第7話 シロの主


 中庭にひしめくモンスターの大群を片付けたトオルたちは一息ついていた。モンスターを一掃したことで、ここはセーブのできる安全地帯となったらしい。だがシオンは休んでいるどころではなかった。


「で、さっきのことを説明してくれるワケ……?」


「すごい……! トオルさんって、まさか伝説の勇者だったんですか!?」


 責めるような視線を送るシオンと、対照的に目を輝かせるミコト。


「フッ……そうさ、俺は勇者。この世界に平和を取り戻すため、この世界に降り立った選ばれし者」


 トオルは得意げに笑みを浮かべて、格好良くポーズを決めた。

 だが正気を取り戻したシオンがドヤ顔を晒している男の両肩を鷲掴みにする。


「痛っ、ちょ、ちょっと待てよ! なにすんだよ!」


「うるさい黙れ、この変態トマト! アンタどうしてその剣を装備できてるのよ! っていうかなんで持ってるの!」


「え? フツーにしろの宝物庫にあったけど」


「勝手に持ってきたっていうの!?」


 トオルが持っているのは、歴代のファイナルクエストにおける主人公の専用武器である聖剣だった。


 勇者の象徴で、タイトルロゴにも使用されているほど。マルチプレイとなった今作ではプレイヤーが手に入れることはできず、かつてこの世界を救った勇者から受け継いでいるという設定で王城に安置されていた。それを男が装備できるはずがない。


「ちょっと、ステータス画面を見せなさいよ!」


「えぇ? まぁ、いいけど……」


 シオンは相手のステータスを見る魔法を唱えた。すると彼の職業欄を見て驚愕の声を上げた。


「"伝説の勇者"!? う、うそ……勇者なんてジョブはまだ無いはずなのに!」


「制作サイドが、あとで聖剣を持つプレイヤーを勇者にするイベントでも開催するつもりだったのかもな。俺はただ、強制装備バグで無理やり装備しただけだけど」


「強制装備バグ……?」


 聞いたこともない単語に、シオンは首を傾げる。しかしすぐに思い当たる節があったようで、彼女はハッと顔を上げた。


「まさか、その訳わかんない着替えはそのための?」


「そう、正解~!」


 ご名答とばかりにシオンへ拍手を送るトオル。だが彼女は信じられないと目を大きく見開いた。


 強制装備バグ。

 その名の通り、強制的に装備品を身に着けてしまう不具合である。


「方法そのものは簡単なんだけど、下準備が面倒でさ~」


 このバグを起こすには、いくつかの段階を踏む必要がある。

 まずはインベントリ。ファイナルクエストでは初期で百個のアイテムを所持することができるのだが、種類は何でもいいのでこの限界まで埋める。そしてアイテム欄のラストに装備したいアイテムにしておく。


 次に可能な部位にすべての装備をしてから、目的のアイテムと装備を交換する。

 すると通常は装備できないアイテムを装備することができるのである。


「他にも魔石や回復アイテムなんかも装備できるぜ」


 ほら、と今度は胸部に赤い宝石のようなものを埋め込んでみせた。他にも股間に籠手を生やしたりと、メチャクチャな装備を披露する。

 それがいったいどういう効果を示すかは分からないが、本来あるゲームの挙動ではないことはたしかだった。


「うわっ、本当だ! こんなのチートじゃん!」


「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。これは運営が修正する前の、ルールに則った正規の方法だろ。問題があるとしたら、バグを放置した開発者が悪い」


