くあった。確かに玄咲は浮かれている。浮かれないはずがない。憧れのCMAの世界に転生したのだ。間違いなく浮かれている。自分でも自覚はある。十何年ぶりに、玄咲は浮かれはしゃいでいた。
物事を軽く考えている。
(…………)
玄咲は玄咲なりにこのゲームの世界に真剣に向き合っている。
ゲーム知識を最大限活用して、ヒロインを攻略しようと思っている。
軽く考えているつもりはない。
だが人によっては、メタ視点が齎す余裕がある種の軽薄さにうつるのかもしれないと、玄咲はクロウの言葉に納得する。
だからと言ってスタンスを変える気はないが。
天之玄咲からゲーム知識を抜いたらまともなものは何も残らないのだから。
楽園に相応しくない人間しか残らない。
天使になど好かれるはずのない悪魔しか。
「まぁ、あまり深く考え込むな」
クロウが嘆息して言う。
「酷い眼だな。すまなかった。お前にとってその軽さは防波堤なんだな。一皮剝いたらそんな眼をするとは思わなかった。……試験前に心を乱すようなことを言って悪かった。もう俺は何も言わん。たまに真面目になってみればこの結果だ。やはり俺は怠惰なくらいが丁度いい。じゃあ俺は教壇に戻る」
クロウが宣言通り教壇に戻る。
「色々と、面倒くさい奴らだな。お前らは。俺みたいにもう少し適当に生きた方がいい」
そう言い残して。
「…………思ったより、いい先生だな」
クロウの言葉は玄咲の心をよく捉えていた。生徒をよく見ている先生だった。怠惰な面ばかりが強調されていたゲームとは随分と印象が異なる、素直にいい先生だと思える人間だった。
(しかし、本当に)
玄咲の心を、本当によく捉えた言葉だった。だから玄咲はクロウの言葉についてあまり深く考えないようにした。
見たくないものを見ないようにするために。
「ありがと、ね」
玄咲が丁度心を切り替えたタイミングでシャルナが話しかけてくる。
「助けて、くれて」
「ああ、気にしなくていいよ。好きでやったことだ」
「うん。ありがとう……その、もう一つ、だけ、助けて、くれる?」
「なんだ」
「私の、パートナー、になって、欲しい」
「分かった」
玄咲は即答で了承した。シャルナはほっとしたように顔をほころばせた。
「だが、俺なんかで良かったのか」
「うん。玄咲が、いい。最初から、誘おうと、思ってた」
「! そ、そうか。俺もだよ。嬉しいな……」
「それに」
シャルナが視線を玄咲から教室に移す。玄咲も釣られてシャルナから教室へ。
シャルナと玄咲の席の周りにはぽっかりと空白ができていた。明らかに2人を遠巻きにする空気が出来あがっていた。サンダージョーとひと悶着を起こしたせいだろう。2人と組んだらサンダージョーに眼を付けられるとでも思っているに違いない。教室の空気には畏怖が満ちていた。
シャルナが俯き、玄咲にも当てはまる言葉を吐く。
「もう、他の人に、頼めそうに、ない……」
「……そうみたい、だな」
入学初日からストーリーは大脱線しまくりだった。玄咲は今後の学園生活が酷く不安になった。
「――あの女、一体どこで会ったんだ?」
サンダージョーは笑みなき素の表情で、記憶を探りながら廊下を歩く。
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