「うぅ……確かにそうかもしれないけど、なんか釈然としない!」


「はいはい、文句は後で聞いてやるよ。それよりも今はアレだ。他のプレイヤーたちと合流しないと。――ほら。今の騒ぎを聞いて、誰かが様子を見にきたっぽいぞ」


 トオルはミコトとシオンを連れて、中庭の中心に立つ。すると豪華な鎧を身に付けた金髪の男たちが現れた。


「――シオン! ここに居たのか!」


「タクミ!? 良かった、無事だったんだね!」


 シオンは男の顔を見てホッとした表情を見せる。どうやら彼が件の彼氏らしい。


「ああ、怪異から逃れたNPCに運よく遭遇してさ。おかげで城をダンジョン化させた元凶も判明したよ。……ところで、そちらの男性は?」


「えっと、あの人は……」


 なんと説明したらいいのか分からず言い淀んでいると、代わりにトオルが口を開いた。


「俺はトマトちゃん。通りすがりの勇者です」


「ゆ、勇者ですか? ……そのトマト頭にその名前。もしかして、トマトちゃんねるの人!?」


「俺を知っているのか!?」


 男はトオルの正体に気付いたようだ。

 ここにきてようやく自分を知る人間と出逢えたことに、トオルは驚いた様子で訊き返す。


「もちろん、チャンネル登録もしてますよ! トマトメイトってやつですね!」


「おいおいおい、マジでかよ! キミ、タクミ君って言ったっけ? 良い奴だな~、俺のことを特別にトオルさんって呼んでいいぜ!」


 まさかのファンだった。しかもアンチではなく、純粋なファンである。感極まったトオルは今にも抱き着きそうな勢いでタクミの手を奪いにいった。


「あはは、俺も会えて嬉しいっす。っていっても俺がトマトちゃんを知ったのは、もう配信界隈から引退した後でしたけど……」


「あぁ、いや。知ってくれているだけで嬉しいよ。ありがとな!」


「いえいえ、こちらこそ! それにしても本当に久しぶりっすね~」


 女子二人をそっちのけで和やかな雰囲気を作るトオルとタクミ。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! アンタたち、いきなり現れて何を話しているの!?」


「ん? 何だよ、シオン。あの伝説的ゲーマーのトマトちゃんを知らないのか?」


 二人の会話を遮るように割り込んだのは、シオンであった。

 突然現れた見知らぬ男がまさか彼氏と知り合いだと思わなかった彼女は、困惑している。


「知らないわよ。っていうか、なんでタクミがそんな有名人を知ってるわけ?」


「それは……」


 タクミはチラリとトオルを見た。トマト頭をした彼の表情は窺い知れないが、どこか申し訳なさそうに首を横に振った。本人も事情を口にしたくないらしい。


「悪い、シオン。その話はまたあとでな」


「……? 分かったけど」


 シオンは怪しげな視線を向けながらも、渋々といった感じで引き下がった。


「それより、ここから脱出する方法を見付けたんだ。……そうだ、トオルさん。俺たちと一緒に来ませんか?」


「おぉ、それは俺も願ったり叶ったりだよ。ナギさんにもいい報告ができそうだ」


 トオルはここへ来た経緯を、あらためてタクミにも説明した。

『アゲハプロダクション』や政府から依頼を受けてプレイヤーたちを救出にきたということは、彼らにとっても朗報だった。


「良かった! それじゃあ俺たちは助かるってことですね?」


「現状はまだ現世へ帰る手段は見つかってないけど、取り敢えずその救助隊のいるセーフティポイントまで行けば、ある程度は安全だと思うぜ」


 不安と恐怖で疲弊していたのだろう。三人は安堵の表情を浮かべその場に座り込んだ――が、そこへタクミが連れてきていた細身の男が割って入ってきた。


「おい貴様ら! さっきから僕の居城で、何を訳の分からないことを言っているんだ。さっさとあの怪物を倒さないか!」


 男は怒りの形相で、三人を睨み付ける。


「なに、この人?」


「もしかしてタクミ君が言ってた、無事だったNPCか」


「はい、そうなんですが……」


 タクミは気まずそうに顔を逸らした。

 彼は城がダンジョン化する前に別のエリアに避難していたため、難を逃れていたらしい。しかもこの男、先程からやたらと偉そうな態度を取っている。どうやら他のNPCとは一線を画す存在のようだ。


「栄えある王国のジェイク王子に向かって、何なんだその態度は! 貴様たちがちんたらしている間に、僕の父上たちは次々とモンスターに襲われているというのに……まったく、使えぬ連中め」


「ねぇ、この人って元からこんなに性格悪いの? 本当は精神を汚染されてたりしない?」


「どうやらこの人、この国の王子らしいんですよ。国王様たちが守護獣のところにいるから、早く助けに行けって……」


「はぁ!? こいつ、王子様なの!?」


 隣で聞いていたシオンが素っ頓狂な声を上げる。

 それも無理はない。シオンが知る限り、王族という高貴な身分の人間は、こんな粗野で乱暴な性格の持ち主ではないからだ。


「この度の災厄で、我が国の守り神であるアルミラージ様が暴走してしまった。だから誰かが一刻も早く鎮める必要があるのだ。さあ、さっさと行くぞ!」


「えぇ……」


 あまりの傍若無人っぷりに、さすがのトオルもドン引きする。だがタクミは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません、トオルさん。俺はこの人を放っとけないです」


「……仕方ねぇな。話の流れからすると、その守護獣ってヤツを元に戻せば脱出できるんだろ? なら俺も一緒に行ってやるよ」


「ありがとうございます!」


 トオルは溜息を吐きながら同行することを告げる。するとタクミは嬉しそうに礼を述べた。


「ふんっ、せいぜい僕の足を引っ張らないようにしろよ」


「はいはい、分かりましたよっと」


 こうしてトオルは新たな仲間とともに、ダンジョン化した王城を進むこととなった。


「ところで、そのアルミラージってどんな魔物なんだよ? それが分からなきゃ、俺も対策しようがないぜ」


「それは俺が知ってます。確か大きな角が生えた白い兎のような姿で、異様な素早さを持っていると聞いていますが……」


「ふーん。まぁ見た目で大体想像つくけど……。まぁ俺がどうにかするから、お前らは後ろで見ててくれ」


 トオルはそう言うと、さっそく安全地帯から守護獣のいる王城の監視塔へと向かうこととなった。




「で? あれだけ大口を叩いておきながら、どうしてアンタはウチの彼氏に担いでもらっているわけ?」


 一同が監視塔の階段を上る中、シオンのジト目がトオルを射抜く。

 現在トオルは、タクミによって肩車されていた。理由は単純。トオルが動けないと我が儘を言い出したからだった。


「だってよ~、勇者は決戦のために余力を残しておかないとだろ~?」


「いい年した大人が情け無い……」


「なにおう!?」


「まぁまぁ。トオルさんは俺たちと違って生身なんだしさ、今後のためだと思ってシオンも我慢してくれよ」


「むぅ~、タクミは優しすぎるのよ! ……普通なら彼女のウチがおんぶしてもらうべきなのに」


 恨めしい目で見つめてくる彼女の頭に、タクミは慰めるように優しく手を置いて撫でてた。男として格の違いを見せつけられたトオルは悔しそうに歯噛みするが、それ以上の反論はしなかった。


 そんなやり取りを交わしつつ長い長い階段を上り終えると、やがて広々とした空間に出た。


「やっと着いた……」


「いや、アンタはずっとタクミに背負ってもらってたでしょ?」


 タクミの背中から降りたトオルは、シオンのセリフを無視して「うーん」と背伸びをしていた。


「ここに守護獣がいるのかな?」


「僕が助けに来ましたよ父上! どこにいらっしゃるのですか!?」


 この先に討伐対象がいるはずだと意気込む一同だったが、そこで問題が発生する。


「そ、そんな……父上、母上!」


 王子の視線の先には、たしかに国王と王妃らしき人物がいた。しかし二人は半身ずつ融合した、恐ろしい怪物の姿へと変えられてしまっていた。


「「じぇ、イク……おねが……たす、ケテ……」」


「お、おいおい……マジかよ」


「ひ、酷い……」


 一つの体に二つの頭があり、それぞれが同時に男女の声を上げる。それがかなりの不協和音となっていて、トオルたちの恐怖をより煽っていた。さらに恐ろしいことに、合体した怪物はまだ人間だった時の意識があるのか、涙を流しながら助けを求めていた。


「なんなのよこいつら……」


「トオルさん、まさかこれも怪異の影響なんですか?」


「おそらくな……こうなってしまってはもう元には戻せない」


 タクミは辛そうに目を背けた。

 たとえ彼らがNPCであっても、このような悲惨な光景は見たくないのだろう。


 だが、トオルは違った。覚悟を決めた表情でモンスターとなってしまった国王たちを見つめる。自分がやらねばなるまい。それがたとえ残酷な選択であったとしても。


「くっ、崇高な父上たちがこんな醜悪な生き物に……! 絶対に許せないっ、僕は認めないぞ!」


「おい待て、迂闊に近づくな!」


 怒りの感情に呑まれた王子はトオルの制止の声をまるで聞こうとしない。腰元の剣を抜き、守護獣を探してキョロキョロを辺りを探し始めた。だがフロアのどこにもそれらしき姿はない。


「危ないっ、上よ!」


「なに? ――ぐあっ!」


 最初に気付いたミコトが声を発した。だが警告もむなしく、天井から降ってきた何者かの餌食となってしまった。


「ジェイク!」


「ジェイク王子!」


 王子は首から血を流し、その場に倒れ伏す。生首がゴロゴロと床を転がっていき、国王&王妃の化け物にぶつかって止まった。あまりに一瞬の出来事で、斬られた本人も何が起きたのか分からないといった顔をしていた。


「あれが……この国の守護獣……!」


 トオルの視界の先で、王子を惨殺した巨大な黒い兎は、血に濡れた鋭い爪を嬉しそうにペロリと舐めた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る